お山の上の都ホテル、で歴史を刻み外資に洗練を求めたホテルに泊まる年末は、今年も楽しく過ぎていきました。
また来年、という後ろ髪引かれ系の希望をもちながら、三条の坂を下りていきます。
平安神宮の大鳥居は、3時間30分前にジョギングで走った早朝とはすでに衣装を変えているように見えます。朝はやはり霊気があったのですが、11時を過ぎると、美しいりりしさに身を固めて、とても私一人に語ってくれる親切さは無いように感じられるのです。
そこで、というわけでもないのですが、大鳥居に背を向ける格好で、粟田神社の石段を登っていきました。こちらはご近所さんが、毎朝のお参りの延長のような姿で、時折手を合わせていきます。ちゃんと一人一人に神様が微笑んでいるようなお社です。能舞台の楽しい作り物は、年始のサービスでしょうか。それに、境内の周りには多賀大社を始めとして多くの分社があって、日本八百万の神様はなんともゆるく仲良くつながります。
天気の良い大晦日、お散歩ができるのは、スポーツグッズが山ほど詰まった重い重いバッグを、都ホテルが京都駅まで運んでおいてくれるからです。考えてみれば、ウエスティン都ホテルは、毎年サービスが変わっていきます。8:2で、改善が勝つところが○。ことに人系統の動きが良くなっています。フロント、ベル、ジムの人まで実に快くサービスに当たってくれます。名物だと思い込んでいたフロントのチェックイン・アウト行列も、フロントの処理が早いので、列があっても長時間にはなりません。3年前は、並びながらスクワットを始めようかというほどに不動の列だったのが信じられないほどです。駅にバッグを運ぶサービスでも、去年までは「15時には間に合いません」でしたのが、個々のリクエストに時間を合わせて14時でも大丈夫ですと答えてくれます。おかげで恒例大荷物担ぎの三条坂下り・四条河原町コインロッカー預けをしなくて済むのです。
という時代の変遷を享受して、高瀬川沿いを祇園に向かっていきます。
寒いです。そう、ビルが並んで良くわからなくても、川が流れるところは一帯で一番低いのが地形の必然。水と同時に風も流れます。川沿いを冬に歩くのは体に悪いのは分かっているのですが、効率がいいのも実際なので、しばし我慢とマフラーをきつくしめ、手袋も出して身を守ります。昼の祇園にはPAGONという着物柄の布をシャツや小物に誂えるお店があって、いつも新製品を覗きに行くことにしています。今日も、セールストークと世間話を混ぜたような、可愛いとぼけ加減を見せてくれる店員さんとお話しながら、木の子柄やら椿柄の、派手だけれど質感で和に押さえ込むシャツを見て迷い時間を楽しませていただきました。
さてそろそろ昼。
人出も増えてきました。うどんでも食べようかと、祇園の有名店・権兵衛にいくと店の外まで行列。ではすぐ裏のおかるはどうかといえば、店の中からタバコの煙が・・・狭い店内でこれは耐えられそうにありません。ああ、また昼食難民・・・と歩いていてぶつかったのが、黒七味で知られる原了郭さんが新規出店した「RYOKAKU」さんというポップな椅子がガラス張りの外からでも見えるレストランです。スパイスの扱いを旨とする、ということでカレーが主力ですが、なぜか衣笠丼もあったので一つずつ頼みました。いや、かけましたよ、御揚げと卵で黄色い衣笠丼が緑になるほどの山椒を。香りで食欲をそそり、腹を満たす。スモーキーなベースに柑橘のタッチが加わる山椒は、香辛料のなかでも独特のスタイルで食を演出してくれます。けんみんショーで気になっていた衣笠丼の初体験を、こうして面白く味わうことができたのでした。カレーは、二日目の家カレー系。肉が筋になってほぐれるほどよく煮込んであるのがいい感じでした。
