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『インドネシアの絣(イカット)』-イカットの染料(Ⅰ) 身近な染料- 富田和子

2017-10-15 10:07:20 | 富田和子
◆家の軒下に瓶を並べて藍を建てている(フローレス島)

◆フローレス島の市場で売られていた合成染料


 ◆藍染めの絣模様とカラフルな縞模様との組み合わせ

◆ティモール島の衣装はとても色鮮やか!

◆ソロール島のイカット(部分)

◆藍と茜で染色されたスンバ島のイカット

◆バリ島に生えていた藍(インドキアイだそうである)
と醗酵助剤用のバナナ

◆インドキアイ

◆コマツナギ

◆ティモール島の民家の庭に生えていた藍
(コマツナギだろうか…?)


2008年4月10日発行のART&CRAFT FORUM 48号に掲載した記事を改めて下記します。

『インドネシアの絣(イカット)』-イカットの染料(Ⅰ) 身近な染料- 富田和子

 ◆合成染料の普及
 染織品の宝庫といわれるインドネシア、その染色には各島各地域で自生、または栽培された植物性の天然染料が主に用いられてきた。しかし、現在では合成染料の普及によって、伝統的な天然染料の使用は一部の限られた地域になってしまっているのが現状である。
 東ヌサ・トゥンガラ州の島々やスラウェシ島トラジャ地方の山間部では、現在でも各家庭単位で綿花から糸を紡ぎ、絣模様を括り、身近な植物で糸を染め、腰機でイカットを織るといった一貫作業を見ることができる地域もある。一方、合成染料の普及もめざましく、町の大きな市場や定期的に開かれる村の市場には生成や色糸の機械紡績糸と一緒に合成染料が売られている。写真の染料は助剤も使わず、染料を湯に溶かして10分間煮ればよいという簡単で便利な直接染料である。

 木綿の経絣が盛んに織られている東ヌサ・トゥンガラ州の中でも、早くから合成染料が入ったというティモール島には色鮮やかなイカットが多く見られる。西ティモールの中部に位置するソエ周辺では、中央に絣模様、両サイドに縞模様を配置したイカットが作られている。同じ地域であっても100%合成染料によるイカットもあれば、天然染料と合成染料の併用もある。併用といっても、染料を併用するわけではなく、イカット部分の糸は天然染料を使い自分で染め、縦縞などの配色には市販の色糸を用いるという方法である。藍染めの絣模様と派手な縞模様の組み合わせで、一見ミスマッチと思えるイカットではあるが、ソエ周辺の地域ではこうしたカラフルなイカットが日常着として愛用されている。

 天然染料と合成染料の併用は他の島でも見られ、渋い色合いのイカットに市場で買った極彩色の色糸がアクセントとして使われていたりもする。フローレス島東端の隣に位置するソロール島のイカットは全体的に「赤いイカット」という印象を受けるのだが、よく見ると赤い部分は市販の色糸であった。絣の部分は手紡ぎの糸を使い、藍と茶系の天然染料で染められているが、絣以外の部分は赤を中心にピンクや緑などの市販の色糸による縦縞で埋められている。せっかくの手紡ぎ、天然染料のイカットが色糸で台無しになってしまうと思うのだが、自給自足の島の暮らしの中では身近な植物で染める暗い色合いの糸の方がむしろ日常であり平凡でもある。お金を払って買う色鮮やかなシルケット加工の糸の方が豪華に映るのもやむを得ないのかもしれない。フローレス島やその周辺の島々でもイカットを日常着として活用している姿を見られるが、そのほとんどが女性であるのに対し、ティモール島では女性よりも圧倒的に男性の方が多く着用しているのが特徴である。周辺の村々から人々が集まってくる市場では、色とりどりのイカットを身に着けた男性の姿に目を奪われる。サロン(腰巻)やスレンダン(肩掛け)の他に必須アイテムとして、彼等の嗜好品であるシリー・ピナンを入れるボシェットも加わり、着こなし方は人それぞれ、ティモールの男性は実におしゃれである。合成染料に席巻されてしまったかのようなティモール島ではあるが、長年使い込まれたカラフルなイカットを身にまとい颯爽と歩く姿は、それなりの風格さえ漂わせている。

