AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

「秘法一本鍼伝書」にみる急性淋病の針治療について

2024-11-03 | 泌尿・生殖器症状

1.淋病の名称由来

淋病の英語名は gonorrhea で、(勃起することなく)精液がどくどく流れるという意味。これは外尿道口から膿が大量に出ることから名付けられた。日本語の淋病は、尿道の強い炎症のために内腔が狭まり、小便の勢いがなくなり木々の葉からポタポタと雨が滴り落ちるのを表現したもの。女性の淋病では、おりものの増量や不正出血、下腹部痛、性交痛などが現れることもあるが、半数以上は自覚症状が出ない。

江戸末期、荻野吟子は富豪の息子と16歳で強制的に結婚させられたが、放蕩だった夫から淋病をうつされた。以来
排尿開始時の激痛となりウツ状態となり、これがきっかけで18歳で離婚、実家に戻された。その後、i淋病の治療を入院を含めて続けたが、男性医師に性器を診察されるのが非常に苦痛で、せめて女性医師ならばという願望が生まれた。明治初期は、そもそも女性が医師になる道は閉ざされていたが、この逆境をバネとして、女性の医学の進出の道を自ら切り開き、35歳でわが国で女性初となる医師免許を取得した。東京の本郷で婦人科「荻野医院」を開業したが、人々に奇異な目でみられ経営にも苦労が絶えなかったという。(荻野ぎん「日本医家伝」吉村昭、講談社、2002.1.13)


2.かつての淋病の認識


柳谷素霊著「秘法一本鍼伝書」の中に「急性淋病の鍼」の記述がみられる。

淋病(=淋菌性尿道炎)は、性病なので針灸で治るとは到底思えないが、本書が発刊したのは1946年4月であり、実際の執筆は当然それ以前になる。淋病の治療薬ペニシリンが我が国に普及したのは1940年代なので端境期となり、情報が混乱していたのだろう。当然ながらペニシリン以前にも、性病に対していろいろな治療が行われていて、その中に針灸も含まれていたことだろう。抗結核剤が開発される以前、肺結核の治療に灸治療が行われ、ある程度の治効果があったことが知れるが、これと事情は似ている。代田文誌も青年期に、肺結核に侵されたが、養生・精神修養・信心そして薬草と灸療によって健康体にまで回復できた。

ペニシリンが発明される以前の西洋医療でも、水銀を飲んだり水銀蒸気を吸引したりする治療が行われた。水銀は銀色に輝く液体ということで神秘的な力を秘めた物質とみなされたらしく、また水銀は殺菌効果があるため、疥癬などの皮膚病には確かに効果もあったから、同じく皮膚の損傷を起こす梅毒にも適用できると考えられたのだろう。
水銀による治療では、流涎や下痢が出現するが、これが体内の毒物を排出するのに有効だとされたが、実際に流涎や下痢は、水銀中毒そのものの症状である。中毒による中毒死が起こるので大変危険な治療だった。


3.膀胱炎症状と鑑別すべき疾患

1)膀胱炎がいつまでたっても治らないという場合、膀胱炎以外の疾患を疑う必要がある。膀胱炎類似疾患には膀胱炎の他に、前立腺炎・尿道炎がある。尿道炎の起炎菌は、淋菌性とクラミジア性があるが、両者の症状はよく似ており治療も同じ。
    
2)膀胱炎で鑑別すべき疾患には、膀胱炎・前立腺炎・尿道炎がある。尿道炎の起炎菌は、淋菌性とクラミジア性があるが、両者の症状はよく似ており治療も同じ。
膀胱炎の3大症状は、①頻尿・②排尿終了時痛・③尿白濁(死滅した白血球)である。排尿終了時痛は、炎症を起こした膀胱が排尿により急激に縮まり、排尿終了時に染みることによる。