お腹が満ちて、さてまだミッションがあります。実家に持って帰る丸餅です。京都には辻を曲がれば餅を売る店が見つかるのに結構驚いたのが5年前。以来、おいしそうな店を見つけてお土産にするのが習慣になりました。今日目指すのは、昨年とても気に入った、六波羅密寺近くにある、「力餅」さんです。祇園から行くには、臨済宗の総本山・建仁寺を歩きぬけながら手を合わせ、沿いに開いた毘沙門天が気になったので足を向けました。お寺に入ると、狛犬ならぬ狛虎に見える阿吽と、覆幕に描かれた大ムカデが目を引きました。ここで彼女の解説が私を納得させます。お稲荷さんがキツネとペアを組むように、毘沙門天様はムカデに乗って現れるのが決まりごとなのだそうです。また一つ賢くなりました。
さて、力餅屋さんは、そこからすぐですが、やはり六波羅にきたら清盛公にもご挨拶をしなければ。ことに昨年一年は、好評不評、悪口も聞こえるほどのドラマに主演として登場しながら、まるでその人のあり方を忘れたような扱いをされていたからです。平家物語を読んで、諸行無常を深く親しみとして42年間過ごしてきた私の思いは、六波羅密寺に鎮座した平 清盛像を見るときに共感となります。経巻を手に半眼をやる姿には、おごり高ぶり悪行を尽くしたといった風評に交わるところは無く、深い信心を見ることができます。
宝物館で隣に置かれた空也上人像が、南無阿弥陀仏の6文字を御仏の姿に口から世に送る姿と、全く地平を同じにしているのです。
この思いを抱けるだけでも、年に一度京都を訪ねる意味が私にはあろうというものです。
心穏やかに寺を出て、ようやく力餅さんへ。普段は軽食も扱っているというこのお店は、大晦日ばかりは御餅専業だそうです。店の前ではできたての丸められた餅からあら熱をとっています。扉をおせば、奥様、御父さん、おじいさん、そしてきっと孫だと思われる男の子と女の子も働いています。小売をしてもらうのが申し訳ないと思えるほど大忙しの様子ですが、実家に12個、自分たちに6個を包んでもらいました。文字通りもちもちの手触りを楽しんで、リュックに詰めるとさすがにお米の変化形は質量がずっしりと肩に食い込みました。
さて、そろそろ旅も終わりかと思っていたら、彼女がもう一箇所行きたいところがあるといいます。飛びますよ、京都市水族館です。神に仏にと出会いを繰り返した後、動物たちと面会をしようとは、はて面妖な・・・
しかしバスで向かった水族館、まず驚いたのは家族連れがぞろぞろと列を作って歩いていくのです。年末の時間をみんなで動物を見ようという心持になる人が沢山いる、というのは新しい発見でした。この水族館でのスターは、オオサンショウウオのようです。ちゅらうみ水族館がジンベイザメを看板とするように、京都では入り口から入って最初に展示されているのがオオサンショウウオなのです。最初は、水の流れる渓流の展示にテクニカルな工夫が感じられたのですが、少し進むとびっくり。私だけではありません。みんなが口にします。折り重なって、お互いの体を蹴って、ぐっちゃりとオオサンショウウオ。「川で泳いでてこんなん出てきたら怖い」と女の子が言っていましたが、本当に出会うとしても一匹だけでしょうし、「こんなありがたいもの見えて超ラッキー」のはずですが、水族館でこんなごっちゃり両生類が目の前にいれば、別の想像をしてしまうでしょう。
他にも世界のカエル、クラゲ、アザラシに耳有オットセイ、ペンギンも見て、本当に旅は終わりとなりました。水族館をでると、光はさすがに黄色を多く含み、2012年の日本を照らす太陽はあと一時間で終わることを告げています。
さあ、家路につきましょう、とお手手つないで京都駅に向かうふさおまきたち。
それぞれの実家で年を越します。
お世話になった皆さん、一年ありがとうございました。
そして、明日からの2013年も楽しく走り回っていきますので、どうかよろしくお付き合いください。