小説『ジョーイの出立』
第一部、タイムズスクエアーの家、
第七章『庶民の町、アストリアへ移動する』
・・・・・[前号までのあらすじ]、初めてのニューヨークで家さがしをしなければならなくなった百合子(57)は、人々の心に触れ、喜怒哀楽を嘗め尽くすが・・・・・
さて、地図代わりの地下鉄路線図に戻る。フォレスト・ヒルズと同じクィーンズと言う地域ながら、一本だけ、違う地下鉄・路線Nが、フォレスト・ヒルズの西北を走っていた。そこに行ってみようと42丁目(=タイムズスクエアー)駅から、出発する。すると、15分程度で、地下鉄が地上へ出た。そして高架になる。そのことはあっと驚く。が、駅舎群が、粗末だ。最近の東京では、中央線も小田急も、東横線も線路が、踏切を避けるために高架化されているが、その修正工事とともに、駅舎が改築され、豪華なビルになる。その手の日本の駅舎とはまったく異なった、シンプルな、駅で、細いホームは波板プラスチックで囲まれている。それらの駅と駅との間に町が見えるが、樹木が少ない。町工場らしきものは見えるが、邸宅と思われる雰囲気のものは見えない。
『あ、もしかすると、フォレスト・ヒルズより、貧乏な人が住んでいる一帯かな?』と思う。『が、今の私には、そう言う地域の方がぴったりだ』とも思って、勇躍、終点のディトマス・アストリアに降り立った。結構にぎやかな街だ。大型のスーパーもある。しかも、なんと、馬券売り場まであった。
森閑としていて上品なフォレスト・ヒルズにはありえない、露天商としての古本屋まであって、草間弥生が表紙になっている、アエラさえ売っていた。そのアエラを買いながら『ああ、これっていい予兆(サイン)かも』と思う。
非常に大きなケーキやさんがあって、それに付属して広い喫茶店がある。そこにお茶しに入ると、マダムが日本にいる学友にそっくりだった。戦後の日本には、モダンな顔をした美人も発生していたのだ。百合子はそれを彼女に、告げながらケーキを買う。大家さんの坊やにお土産として。ちょっと矛盾しているようだけれど、引き続いて毎日慕われ、なつかれていたので、かわいいと思う気持ちには、変わりは無かった。かわいいから遊び相手となるのを、拒否できない。だからこそ、引っ越そうと思っているわけだ。
さて、この街で最初に入った不動産屋は、今までとはまったく違った特徴があった。それは、この1999年にたずねたものに加えて、80日後次の年用にと、訪ねたところとも、2000年にニューヨークに来て、新たに訪ねた不動産屋をも含んでも、そのすべてとも、まったく違っていた。
ここ以外の不動産屋では、スタッフが一人一人、オフィスを持っていて、隔壁で囲まれている。最近では日本の銀行もこういう形式をとるところがあるが、あれよりも、もっと立派なスペースを持っていて、事務所全体は静かである。
つまり、受けて側の社員の数も少ないし、お客も数が少ない。つまり、シーンとしている。そして、デスクはマホガニーなどの両袖タイプで、立派だ。車も立派だ。1999年はBMVだったが、2000年はベンツで、物件まで案内をされた。
ところが、このディトマス・アストリアのお店では、歩いて、物件まで案内をされたのだ。まあ、歩いていかれる距離だったからだともいえるし、石段を使って上る丘だったからともいえるが。
ともかく、ここだけは、すこぶるつきで、にぎやかだった。狭いスペースの店なのだけれど、人気があるらしい。お客がひっきりなしに来る。しかも、社員も数が多い。その社員がすべて、コンパクトに机を寄せ合っていて、その机がスチール製で小さくて、方向もすべて、お客のほうを向いている。これって、いわゆる日本式だ。
しかも待合室(といっても、廊下程度の広さなのだけれど)に雑誌さえ置いてあった。まるで美容院だ。混んでいるので、待たされる間、お客はそれを読んで待っている。百合子がその名を知っている雑誌としては、VOGUEがあった。なんとも庶民的で開放的だ。社長は、日本にビジネスを学びに来た過去が、あるのではないか、とさえ思った。
一番右奥に座っている40代の男性が、社長らしくて、右の一番前に座っている女性が、いわゆる高卒の新入社員で、花の受付嬢というわけだ。きゃぴきゃぴギャルという言葉が日本で流行っているころだったが、その受付嬢はまさにそんな感じで、かわいくて性格も軽そうな女の子。体格も小さくて、少女みたいだ。分業体制がしっかりしていて、まず彼女が受け付けたあとで、その要望物件の大小(値段の高、低)に応じて、後ろにいる担当社員を、彼女が判断して、割り当てるらしい。
こういうオフィスを作り上げた、社長は頭がよさそうな、しかも改革派だ。そして、何よりもすこぶるつきの美男だった。まるで、映画俳優みたいだ。フォレスト・ヒルズの白人青年より、甘い感じで、しかもその表情の動きが、人間の心に触れている。7メートルぐらい離れているので、その瞳の色まではわからなかったが、能面みたいだったフォレスト・ヒルズの青い瞳の青年とは違ったタイプだ。
この項続く。 2010年7月8日 雨宮 舜
なお、最近のニュースとしては、大相撲の決着方式(特にNHKが放送をやめたということ)に私は不満を持っておりますが、それについて触れると疲れるので、今は、この長い文章を完成させるのに専念をしたいと思っております。皆様の現在の関心事に触れなくて申し訳ございませんが・・・・・
また、下に11時間で更新した#6がありますので海外にいらっしゃる方は、どうかそれもごらんをいただきたく。