淋菌性尿道炎は尿道の強い炎症のために、尿道内腔が狭くなり痛みと同時に尿の勢いが低下する。

膀胱炎の場合、尿道口から白い膿が大量に出るということはなく、尿を容器に入れて観察すると白濁している。この白濁は細菌尿による。
淋病の類似疾患にクラミジアがある。どちらも外尿道口からの細菌の侵入による尿道炎で、ともに性病。どちらも菌の種類が異なるだけで、症状はほとんど同じ。

※梅毒は膀胱炎と全く異なる症状で、痛むことはないので、今日では針灸に受診することはまずなかろう。


3.一本鍼伝書「急性淋病の針」について


1)一本鍼伝書の内容


本書には次のように記述されている。仰臥位で両脚を伸展、身体に力を入れさせる。刺針時は口を閉じ鼻で呼吸し、拳は握る。伸展した脚に力を入れさせる。中極~関元から下方に向けて斜刺。吸気時に針を進め、息を止める。その後に徐々に息を吐かせる。
針響は、尿道に響くをもって度とする。
おおよそ1寸~1寸6分で響く。響けば抜針する。長く強く刺激すれば萎陰症になることがある。寸6ないし2寸針。1~2番針。

       

 

中極ないし関元から下方に向けて斜刺して尿道に響くことは膀胱炎やEDの治療としてよく使われる。響く理由は、陰茎背神経(陰部神経の枝)刺激と思えるが、陰茎背神経は、恥骨の下にもぐって走行しているので、針先を恥骨裏にもっていっても、針先は陰茎背神経に達しないようだ。陰茎背神経の細い枝が下腹部分布しているのだろうか? 
なお
<中極に針すれば陰茎背神経に放散する>との記載を発見したのは、七条晃正著「電探による針灸治療法」医道の日本社、昭35年4月1日刊(絶版)であった。ただし実際に尿道に響かせることは難しくはない。
この針治療は、標準的な急性膀胱炎の針治療であり、素霊のいう急性淋病の針は、実際は急性膀胱炎の針といえよう。淋病の排尿終了時痛に対しては、戦前は効果的な治療法が乏しい中にあって、症状を一時的に軽減する程度の価値はあったのだろう。 前立腺肥大の初期の排尿困難に対し、中極の針がある程度効果があるのと同じである。

七条晃正(てるまさ):明治43年生まれ、医師。平田氏十二反応帯を利用した治療を実施した。また七条式灸点探索器を開発した。


2)膀胱炎の針灸治療理論


膀胱壁過敏症状に対して、この支配神経興奮が症状をもたらしているのだから、この神経痛を鎮痛させてやれば膀胱炎も治まるはず、という論理である。
ただし膀胱炎は細菌(多くは大腸菌)感染症である。針灸は細菌感染に対処できるはずがないはずなのに、効果的だという事実がある。
この理由として、代田文彦は冷えやストレスで膀胱が血行不良になり、免疫力低下したところに常在菌である大腸菌が悪さをするという風に説明した。そして膀胱が血行不良になった段階ですでに膀胱炎初期症状は出現している。この段階であれば大腸菌の前感染段階なので血行改善目的で行う針灸は効果がある。しかし尿検査で細菌尿が検出された段階では、針灸よりも抗生物質が効くと語った。


3)針灸の真価


針灸は膀胱炎初期症状に効くだけで、所詮抗生物質より効果が劣るのかといえば、慢性反復性膀胱炎では話が違ってくる。抗生物質の長期連用は耐性をつくるからである。

膀胱炎様症状が出て間もないなら、自宅で中極あたりに灸をすえることで、症状軽減するからである。
私は中極に何壮すべきかを試したことがある。ある慢性反復性膀胱炎の女性患者に対し、最初は米粒大3壮の自宅施灸を行わせたが効果なく、毎日7壮の自宅施灸をさせることで、膀胱炎発症を抑えられた例がある。

 

 

 


