AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

内臓体壁反射からみた上中腹部消化器症状に対する針灸治療様式 ver.2.4

2020-12-05 | 腹部症状

1.上腹部消化器内臓

1)上腹部内臓の反応の特徴

上部臓器(胃、十二指腸、肝胆膵、脾、腎)は交感神経優位で、病的反応があれば交感神経が興奮する。それは腹腔神経節とTh6~Th9交感神経節を興奮させる。これらはその解剖学的位置から、前者を椎前神経節、後者を椎傍神経節ともよばれる。
椎前神経節の反応は心窩部の漠然とした鈍痛を生じる。後者は交通枝を介して同じ高さの体性神経系に入り、Th6~Th9の体性神経性デルマトームに従った圧痛硬結が出現する。体性神経性デルマトームは、末梢神経分布のことなので、後枝反応として主として起立筋上の圧痛硬結が、前枝(=肋間神経)反応として主として腹直筋上に圧痛硬結が現れてくる。

2)横隔膜神経の反応
 
内臓は体壁組織に比べ、一般に反応に鈍感であり、わずかな病変であれば自覚症状や他覚所見も生じにくい。ただし横隔膜神経は体性神経なので敏感である。たとえば横隔膜隣接臓器(肺・心臓・胃・肝臓など)の病変では、本来の内臓の病的信号よりも、二次的に生じた横隔膜神経の興奮が強く出現することが多い。
上記の上腹部臓器の病変では、常に横隔膜神経の反応を考慮するべきである。横隔膜神経はC3C4からでる脊髄神経であり、本神経興奮ではC3デルマトーム反応として後頸部、C4デルマトーム反応として肩甲上部のコリや痛みが出現する。 たとえば胃が悪いと左頸肩のコリ痛みが出やすく、肝臓が悪いと右頸肩のコリ痛みが出やすくなる。逆に頸肩部のコリ痛みに対する施術が横隔膜神経を介して内臓治療に関係してくる。

3)上腹部消化器内臓の針灸治療パターン
 
針灸治療は、体性神経系に対する施術を直接目標としているので、次の3つの方向から施術する。
  Th6~Th9前枝の刺激 → Th6~Th9腹直筋(歩廊~滑肉門)
  Th6~Th9後枝の刺激 → Th6~Th9起立筋(膈兪~肝兪)

膜神経刺激 → C3C4デルマトーム(頸肩コリの治療)

  横隔

 

2.中腹部消化器内臓

1)中腹部臓器の反応の特徴

中腹部臓器(小腸、虫垂、左結腸彎曲部までの大腸。ただし文献によっては上行結腸までの大腸)も交感神経優位で、病的反応により交感神経が興奮し、上腸間膜神経節(椎前神経節)とTh10~Th12交感神経節(椎傍神経節)を興奮させる。
 
椎前神経節の反応は臍部の漠然とした鈍痛を生じる。後者は交通枝を介して同じ高さの体性神経系に入り、Th10~Th12の体性神経性デルマトームに従った圧痛硬結が出現する。すなわち、後枝反応として主として起立筋上の圧痛硬結が、前枝(=肋間神経)反応として主として腹直筋上に圧痛硬結が現れてくることになる。※ただし上腸間膜動脈神経節の反応は腹腔神経節を仲介するので、実際には臍部痛よりも心窩部痛を訴えるケースが多くなる。 

2)中腹部消化器内臓の針灸治療パターン
考え方は、上腹部臓器の針灸と同じだが横隔膜神経は関与しないので、次の2つの方向から施術する。
  
Th10~Th12前枝の刺激 → Th10~Th12腹直筋(天枢~大赫)
Th10~Th12後枝の刺激 → Th10~Th12起立筋(脾兪~三焦兪)
意外なことに、体幹前面においては、臍から下腹部領域が、中部消化器の治療に使われることになる。

