主訴:歯が浮く。左上奥歯が痛むので、固形物が食べられない。
現病歴
数日前から 噛む動作で、左上奥歯が痛む。歯が浮く感じがする。
歯科に行くと抗生物質を3日分投与され、これにより症状は1/3となるも、固形物が噛めず、ずっとお粥をたべているという。
所見
強い圧痛を、左上第1小臼歯と第2小臼歯の歯肉部に認める。
噛むように指示すると上下の前歯先端がぶつかるが、その時上下の奥歯は接触せず、痛むことはない。これは切端咬合とよばれ、上下の前歯が「毛抜き」のようにぶつかっている咬合不正である。固い物を噛むと奥歯が痛むというので、ティッシュを丸めて左奥歯の痛む処に置いて噛む動作をさせ、痛みを再現させることができた。
考察
歯が浮くとの訴えから、歯根膜炎を疑った。歯根膜炎の原因は、歯周炎のことも多いが単なる疲労でも生ずるので、治療できるのではないかと予想した。ただし抗生物質が有効だったことから、細菌感染症すなわち歯周炎を疑い、総合的に歯肉部に膿が貯まり、それが歯根膜を刺激しているなら治療困難だろうとも予想した。高齢者においては多少なりとも歯周炎は存在する。
針灸治療方針
歯肉炎の治療の基本は、歯肉マッサージとプラークコントロールである。針灸治療方針もその延長上にあるわけで、針灸ならではの劇的な好転ができるわけでもない。
針灸治療としては、痛む歯の処にティッシュを噛ませ、痛みを誘発。その時出現した頬部圧痛点数か所から細針で直刺し、歯肉内に入れることにした。この治療で、ある程度の歯肉の鬱滞を改善でき鎮痛効果は期待できる。ただし、本治療は、歯肉の内側(舌側)からの施術が困難な点にあるといえる。
治療効果
①まずは寸6#針で左上歯肉部の圧痛点数か所から刺針したが無効。
この時の刺針は、頬部圧痛点から歯肉に入れ、針先は歯根にぶつけるようにした。
②次に痛む歯部にティッシュを噛ませ、痛みを誘発させた状態で上と同じ手技で数か所刺針し、噛む際の痛みは大幅に軽減した。
③他に圧痛点を探ってみると、左上犬歯そして左下小臼歯まで圧痛が移動したので、強く噛んだ状態にさせ刺針。するとやはり痛みは減ったが、また別の部位が痛むという結果で、何度か症状を追いかけて刺針したが、結局圧痛は最初の位置に戻ってしまった。
④痛む歯肉部ではなく、素霊の上歯痛の針として客主人から下方への斜刺(上歯槽神経傍刺。下歯痛の針として頬車(下歯槽神経傍刺)も追加したが、痛みを追いかけている状 態は変化なかった。
⑤同様の治療を5日間で3回行った。治療直後は症状軽減したが、結局は痛みなく固形物を噛める程度の改善はなかった。
針灸の限界が明らかになり、治療中止とした。結局、歯科での抜歯を含む排膿処置が必要なケースだったのだろう。
結局、疾患名に対する針灸治療という安直な方法では、正しい治療に至らず、病態把握が正しい治療を導く唯一の道であることを改めて思い知らされた。