口内炎の針灸治療 Ver.1.5

2024-11-03 | 歯科症状

1.口内炎の原因

口内炎とは口腔内にできた炎症の総称で、部位別では舌炎・口角炎・歯肉炎などに分類し、性状別ではカタル性・アフタ性・潰瘍性・壊疽性などに分類する。.アフタ性口内炎は
最も多い口内炎で、口腔粘膜に生じる浅い潰瘍(びらん)のことをいう。直径数ミリのびらんが発生し、しばしば中心に白苔をもつ。周囲に10日ほどで消えるが再発を繰り返しやすい。食に際して痛む。アフタ性口内炎の診断には、単純性ヘルペスとの鑑別が必要である。単純性ヘルペスは数個でき、微熱出現する。なおベーチェット病では直径1㎝ほどの大きなアフタができる。

1)創傷性
       口腔の傷+唾液量減少 →  細菌を洗い流せず口内細菌増加→炎症→(潰瘍)口内炎
                 ↑
       ストレス・新陳代謝減少→口腔粘膜の新陳代謝低下→口内炎

口腔の傷の原因は、歯ブラシで傷つけたり、歯で粘膜を噛んだり、魚の骨などが刺さるなど。口内炎患者の口腔内では、常在菌が繁殖して炎症を起こしている。多くの場合は、唾液によって細菌が洗い流され、口内炎になる前に傷が治癒するのだが、唾液分泌が減少して口腔内乾燥すると口内炎になりやすい。

口の粘膜は絶えず新陳代謝で再生してるが、疲労やストレス時ではで新陳代謝が低下し、口内粘膜の代謝も減少し、悪化するとアフタができる。

口腔内乾燥の原因の一つに、声の出し過ぎや女性ホルモン不足がある。
更年期にみる口内炎を、とくに「更年期口内炎」とよぶ。


2)ビタミンB群不足


口内炎に対し、内科医では、まずビタミン不足を考え、ビタミン剤(チョコラBBなど)を投与するという。

(ビタミンB2不足→口角炎、ビタミンB6不足→舌炎、口内炎)
または口内細菌を殺す目的でトローチを投与。
ビタミン不足が原因で、口内炎になるケースは、1~2割とされ、当然ながらビタミン不足でない者にビタミン剤を使うことは無意味である。まずビタミン不足を考え、ビタミン剤(B6やB2)を投与。口内細菌を殺す目的でトローチを投与することもある。

※腸内細菌はビタミンB1、B2、B6、B12を合成するので、他疾患治療のための抗生物質の長期投与や下痢症では腸内細菌を殺すことになる。



3)免疫力低下


睡眠不足、過労、ストレスなど。ほかに抗生剤、ステロイドの長期服用による。



2.重篤疾患との鑑別


1)ベーチェット病

口内炎で重要なことは、単独で捉えてよいのか、それとも全身性疾患の部分症状なのかという点である。全身性疾患の代表に更年期障害とベーチェット病がある。
ベーチェットでは直径1㎝ほどの巨大なアフタ性口内炎が初発する。
 
2)口腔癌
口内炎から癌に進行するわけではないが、癌の初期状態に、口内炎によく似ている白板症(はくばんしよう) や紅板症(こうばんしよう)といった病変がある。

3)梅毒第一期
感染1ヶ月後→粘膜潰瘍(口内炎や外陰部、肛門部)3mm~3cm大が出現。痛み(-)なのが特徴。 1ヶ月後に自然消失。


3.口内炎の現代医学治療

傷や潰瘍で細菌が繁殖→白血球など免疫細胞が戦いを始める→この戦いで組織が破壊されることが炎症、すなわち痛みとなる。すなわち、口内細菌の繁殖を抑えることが根本的な治療になり、その他の治療は対症療法になる。したがって再発予防法といったものはない。


1)うがい
殺菌成分入りのうがい薬(イソジンなど)や洗口液を使ったうがいが効果的である。
20秒間のうがいを3回すれば、口内細菌量が1/10になる。

2)ステロイド系の塗り薬
免疫を抑制し、痛みを和らげる働き→原因をなくすのではなく、症状を緩和させる作用。病院で処方される口内炎の塗り薬の大半がこのタイプ。代表藥はケナログ。口内炎により、痛くて食事ができない場合、とりあえず痛みを抑える意義がある。

