『多崎つくる』―セクシュアル・マイノリティの物語①
つくるの高校時代の4人の仲間たちは、それぞれ独特な個性をもっていました。
アオ(本名、青海悦夫おうみよしお)は、明るい性格で、いかつい顔をしたスポーツマン。高3のときはラグビー部のキャプテンを務めていました。
アカ(本名、赤松慶あかまつけい)は、背が低くて近眼でしたが、図抜けて優秀な頭脳を持っていました。
シロ(本名、白根柚木しらねゆずき)は、長身でモデルのようなスタイルの美少女。内気ですが、音楽の才能があり、ピアノを上手に弾きました。生き物が好きで、将来、獣医になりたいと思っていました。
クロ(本名、黒埜恵理くろのえり)は、大柄でグラマー。読書家で頭の回転が速く、ユーモアがある一方で、皮肉屋の一面がありました。
そのような友だちの中で、つくるはこれといって傑出したものがなく、ひそかな劣等感を持っていました。名前の中に、唯一色彩を欠いていたように。ただ、これはつくるの自己評価であって、たとえばアオは、後につくるを「好感の持てるハンサムボーイ」と評しました。
つくるがかつての親友に会いに名古屋に行く前、沙羅は4人の名前を手掛かりに、ネット検索を駆使して、近況を調べ上げていました。アオとアカは今も名古屋在住。クロは、結婚してフィンランドに住んでいる。そしてシロは6年前に亡くなっていた…。
つくるはまず、アオを訪ねます。アオは、トヨタ自動車の高級車ブランド、レクサスのディーラーに勤務。毎年、販売台数トップの業績を上げ、今は営業所長です。
つくるは、アオに、なぜ自分が追放されたのかを尋ねます。16年前に、電話でつくるに絶交を告げたのは、ほかならぬアオだったのです。
ここでアオは驚くべき事実をつくるに告げます。シロが、「東京でつくるにレイプされた」と告白したというのです。つくるのマンションで睡眠薬入りの酒を飲まされ、抵抗できない状態で犯された、そのとき自分は処女だった…。そして、クロの提案で、みなでつくると絶交することに決めた、と。
つくるは仰天して反論しますが、アオはこのときまで、シロの話が事実であると思い込んでいました。「つくるには表の顔と裏の顔がある」という、シロの言葉を真に受けて。
そして、シロの死に関しても、ショッキングな内容を知ることになります。シロは6年前、一人暮らしをしていた浜松のマンションで、絞殺死体として発見された、と。
アオは、「そのあたりの事情は、女性のクロならもっと詳しく知っているかもしれない」と言います。
次につくるは、アカに会いに行きます。
アカは名古屋の大手企業を相手に社員研修を提供するビジネスを手掛け、大きな成功を収めています。名大経済学部を卒業後、メガバンクに入行するも3年で辞め、サラ金へ。しかし、会社勤めが自分に向いていないことを悟り、そこも2年で退職。そして新規に社員教育をアウトソーシングで請け負う事業を立ち上げた。
アカは知的エリートとして、周囲の人々を、そして社会全体を見下して生きています。そんな自分が、誰からも好かれていないことを自覚しつつ。アカがしている仕事を、アオは嫌っていました。一方、つくるがあとで聞いたところによれば、高校時代にボランティアをしていたカソリックの団体に今でも相当額の寄付を匿名で続けているらしい。アカにはそんな一面もあります。
話題は、シロの「告白」とつくるの追放に移ります。
「シロの話はとても真に迫っていて、疑いを差し挟めるような雰囲気じゃなかった。…しかし、時間が経つにつれ、おかしいと感じるようになった。…シロはおそらく心を病んでいた」
やがて、アカはシロの言うこと、すなわち、つくるにレイプされたこと、ひょっとしてレイプ自体も、虚言ではないかと思うようになりました。
「おまえはもともとそんなことをする人間じゃない。それはよくわかっている。いや、今ではよくわかっているということだ」
