バネの風

千葉県野田市の「学習教室BANETバネ」の授業内容や、川上犬、ギャラリー輝の事、おもしろい日常を綴ります。

わたしの「案山子」

2015-10-27 09:34:33 | 旅行
「ここに泊まりたい。」

広告の力ってすごいね。実家の母は折り込みチラシや近所の人の話、いわゆる口コミで、以前からこの旅館泊まりたい!と力説していた。
なぜそれほどまでに泊まりたいかっていうと、「安い」からだそうだ。
一人2食付きで7980円! しかも温泉はかけ流し。その旅館専用バスがお客さんを乗せて走るのを目にするから、「みんなが行っている」というみんな感が強いのでしょう。
母の術後の様子伺いやら、墓参りも兼ね実家に行くので、ではこの際その旅館に行くかってことになった。

ネットで予約すると、激安価格は平日で一部屋5人利用の場合、いわゆる最低料金ということがわかり、紅葉やキノコのベストタイミングの週末はそれなりの価格であることがわかった。母は終始「なーんだ」を繰り返すけど、行く気満々であることには変わりはない。

温泉行くったって、自分のとこだって温泉なのに。しかも行き先は鹿教湯温泉。
別所温泉の裏山にあたる湯治の湯。
トンネル一つ超えた先。
同じ市内。
隣の温泉。
どうしても自分としては近所であることがぬぐえず、ここにわざわざお金払ってまでして行くかい!がつきまとう。

さて旅館に行く前に墓参りを済ます。
墓地は山の斜面高台にあり、由緒正しい日本昔話のような集落にたたずむ。



通常ならここから鹿教湯温泉はいったん塩田平らに引き返し、平井時トンネルを抜けて向かう。しかし我々は墓地から松本方面に向ける林道を使い直線コースで鹿教湯温泉を目指したので、ものの30分で到着。

着いたところは「大江戸温泉物語 藤館」
大手資本がひなびた温泉街に進出し、土地の鋭気を吸い取ったかのようにその一角はひときわ賑わっていた。駐車場入り口に若い白人男性と日本人女性が寄り添っていたので、その二人をよけるように駐車場に入った。
ここは夕食も朝食もバイキング形式となる。
チェックイン時に夕食希望時間を聞かれた。
「5時、6時、7時から選んでください」
すると後ろのソファでチェックイン順番待ちしていたおじさんが、「5時じゃ早いベ」
6時だと激混みしそうだったので我々は5時からの90分コースにした。

夕食前に風呂を済ます。
無色無臭だけどよく汗が出る温泉だった。露天風呂へはいったん服を着て長い廊下を移動するというのでこれはちょっと面倒。帰り際に中をのぞくだけにしておいた。
5時からじゃ早いベとは思うけど、同じように混雑を避けたたくさんのグループが食堂があくのを待っていた。その中に、先の駐車場で見かけた白人と日本人女性カップルとその両親だったと思われる「早いベ」おじさんご一家もいた。

通常旅館の食事ってこれでもか、これでもかと出てきて、「もうこれ以上食べられまへーん」ってなって、大量に残し、罪悪感を残すってなるけど、その点バイキングだといいねと適量を楽しんだ。地産地消の地元の食材を使った野菜料理を選んだけど、母は刺身や寿司をほおばっていた。食事中、娘から電話がかかってきた。
なにがしか必要なものを送ってほしいといういつもの「お願い」コールで、「孫の声聞きたい」という母に電話を代わると、母はなにやら娘と約束事を交わしていた。

ホテル内でカラオケができるというので予約すると、あいにくというかちょうどよいというか食後の1時間のみ予約が取れた。
鍵を受け取り自分で「カラオケルーム」と書かれた扉開けると、そこはスナックの一室だった。カウンターもスナックのママコーナーもある。これじゃまるで「あまちゃん」の小泉今日子じゃん。テンション上がる-。
カラオケ入り口に卓球コーナーがあり、先の「早いベ」おじさんご一行が浴衣で卓球に興じていた。
母は「あたしも卓球やりたい」と言うけど、ここは予約済みのカラオケを優先した。

カラオケに与えられた時間は60分。
たいてい最初の30分は何歌うか決めるのにもたついてしまう。そんなこんなで時間やり過ごし残り時間少なくなった頃、「そうだ、あれ歌おう!」

それは、さだまさしの「案山子」
この歌を聴くたび、歌うたび、あるシーンを思い出す。

高校を卒業し東京で一人暮らしを始めた時のこと。
アパートは風呂なし。もちろん部屋に電話はない。
実家に用事があるときは、夜銭湯に行ったついでに外の公衆電話でかけることが多かった。
その日は同じアパートの静岡から来た子と一緒に銭湯に行った。その子が実家に電話をかけ終わると、私にも実家に電話をするようにと促してきた。
別に今用事はないし、お金かかるからかけないというのに、何度もかけるようにというから、渋々プッシュボタンを押した。

「もしもし」
「○○!!?」
電話口の女性の声は、ゆう子だったかよし子だった、知らない人の名前を呼んだ。
あー、間違い電話したなとわかり切ろうとすると、
「切らないで!少しお話ししましょう」
無情にも10円玉が電話に吸い込まれていく音が響いた。
「うちの娘は東京で一人暮らし始めたから、つい娘からの電話かと思った」
「こうしてよく実家に電話するの? えらいね。」
「一人暮らしがんばってね」
同じ上田市内のどこかにかけ間違えたのだろうから、その娘さんって知っている人かもしれない、同級生の誰かかもしれない、なとどツラツラ考えながら、えー、とかまーなどと返答しながら、つい自分の身の上も少し説明し、電話を切った。

「案山子」を歌い終えると、母は
「これってさだまさしの歌? おまえが作った歌かと思った。」
だって。