3)その他の殺菌・消炎成分入りの塗り薬
大半が市販薬がこのタイプ。塗った場所だけの局所的な殺菌効果である。

4)外科的治療
かつては口内炎部を硝酸銀で灼焼する方法が用いられたが、最近ではレーザー照射がこれに代わった。粘膜を灼焼して痂皮をつくり、外部刺激を遮断することで鎮痛を図る。口内炎部を、すべて痂皮で覆えば鎮痛できる(不完全では痛みは取れない)
  

4.口内炎の針灸治療


舌や頬粘膜、口腔底の痛みは、舌粘膜知覚刺激の結果であり、これは舌神経(三叉神経第Ⅲ枝の分枝。舌前2/3の粘膜の感覚支配)により中枢に伝達される。他に舌には鼓索神経(顔面神経の枝。舌前2/3の味覚支配。顎下神経節への副交感神経線維)が入る。

   
針灸治療は、項筋緊張緩和→C1~C3神経の鎮静→三叉神経第Ⅲ枝の鎮静→口内炎の鎮痛、という治癒機転を考える。要するに、項部のコリを緩めることが重要である。



1)線香の火の瞬間的接触
 
局所を焼く対症治療で、以前行われた扁桃炎に対する硝酸銀塗布と同じような意義がある。確かに施術直後から痛みを減らすことができる。これはレーザー治療と同じ考えである。
患者は瞬間的に熱く感じる。治癒機転を高めるという効果はあると思うが、口内炎部分を、まんべんなく焼く訳にいかないので、即座に鎮痛はできない(減痛はできる)。

2)交感神経興奮させる目的で、座位での大椎や治喘からの強刺激
   
3)肩髃刺針

長尾正人氏は口内炎の鎮痛に効果があるとして、「肩髃の一本」(医道の日本、平成10年7月号)を紹介している。肩髃穴に、2番針を1㎝ほど刺入、痛みがとれるまで雀啄または10分間置針する。5分以内の置針では効果はなく、7~10分間の置針で、ほぼ確実に数分で痛み消失するという。臂臑よりも効く。

筆者は、数例の口内炎患者に肩髃置針15分間を追試してみたが、明瞭な効果は得られていない。しかし中には「追試して効果があって驚いた」との意見もあった。肩髃刺針の有効性の根拠を推察するに、おそらく頸部交感神経節を刺激した結果、口腔粘膜の血流量が増加して治癒機転が働くのだろうと私は考えている。だとすれば肩中兪からの深刺でも同等の効果が得られると思われる。
 

4)ハスの灸

家伝の灸として「ハスの灸」が知られている。ハスとは長野県北部の狭い地域にみる方言で、化膿姓疾患のこと。植物のハスのことではない。歯バッスとは急性歯肉炎のことをいう。抗生物質のない時代のこと、当地域では「ハスには刃物を見せるな灸で治せ」といわれていたという。ハスの灸の取穴は不明瞭な部分はあるが、歯痛側の肩骨(=肩峰?)の前方2寸の圧して痛む処(肩髃?)。さらに(肩骨から?)背骨に向かって3寸の圧して痛む処(肩髎?)の2点である。この2カ所に米粒大の固ひねりの艾炷を2点交互に時々灰をとりながら20壮以上すえる。一言でうなら肩関節周囲の圧痛点への多壮灸治療で、除痛効果・排膿効果が期待できるという。(池田良一「家伝の灸-ハスの灸」歯肉炎の灸 全鍼誌 51巻3号 2001.5.10)

私は口内炎に対する肩髃の鍼の効果について、懐疑的であったが、ハスの灸の存在を知ることで、今では肩関節と口内炎・歯肉炎の顆に関連性があるようだと考えを改めるようになった。


5)口角炎に対するせんねん灸

1週間前から右口角炎となった。食事をすると口を大きく開けると痛み、かさぶた破けるので治癒なかなか軽快しない。口角炎には灸がよいことを思いだし、せんねん灸(息吹)を局所にすると、気持ち良い熱感を感じたので、もう一壮実施。直後から開口時の痛みは半減した。