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「FEEL・FELT・FELT-フェルトの魅力-」田中美沙子

2016-11-26 11:46:52 | 田中美沙子
◆フェルトフェスティバル・ノルウェー 

◆フェルトフェスティバル・ノルウェー

2001年10月1日発行のART&CRAFT FORUM 22号に掲載した記事を改めて下記します。


「FEEL・FELT・FELT-フェルトの魅力-」 田中美沙子    
          
 ●フェルトの文化 
 子供の頃、手の中に土を入れ少しだけ水を加えて丸めたり、こねたりしながら遊んでいると、固くなつた球や蛇のような紐が表れ、驚きの声をあげた記憶は誰にでもあるもので、次々と想像をふくらませ無心に作ったものです。子供にとって手のひらは、一つの宇宙で空や海へと限りなく想像をふくらます事ができる場所です。これはもしかすると物作りのよろこびを感じられる最初の原風景だつたのかもしれません。その時の場所や友達の声そこに吹く風など、体の中にうれしい記憶として残され、時が過ぎ忘れてしまつても何時か又形を変えて表れる事があるでしょう。
 土だんご同様、暖かく優しい羊毛を手にとり少しの湿り気で、手のひらをしばらくまわしていると、何時の間にかそれは固まり、球へと変化してフェルトボールが誕生します。これは羊毛だけが持つ不思議な力なのです。この力はどうして生まれて来るのでしょうか?
 羊毛の繊維は鱗状(うろこじょう)のスケールやちじれのクリンプからできています。これらは温度や湿り気により開き絡みやすくなり、さらに振動を加えると繊維は、縮じゅうされ密になり一枚の布が出来上がります、これがフエルトの誕生です。素材の羊毛、獣毛は正に生きた材料と言えるでしょう。ではこのフェルトは何時頃から存在したのでしょうか。ノアの箱舟伝説のなかで動物達の毛が床に落ち適度な湿り気と踏み付ける圧力が加わり、何時の間にかそれは敷物に変わっていたという言い伝えがあります、これは、羊を人間に与えてくれた神からのすばらしい贈りものなのです。何時の時代にも偶然から生まれる新しい発見に人々はおおいに助けられて来ました。
 古代、人々が体を保護し身を守もるために身近な植物の繊維を、裂いて繋げて、強く長い糸を作りたい気持ちから道具を工夫し編んだり、織ったり、組むなどのテキスタイルの組織へと展開し広げて来ました。フェルトは不織布と呼ばれ、作る方法が大変原始的なため織物より以前から作られており、メソポタミア文明は羊の文明とも言われ人間と羊の関係は一万年も前から既に存在したと言われています。確かなことは分かりませんが、最も古いフェルトは、西アジアのトルコ・アナトリア地方の遺跡から、中央アジアの凍土地帯アルタイ山麓からは数多くのフエルト製品が出土しています。

●遊牧の生活
 西・中央アジアの遊牧の生活から生まれた移動する住居は、アジアの生んだすばらしい産物の一つと言われています。中国では包(パオ)、モンゴルでは(ゲル)、トルコでは(ユルト)と呼ばれ、これらの地方の人々は、土地を耕し穀物を作るのが不可能な場所で、人々は家畜を媒体に草原に草を求め、季節の移り変わりと共に条件に会った場所へ移動する生活様式が遊牧を作りだしました。冬は北風をさけ麓へ、夏は川沿いの草原へ水平移動や、山から麓への垂直移動をします。天候や家畜の状態におおじ共同作業をしながら厳しい自然条件に適応して来ました。家畜の肉や乳はチーズやバターの食料に、毛や皮はゲルの中の敷物・天幕・手幕帯・食料袋などに利用してきました。又トルコでは羊飼いのケパネックと呼ばれるマントがあります、これは寒さを防ぎ寝袋として一人用テントになります。これら生活の全てを家畜との深い関わりの中からまかなってきました。モンゴルでは、一年に二回春と秋に羊の毛刈りをします。春の長い毛は下に、秋の短い毛は上にと使い分けられ刈り取りの時期は、大変重要で毛刈の後の寒さは凍死につながります。モンゴルのフエルト作りの方法は、刈りとった羊の毛を細い棒で叩きゴミを落とし解毛し、動物の皮や簀の子の上に毛を並べ、芯になる棒といっしょに水を掛けのり巻きのように巻き込み、芯の棒と耳と呼ぶ道具をつけ動物からの紐と結び草原を馬やラクダが曵きまわしフェルトが出来上がります。その後馬乳酒を掛け祝詩を唱い羊の丸煮など食べ宴会をします。

