1.耳に対する直接刺激<難聴穴刺>
難聴・耳鳴に対する直接刺激点としては、難聴穴がある。難聴穴とは深谷伊三郎の命名で、それを知る以前、筆者は下耳痕穴と称していた部位である。耳垂基部に新穴の耳痕という穴があることから、そのすぐ下方にあるので、下耳痕と命名した。同様の意味をもつものに柳谷素霊の翳風穴がある。
要するに鼓室神経(舌咽神経の分枝)刺激をする部位である。本穴への刺激の与え方について、はすでに当ブロクの別項で記載済である。要するに、この穴に刺針するとまず顔面神経を刺激(針響なし)し、2㎝ほど刺針して鼓室神経を刺激できる。鼓室神経は鼓膜知覚を支配しているので、耳奥に針響を与えることができる。
響きを与えた後、30~40分間置針する方法をとると、耳鳴りに有効な場合がある。このような長時間置針が必要なのは、冷え症の治療に仙骨や下肢の30分以上の置針が必要なように、内耳血流量増加を企図したものと私は考えた野田か、浅野周氏は、本当に筋を緩めるには20分程度では足りないとする観察が根拠になっているようだ。
私は内耳血流量の増加内耳に直接影響を与えることは困難なので、中耳を刺激し、「玉突き」の原理で内耳血流を増加させた結果だと考えたこともあった。しかしこの考えは、あまりに非医学的である。そこでさらに調べてみると、次のように捉える学者がいることがわかった。
耳鳴を起こす病理機序の一説として、次のように考える学者もいる。耳鳴は難聴と同様に蝸牛神経障害であるが、延髄において蝸牛神経背側核は、体性神経核とつながっている。この体性神経核は中耳と外耳を支配している三叉神経、楔状束、顔面神経、迷走神経、舌咽神経に枝を送っている。すなわち舌咽神経と耳鳴は関係があるということだが、他のいくつかの脳神経も耳鳴に関与しているらしい。
(Byung In Han MD Tinnutus:Characteristics,Causes,Mechanism,and Trearment TheJournal of Clinical Neurology 2009;5:11-19)
2.舌の動きにより変化する耳鳴の治療
成書にほとんど記載はないが、舌を突き出し、左右に動かすなどすると、音調が変化する場合がある。舌運動は舌下神経が中心となって支配する。とくに舌を前に突き出す運動は、オトガイ舌骨筋の役割なので、舌骨上筋とくに舌根穴刺針(オトガイ舌骨筋への刺針)を行ない、舌の運動をさせるとよい。
3.むち打ち症と耳鳴り
頭頸部への急激な力学的衝撃後に生じた耳鳴りは針灸で改善の余地がある。その典型にむち打ち症がある。病態的には頭頸部捻挫をきっかけとした頸部交感神経刺激症状(=バレリュー症候群)であろうか。
本病態の治療の基本は、頸椎一行への深刺と、後頸部筋の頭蓋骨付着部への深刺にある。顎関節との関連でいえば、C3椎体の高さが重要で、C3椎体が顎関節運動における力学バランスの支点になっている。
先ほど頸部交感神経緊張と記したが、頭部外傷後に一側の眼瞼下垂を呈している症例を経験したので、実は頸部交感神経緊張低下状態なのかもしれない。ペインクリニック科で行われる星状神経節ブロックと異なり、針灸で行う星状神経節刺や大椎一行から行う星状神経節に影響を与える深刺は、頸部交感神経節機能低下でも亢進でも用いられる。