どういう人を選ぶか 選択のときがきました
モノや恩を ばら撒いて
ばら撒いて ばら撒く人がいます
毒まんじゅうでも それを知らずに
拾って喜ぶ人がいます
拾う機会に恵まれた人は
狙われていたのかもしれません
どういう人を選ぶか 選択のときがきました
モノや恩を ばら撒いて
ばら撒いて ばら撒く人がいます
毒まんじゅうでも それを知らずに
拾って喜ぶ人がいます
拾う機会に恵まれた人は
狙われていたのかもしれません
どういう人を選ぶか、選択のときがきました。
参議院選挙は、団体を選ぶのではなく、人を選ぶことと思っていましたが、それは間違いなのでしょうか。
名前を書かなければ無効になると、対談で伝える人もいます。
まさか無効にはならないだろうと法文を調べてみると、無効というのは、その候補者個人にとって当選決定に役立たない票になってしまうという意味だったようです。
公職選挙法では、第四十六条3に、参議院(比例代表選出)議員の選挙の投票には、名前を書きなさい、つまり人を選びなさいとされています。
ところがこれには、名前の代わりに団体名でもよいという、奇妙なただし書きがあります。
参議院(比例代表選出)の当選者数を決める方法は、第九十五条の三に、途中で読む気がしなくなるようなややこしい条文で書かれています。
この方法は、19世紀の数学者ドントが考えたマジックのような方式をとりいれたわかりにくいものです。
同様の方式を使っている国をみると、失礼な言い方を恐れずに使えば、少し遅れた国がだいじにしているのかしがみついているのか、そういう感じを受けます。
配布された選挙公報をみると、投票の仕方が団体によってさまざまで、国会議員を選ぶのに、団体ごとの勝手気ままな推奨方式でよいのだろうかと、また疑問が湧いてきます。
・候補者名または団体名を書け・・・5 団体
・団体名を書け ・・・・・・・・・・・・・・・4 〃
・団体名または候補者名を書け・・・3 〃
・書き方にふれない ・・・・・・・・・・・・1 〃
第一感、団体名を書け、あるいは団体名が先というのは、怪しいか、少し怪しいか、そんな気がしています。
どういう人を選ぶか 選択のときがきました
世の中には 小言癖をもった人がいます
折檻好きの人もいます
そういう人が 政党の中心にいると
政党名とは全く違って
反対 詰問 野次や拒否 に明け暮れるでしょう
そんな議会でも 1日3億円かかります
どういう人を選ぶか 選択のときがきました
議事堂は 井戸端とは違います
懇親パーティー会場でもありません
ただ集まって 自分の席のあることが
確かめられれば それでよいのか
タネづくりさえ ひとまかせの
コンニャク問答を 繰り返す
話がつきなければ それでよいのか
顔見せに わざわざ訪ねてきてくれた
笑顔を思い出してもらえば それでよいのか
どういう人を選ぶか 選択のときがきました
ならわしであれば 悪事でもよい
多数意見らしければ 変な理屈でもよい
空気を読み違えなければ 息苦しくてもよい
言動を 自分の問題とせずに
何でも人のせい 空気まかせにする
そういう人は 議員には向きません
どういう人を選ぶか 選択のときがきました
見せかたは 芸ごとです
上手に見せられると わかったような気になります
絵空ごと 嘘ごと
子供だましの 紙芝居でも
上手に見せられると 本当のことのように見えてきます
絵面 旗さしもので 楽しがらせる人は
議員本来の仕事には 向かないでしょう
どういう人を選ぶか 選択のときがきました
自分の思いと 全く逆のことでも
アナウンスはできます
日本語を話せなくても 読み上げだけはできます
けれども 議員の仕事は アナウンスではありません
アナウンスしかできない人は
議員には 向かないのです
どういう人を選ぶか 選択のときがきました
日本人は 心につやを持っています
心のつやを 失った人は
神聖な国会を 汚します
つやとは 尽くす心 優しい心です
国会から つやが消えれば
そこはただ 叫び合いのるつぼ
猿の山と 変わりありません
どういう人を選ぶか 選択のときがきました
お役人の仕事を取り上げずに
議員の仕事をする人を 選びましょう
たとえば 労働基準監督署の仕事を
国会で 代わりにやってあげるなど
まったく むだなことです
どういう人を選ぶか 選択のときがきました
都合が悪くなっても そこから逃げ出さず
論議のできる人を 選びましょう
国会の意義から 逃げない人を
論点の本質から 逃げない人を
急に席にいなくなったり 出てこなかったり
そんなのは論外です
洪水危険度分布地図を見ていたら、川のない市がありました。
全国唯一の無川市か、そんなはずはないと細かい地図で見ると、全く川がないのではもちろんありません。
21の川があって、名無しの一つを除けばみなそれぞれ名前が付いています。
この市には大きな山がないので洪水危険度分布地図の対象河川の対象にならなかったのでしょう。
山と川の関係に調和が失われると、調和を保とうという方向に水の流れ方が変わります。
水の流れは、それから逃げることだけを考えていたのでは、未来永劫に逃げ支度を迫られます。
雨の降り方が変わってくるなら、山と川の関係も変えていかなければなりません。
国土交通という名称熟語が、交通のための国土利用の意味に矮小化されてしまうと、国土の保全がおろそかになります。
国民に動け逃げろだけでは、すぐれた国土交通政策とは言えないでしょう。
薄紫は 逃げろの合図
全国2万の川筋に
色がついては 変わります
雨は気ままに 降り注ぎ
危なさはすぐに 変わります
濃い紫に 変わったときは
逃げ道も もう水の底
川の近くに住む方は
ふだん普通の雨のとき
見て確かめておきましょう