●ゲルの構造
ゲルは組み立て解体、移動が大変合理性に富み数人で2~3時間あれば組み立てられ半球状の円型は、直径7~8メートル高さは2~3メートルあります。床の部分は家畜の糞を下に敷きその上にフェルトの敷物を重ね壁の部分はハナと呼ばれるジャバラ式の木を何組か組み合わせ円形を作り天井には天窓があり天窓から壁に何本もの柳の木が渡りそれとハナは紐で結ばれます。天幕全体は張力帯びで固定され外への反発力を防ぎ、更に白い布をかぶせて夏は裾を上げ涼しく、冬は何枚ものフェルトを重ねて部屋内を暖かくします。入り口は南に面し反対側に祭壇、中央はストーブ、円形の壁にそって食料袋、長持ち、寝具など置かれ壁全体はもの入れにもなり、右側は女性、左側は男性の座る場所と決められています。モンゴルの人々はゲルを宇宙と見たて天窓を太陽、天井の木は光の差し込んでいる姿と考え、部屋の色は全体が朱色で塗られ草原の緑と対象的なコントラストを作り出しています。人々はゲルを日時計としても利用し太陽の当たる場所で時間を理解して日々の労働を決めていきます。ゲルの中では外からの音が良く聞こえ家畜の健康状態や明日の天気を知ることができます。日中の温度差は大きく冬には零下40度、強風も吹き荒れますが、自然と一体になれる住居なのです。草原にはゴミはないと言われています。財産を所有せず最低限度の物と家畜と厳しい自然条件の中で生活して行く循環型の生活スタイルには私達に教えられる沢山のことがあります。

 ●ノルウェー・リポート
 昨年7月ノルウエーのベルゲンでフェルトフェスティバルが開かれ参加しました。デザインの国北欧には一度行つてみたいと20代からずつと思っていました。この催しの主旨は『フェルト加工に永い伝統を持ち古い工芸の文化遺産を現代に適合させる。』と言う内容でした。参加者は30ヶ国に渡り、ベルゲン市の中心に設けられたステージへは各自が作ったものを身につけて参加する事になっていました。その光景は個性的と同時に作品の質は高く大変興奮させられました。7日間のワークショップは、おおよそ14クラス設けられ、高校や近くの小学校が解放され会場が作られました。希望するワークショプはもちろんのこと、野生の羊を見る遠足やレストランで食事をしながら演劇鑑賞(小道具は、全てフェルトで出来ていました)、フェルターたちによるファッションショーなど沢山の充実した内容でした。市内の何百年も経つ古い倉庫を利用したギャラリーでは、ノルウエーやヨーロツパのフェルターの作品が展示され、クリエイティブな帽子、絵画的表現にステッチ効果のタペストリーやレリーフのまっ白な作品など見ごたえのある作品が揃っていました。私が特に興味を持ったワークショップは子供を対象にしたクラスで、早くから北欧では幼児の情操教育の一部としてフェルトが取り入られ、各自で作るのはもちろんのことグループでゲルやタペストリを作る指導が行われてきました。残念な事にワークショプの様子は、場所が離れていて見ることができませんでしたが、常に大人達と共に楽しむ場が設けられ子供をサポウトしていました。障害を持つ人や家族での参加もあり、背中に子供を背負つた若いお父さんの参加などは、ほほえましく改めて羊の国ノルウェーの伝統の深さと次の時代を作る子供への心配りと豊かさに感心しました。            (つづく)