1.胃症状の内臓体壁反射
内臓は交感神経と副交感神経により支配されているが、上腹部臓器は交感神経の支配が強いことが知られている。
上腹部内臓の症状は、上腹部内臓病変→交感神経→脊髄交感神経節→交通枝→体性神経という内臓体壁反射により、該当する脊髄神経の前枝と後枝領域の皮膚や筋に痛みやコリの反応が出現する。
胃十二指腸・肝胆・膵・脾のデルマトームは、Th6~Th9なので、この断区内の腹筋や背筋に反応が出ることになる。
2.胃の六ツ灸と柳谷素霊の工夫
胃を初めとする上腹部内臓病変に対する鍼灸治療は、胃の六ツ灸の部位で有名な、膈兪・肝兪・脾兪に鍼灸するのが、定石だといってよいだろう。しかし胃のもたれ、胃の不快感、悪心嘔吐などの非急性の上腹部症状に対して、自信をもって効かせられるとする鍼灸師は、案外少ないのではないか。というのは症状に自律神経が関与するものは、腰痛治療に代表されるような体性神経症状に比べて、治療に確実性がないからである。
実際に鍼灸治療の効果を引き出すためには、技術的要素が非常に重要であって、たとえば柳谷素霊は、五臓六腑の針の一つとして、胃や横隔膜症状に対する治療として、患者を正座させて膈兪一行(柳谷は、背部の第7胸椎外方1寸と定めた)に刺針するという独特の方法を行ったのであるが、座位で上中部刺針を行うという記載はないようであった。
3.座位での上中腹部刺針
正座位または椅座位で上腹部刺針を行う方法は、私の知る限り、高岡松雄著「医家のための痛みのハリ治療」によるものである。高岡松雄(医師)は、つわりに対する治療として、壁に背中や胸腹をつけた立位姿勢で、上腹部と中背部の反応点を探して皮内針を行った。そうした体位で施術する意義は、「つわりでは、日中起きている時に吐き気や不快 感が強いが、夜間就寝時には少ないことから、立位で反応点を診察する」と記載している。
つわりは、胎盤性ゴナドトロピン分泌亢進→CTZ(化学受容体)刺激→延髄嘔吐中枢刺激→嘔吐運動という機序で生ずる。上記の皮内針治療で、鎮吐するのは、嘔吐運動に関与する腹筋や横隔膜の過敏性を改善したのだためだと私は考えたが、もしそうであるならば、何もつわりに限定しなくても、胃に関する不定愁訴を訴える者に対しても効果があるのではないか。そして壁に立たせるのであなく、もと一般的に座位や椅座位でツボ反応を探すことも有効なのではないかと考えを拡大させた。胃の病変→交感神経興奮→交通枝→肋間神経興奮というルートを想定したのだった。
4.座位での上腹部反応刺針と既知のトリガーポイント
柳谷素霊は、胃症状に対して座位で膈兪一行を探って刺針したというが、なぜこの姿勢で上腹部を探らなかったのだろうか。ということで伏臥位で巨闕や中脘あたりの反応点に刺針しても効果が乏しかった上腹部症状を訴える43才女性患者に対して、座位で上腹部を探ってみることにした。
まず指頭にツボ反応が容易に捉えられることにまず驚いた。筋のグリグリが簡単に把握できる。
早速いくつかの上腹部反応点に1㎝ほど刺針し軽く雀啄して抜針した(座位で実施するので置針不可)。するとその直後から楽になったとの感想を漏らしたのだった。こんなにも速効性があるのかと当方も驚いたのだった。
トリガーポイントの創始者であるトラベルはによれば、「胸やけする」「お腹が張る」等の症状は腹斜筋上部のトリガーポイント(左不容移動穴)が活性化した結果だという。まさしくその記載の正しさを再発見した想いであった。私が触知した腹部反応も、腹筋上にみられたトリガーポイントだといえるだろう。ただしトラベルは左不容しか記していないが、実際には左不容と同時に、巨闕や上脘などのツボ反応もみられるので、同時に刺針する必要があるかと思う。これらの穴は結局は腹筋の骨付着部症でもあり、胃の六ツ灸よりもストレートに有効となる感触をもった。