第一部、タイムズスクエアーの家、
第七章『庶民の町、アストリアへ移動する』
・・・・・[前号までのあらすじ]、初めてのニューヨークで家さがしをしなければならなくなった百合子(57)は、人々の心に触れ、喜怒哀楽を嘗め尽くすが・・・・・
さて、地図代わりの地下鉄路線図に戻る。フォレスト・ヒルズと同じクィーンズと言う地域ながら、一本だけ、違う地下鉄・路線Nが、フォレスト・ヒルズの西北を走っていた。そこに行ってみようと42丁目(=タイムズスクエアー)駅から、出発する。すると、15分程度で、地下鉄が地上へ出た。そして高架になる。そのことはあっと驚く。が、駅舎群が、粗末だ。最近の東京では、中央線も小田急も、東横線も線路が、踏切を避けるために高架化されているが、その修正工事とともに、駅舎が改築され、豪華なビルになる。その手の日本の駅舎とはまったく異なった、シンプルな、駅で、細いホームは波板プラスチックで囲まれている。それらの駅と駅との間に町が見えるが、樹木が少ない。町工場らしきものは見えるが、邸宅と思われる雰囲気のものは見えない。
『あ、もしかすると、フォレスト・ヒルズより、貧乏な人が住んでいる一帯かな?』と思う。『が、今の私には、そう言う地域の方がぴったりだ』とも思って、勇躍、終点のディトマス・アストリアに降り立った。結構にぎやかな街だ。大型のスーパーもある。しかも、なんと、馬券売り場まであった。
森閑としていて上品なフォレスト・ヒルズにはありえない、露天商としての古本屋まであって、草間弥生が表紙になっている、アエラさえ売っていた。そのアエラを買いながら『ああ、これっていい予兆(サイン)かも』と思う。
非常に大きなケーキやさんがあって、それに付属して広い喫茶店がある。そこにお茶しに入ると、マダムが日本にいる学友にそっくりだった。戦後の日本には、モダンな顔をした美人も発生していたのだ。百合子はそれを彼女に、告げながらケーキを買う。大家さんの坊やにお土産として。ちょっと矛盾しているようだけれど、引き続いて毎日慕われ、なつかれていたので、かわいいと思う気持ちには、変わりは無かった。かわいいから遊び相手となるのを、拒否できない。だからこそ、引っ越そうと思っているわけだ。
さて、この街で最初に入った不動産屋は、今までとはまったく違った特徴があった。それは、この1999年にたずねたものに加えて、80日後次の年用にと、訪ねたところとも、2000年にニューヨークに来て、新たに訪ねた不動産屋をも含んでも、そのすべてとも、まったく違っていた。
ここ以外の不動産屋では、スタッフが一人一人、オフィスを持っていて、隔壁で囲まれている。最近では日本の銀行もこういう形式をとるところがあるが、あれよりも、もっと立派なスペースを持っていて、事務所全体は静かである。
つまり、受けて側の社員の数も少ないし、お客も数が少ない。つまり、シーンとしている。そして、デスクはマホガニーなどの両袖タイプで、立派だ。車も立派だ。1999年はBMVだったが、2000年はベンツで、物件まで案内をされた。
ところが、このディトマス・アストリアのお店では、歩いて、物件まで案内をされたのだ。まあ、歩いていかれる距離だったからだともいえるし、石段を使って上る丘だったからともいえるが。
ともかく、ここだけは、すこぶるつきで、にぎやかだった。狭いスペースの店なのだけれど、人気があるらしい。お客がひっきりなしに来る。しかも、社員も数が多い。その社員がすべて、コンパクトに机を寄せ合っていて、その机がスチール製で小さくて、方向もすべて、お客のほうを向いている。これって、いわゆる日本式だ。
しかも待合室(といっても、廊下程度の広さなのだけれど)に雑誌さえ置いてあった。まるで美容院だ。混んでいるので、待たされる間、お客はそれを読んで待っている。百合子がその名を知っている雑誌としては、VOGUEがあった。なんとも庶民的で開放的だ。社長は、日本にビジネスを学びに来た過去が、あるのではないか、とさえ思った。
一番右奥に座っている40代の男性が、社長らしくて、右の一番前に座っている女性が、いわゆる高卒の新入社員で、花の受付嬢というわけだ。きゃぴきゃぴギャルという言葉が日本で流行っているころだったが、その受付嬢はまさにそんな感じで、かわいくて性格も軽そうな女の子。体格も小さくて、少女みたいだ。分業体制がしっかりしていて、まず彼女が受け付けたあとで、その要望物件の大小(値段の高、低)に応じて、後ろにいる担当社員を、彼女が判断して、割り当てるらしい。
こういうオフィスを作り上げた、社長は頭がよさそうな、しかも改革派だ。そして、何よりもすこぶるつきの美男だった。まるで、映画俳優みたいだ。フォレスト・ヒルズの白人青年より、甘い感じで、しかもその表情の動きが、人間の心に触れている。7メートルぐらい離れているので、その瞳の色まではわからなかったが、能面みたいだったフォレスト・ヒルズの青い瞳の青年とは違ったタイプだ。
この項続く。 2010年7月8日 雨宮 舜
なお、最近のニュースとしては、大相撲の決着方式(特にNHKが放送をやめたということ)に私は不満を持っておりますが、それについて触れると疲れるので、今は、この長い文章を完成させるのに専念をしたいと思っております。皆様の現在の関心事に触れなくて申し訳ございませんが・・・・・
また、下に11時間で更新した#6がありますので海外にいらっしゃる方は、どうかそれもごらんをいただきたく。