3.アナトミートレインの浅前線との関係

以上が2006年に発表した「内臓体壁反射理論からみた鍼灸治療方針」だが、その通りの治療を行ったとしても、これは言うなれば「型」であって、実戦とな異なる。実戦では臨床でよりより効果を出すにはどんな考え方や技術でも使うべきなのだろう。こうした考えの中にあって、数年前からアナトミートレインという考え方が出現し、その中の浅前線が胃経走行に似ていることを知った。

アナトミートレインでは、足三里のある前脛骨筋と腹直筋は連絡しているので、腹直筋に影響を与えようとして足三里を刺激するという方法が成り立つ。ただしアナトミートレインは内臓は無関係なので、足三里を刺激したからといって胃に影響を与えることはできない。
一方胃経流注を考えれば、腹部の腹直筋を直脈が下する一方、支脈脈は鎖骨上窩(缺盆)から深く潜行して腹部の胃に入出し、鼠径溝(気衝)から表層に出て直脈と合流する流れになるので、足三里刺激で胃に影響を与えることができる理屈になる。

実際に足三里を刺激すると、百回に1回程度は胃や腸のグル音を聴取することができるという程度の関連性であって、胃の悪い患者に対して足三里の灸は有名なのだが、胃の悪い患者に自信をもって足三里を刺激するのかと自問してみれば、効かないと困るので体幹前面と体幹背面の刺激も並行して施術するということしか言えないのではないか。

私は足三里刺激→腹直筋、そして腹直筋刺激→胃に影響という論法を考えみた。足三里刺激→胃に影響を与えるという訳ではないので、足三里が確実に胃に影響を与えるというわけではく、それは腹直筋の状態次第になる。腹直筋が緊張していることが、反射板的作用となって胃に影響を与えると思った。したがって、腹筋を緊張させた状態で足三里に刺針して下腿に響かせることが胃に影響を与えるコツではないのかと考えた。


4.胃部症状に対する坐位での治療

上腹部症状の代表である胃症状に対し、諸先輩は坐位での治療が多いことに気づかされる。

1)柳谷素霊の五臓六腑の鍼<膈兪>
体位: 腹に力を入れさせ、姿勢は正座するも伏臥させるのもよい。(上背部刺針では正座させ、上体を脱力、息を静かに深く呼吸させる)
位置: Th7棘突起下で、棘突起から外方1寸内外。 
刺針: 寸3または寸6の2~5番の針で1~1.3寸ほど直刺。横隔膜に針を響きをもっていく。響きが至れば弾振後、抜針する。
適応 横隔膜症状、横隔膜痙攣


2)高岡松雄「医家のための痛みのハリ治療」座位での上腹部刺針(医道の日本社、昭和55年)

つわりの皮内針治療として、次のように記している。「つわりでは、日中きている時に吐き気や不快感が強いが、夜間就寝時には少ないことから、立位で反応点を診察する。壁に背中をつけた姿勢で上腹部を探すると、巨闕~中脘あたりの任脈を中心に圧痛点が発見できる。また壁に胸腹をつけた姿勢で腰背部を探すと脾兪~胃あたりで、胃の裏あたりに相当する起立筋上に圧痛点を発見できる。これらの反応点すべてに皮内針を貼る。」
似田註釈:つわりの針灸治療といっても、症状は悪心嘔吐中心であり、これは胃の不調の治療と同様に考えてよい。腹筋のしこりを緩めることが重要で、座位や立位にての腹直筋附近の反応点刺針は、実用的な方法となる。


3)橋本敬三「万病を治せる妙療法」より胃のつかえの治療
 
操体法では「胃のつかえ」は、現代医学ではうまく治療できず、その真因は上腹部腹直筋と中背部筋の筋緊張によることがあるとしている。一見すると胃症状と思えても、実際は体壁の筋緊張に由来している。下記の手技はPNFストレッチ(徒手抵抗ストレッチ。抵抗を加えながら筋肉を収縮させた後、抵抗をなくすことで、筋緊張を緩めるのに適している)の応用例といえる。足三里の刺激が胃に効くというのも、足三里の刺激→腹直筋緊張軽減→胃症状軽減といった機序になるかもしれない。換言すれば、足三里の刺激→胃症状の軽減という直接的な関係になっていないのではないか。