 イカット以外の縞模様や組織で模様を表すソンケット(浮織)などは、市場で色糸を買ってくれば自分で糸を染めることなく織り上げることもできるが、イカットを織る場合は糸を染める前にまず絣括りをすることから始まり、括り終わったあとに自分で糸を染めなければならない。その場合に身近な植物染料である藍を使用する例もよく見られる。また、昔から行われている絣括りの技法が糸染めまでを含めた工程の一貫として捉えられていることで、天然染料の使用がかろうじて保たれているとも考えられる。

◆イカットの天然染料
イカットに使用される染料もまた地域によって様々ではあるが、今でも天然染料で糸を染めている限られた地域というのは、実は木綿の経絣のイカットを織っている地域がほとんどである。 イカットの製作も天然染料に
よる染色も年々衰退していくようにも懸念されるが、一方で復活した地域もある。海外の染織愛好家達や国内からの呼びかけ、村興しなどにより、伝統的な技術を継承しようとする動きも見られる。もちろん、天然染料にこだわりを持ち、自ら伝統的な染め方を守っていこうと考える人達も存在する。広大なインドネシア全体から見れば、一部の限られた地域になってしまっている天然染料ではあるが、まだ、身近な植物による糸染めも健在であり、海に囲まれた熱帯性気候の島々には染料となる植物も豊富である。

 イカットの天然染料で最も代表的な材料は藍と茜の組み合わせである。絣括りの行われた糸は、一般的にはまず藍で染め、次に赤く染める部分の括りを解き茜で染める。染め上がったイカットは、括りにより染まらない白い部分、茜で染められた赤い部分、藍と茜が染め重なった黒い部分の3色によって絣模様が表現されることになる。 また、茜で染める赤の代わりに茶色で染められるイカットも多い。茶色はマングローブに総称されるヒルギ科やアカネ科の木々で染められるが、鮮やかなピンクを染める木もある。その他に黄色はウコンやカユ・クニン(黄色い木の意)で、緑は葉を使ったり、藍を下地とした色のバリエーションも見られる。(詳細は次号に記載予定)

 ◆身近で重要な藍染
 インドネシアには様々な含藍植物があることから、藍染めに使用された藍も複数の種類にわたっているというが、主にマメ科のキアイやナンバンコマツナギなどの天然藍による染色が、昔ながらの方法で今も受け継がれている。

 インドネシアで藍は「ニラ」、あるいは「タウン」などと呼ばれ、地域によって呼び名は多少の違いがあるが、藍の製法はいずれも地殿藍を作る方法である。


 【東ヌサ・トゥンガラ地方に共通する沈殿藍の製法と染色法】
① 瓶に藍の葉や茎を入れ、水を加えて発酵させ、2~3日間放置した後、絞ってかすを捨てる。
② 水に溶けた藍の色素に石灰を加え、よくかき混ぜ藍の沈殿を待ち、上澄み液を捨てる。
③ 沈殿した泥藍はそのまま藍染めに使われる場合もあるが、保存する場合には天日でよく乾燥させる。
④ 染色方法は乾燥させた泥藍を灰汁に解き、藍の発酵を促進させるため醗酵助剤を加える。醗酵助剤には主にサトウキビ、椰子砂糖、バナナの実などが用いられる。その他に濃い染液を得るために様々な樹皮、実、葉、根などが加えられ、その地域独自の藍染めの色を作りだしている。
⑤ 藍がよく醗酵して染色に適当な状態になるのを待ち、糸を入れる。
 ⑥ 糸の染め方はもちろん個々によって異なるが、3日~1週間ほどの日数を掛け、糸を藍に浸しては引き上げ、絞って風を当てて酸化させるという作業を何度も繰り返し、糸が気に入った濃さになるまで染め重ねていく。

藍は木綿にも良く染まり、絣括りを解きながら染め重ねていくイカットの染色方法にとっても便利な染料である。イカットを織っている家の庭先には藍が栽培され、軒下や部屋の片隅には小さな瓶に建てられた藍液を見かけることがよくあるように、藍は天然染料の中でも最も一般的であり、身近で、かつ重要な染料となっている。
 [続く] 


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