15 1985年9月25日(水)晴れ
寝台車の中でワイン飲み過ぎて喉が渇き、3時頃目が覚めた。その後、6時頃までずっと眠った。こっちに来てからマドリードより朝明けるのが遅く7時半頃で、夕日の落ちるのは8時過ぎである。
夜が明け始めると、車窓からの風景が目に入ってくる。山間を進んでいた太陽が雲間に顔を出した様子はいかにもスペイン国らしい。荒々しさを感じ、これから着く最南端アルヘシラスの風情を感じ得ない。昨夜列車内の飲み過ぎた今までの疲れなのか,体の調子が狂ってくる。
夜が明け始めると、車窓からの風景が目に入ってくる。山間を進んでいた太陽が雲間に顔を出した様子はいかにもスペイン国らしい。荒々しさを感じ、これから着く最南端アルヘシラスの風情を感じ得ない。昨夜列車内の飲み過ぎた今までの疲れなのか,体の調子が狂ってくる。
アルヘシラスは漁と観光両者を兼ねた漁港でアフリカへ渡航1時間のところである。
駅から今日宿とするエステポナ村までバスに乗るのだが、バス停見つけで苦労する。ここではフランス語がほとんど通じない。
13キロのリュックを背負って暑い中30分は歩いた。
13キロのリュックを背負って暑い中30分は歩いた。
エステポナの町までバスで1時間で着いた。海水浴客で賑わう街で海岸は高級ホテルがひしめくように建っていた。
宿は一つ星のホテルが見つかった。
早速麻美は水着に着替え海に入った。午後一時近くだったが,泳ぐ人の姿はあまりなかった。
夕方は明日描く場所探しに本通りを北に入って、民家のある通りを歩きまくった。教会を除いては全て白い漆喰の建物である。
夕方だったので家の戸口の脇に老人が椅子を出して休んでいる光景があちこちに見られる。半分壊れた椅子に身を斜めにしてぽつねんと腰掛けている老人もいて,印象的であった。町並みや老人を何枚もカメラに収めた。カメラを向けるとポーズを取るものもあれば,嫌う人もいた。
宿は壁塗り職人の人たちが多く泊まっていた。ホテルのレストランで食事すると、皆の関心がこちらに集まった。
ポーズを撮る老人
いつまでも明るい
【追記】
アルヘシラスからエステポナまで地中海に沿ってバスは走った。私の記憶では2時間くらいだと思うが,父の日記には1時間とある。座席は海岸側で最初は景色を楽しんだが,ずーっと単調であり、直射日光が厳しかった。後ろの席の人と無言でカーテンを取り合いながら日差しをよけた。
アルヘシラスからエステポナまで地中海に沿ってバスは走った。私の記憶では2時間くらいだと思うが,父の日記には1時間とある。座席は海岸側で最初は景色を楽しんだが,ずーっと単調であり、直射日光が厳しかった。後ろの席の人と無言でカーテンを取り合いながら日差しをよけた。
エステポナに着いてまず洋品店に駆け込み父は真夏の衣類を購入した。店の主人が、「そんな格好じゃ暑いべ」と言いながら,半袖短パンを見繕ってくれた。
ホテルは海岸沿いの安そうなところに決めた。入り口にシェパードが寝そべっていて,それをまたいでカウンターで手続きした。
坂道の路地突き当たりに老人が壊れかかけた椅子で夕涼みしていた。もう何年もそうしてそこにいるかのようなただずまいだった。写真を撮らせてほしいというと拒絶されたが,他の老人二人組は「俺たち撮っていいよ」と手招きしてポーズまでしてくれた。最初に断られた老人のたたずまいは非常に絵になっていたので,後で遠くから1枚撮った。