友好も協力も、人間同士の場合には、ほほえましい行動様式に見える。
だがこれが集団になると、生活の表通りのことばかりではすまなくなり、人倫に沿わない方向に友好、協力が求められるようにもなる。
個人的な付き合いにしても、異国の人との間に離れにくいしがらみができて、そこに互いの利権が絡み合うと、協力利権、友好利権という構図が定着してしまう。
そうなると、良いことのはずであった友好、協力が、国家の危機や国際信用の失墜を招くことにもなりかねない。
もし政府や大政党の要職にある人に、この協力利権、友好利権がこびりついていたらどうなるか。
橋渡し役としては、その関係は極めて有効なのだが、外交の表舞台では、相手側の横暴な発言にも、その人は無言で微笑ぐらいの生ぬるい態度しかとることができないだろう。
友好協力も、内容の事実をとらえなければ、面の文字だけでは、とんでもない落とし穴の掘削作業幇助ということにもなる。
今の要人たちの実情はどうなのだろうか。