最後に、つくるはクロに会うためにフィンランドに向かいます。
クロはフィンランド人と結婚し、自らも陶芸作品を作りながら、今はヘルシンキに暮らしています。夫との間には二人の娘がいる。
高校時代、文学少女だったクロは、名古屋の大学の英文科に進みましたが、在学中に陶芸に惹かれ、卒業後、あらためて芸術大学に入り直して、人生の進路を変えました。
つくるは、16年前に起こったことについて、クロに説明を求めます。
クロは、アオやアカとは違って、シロの「つくるにレイプされた」という話を、最初から信じていませんでした。
しかし、中学校時代からのかけがえのない親友の深刻な精神的危機に直面して、シロを護るために、つくるを切ることを選択し、アオやアカに対して、つくるとの絶交を提案することさえしたのです。
しかし、シロが、つくるではない誰かにレイプされたことは事実でした。なぜなら、シロは妊娠していたからです。シロの父親は産婦人科医院を経営していましたが、シロは以前から父が手掛けている堕胎手術に批判的でした。それで、妊娠の事実は両親には知らせず、姉とクロにだけ打ち明けました。そして、シロはクロと一緒に父の病院とは遠く離れた産婦人科に行き、最後には流産します。妊娠、そして流産のことは、アオもアカも知りません。
その後、シロは大学を休学、重度の拒食症になります。一時は体重が40キロを切るほどに衰弱しましたが、クロはそんなシロにつきっきりでサポートし、シロは何とか音楽大学に復学するところまで回復します。
シロはその事件を契機に、人が変わったようになり、外の世界に対するあらゆる関心を失っていきました。音楽についても、親友であるクロに対する興味さえも。
シロの世話に明け暮れていたクロは、シロが危機を脱した後、気晴らしに陶芸教室に通ってみました。そこで陶器作りに夢中になります。芸術系大学に入ったとき、今の夫に出会い、結婚してフィンランドに渡ります。そして、フィンランドで、シロが殺されたことを知りましたが、妊娠中だったので、葬式に行くことはできませんでした。
クロは、「自分がシロを見捨てたためにシロが悲惨な最期を遂げたのではないか」と自責の念にかられます。そして、生まれてきた女の子に、シロの名前をとって、ユズと命名するのです。
つくるは、長らく、自分だけが犠牲者だと思い、4人を恨んだこともありましたが、ことの真相と、シロやクロの苦悩を知り、自分が意識しないうちに、まわりの人々を傷つけてきたのかもしれない、と思うようになりました。
そして、「人と人の心は調和だけで結びついているのではない。それはむしろ傷と傷によって深く結びつき、痛みと痛み、脆さと脆さによって繋がっているのだ」ということを理解するに至ります。
これが、16年前の事件の顛末であり、本小説のメインストーリーです。
つくるが大学時代に4人の親友から絶交を言い渡された理由はわかりました。シロの「告発」があったからです。しかし、シロがなぜ、そのような作り話をしたか、そしてシロはいったい誰に殺されたのかは、明らかになっていません。
その謎を解くためには、高校生当時の5人グループの中における恋愛関係と、それぞれの性の意識を見なければなりません。
(つづく)
つくるの高校時代の4人の仲間たちは、それぞれ独特な個性をもっていました。
アオ(本名、青海悦夫おうみよしお)は、明るい性格で、いかつい顔をしたスポーツマン。高3のときはラグビー部のキャプテンを務めていました。
アカ(本名、赤松慶あかまつけい)は、背が低くて近眼でしたが、図抜けて優秀な頭脳を持っていました。
シロ(本名、白根柚木しらねゆずき)は、長身でモデルのようなスタイルの美少女。内気ですが、音楽の才能があり、ピアノを上手に弾きました。生き物が好きで、将来、獣医になりたいと思っていました。
クロ(本名、黒埜恵理くろのえり)は、大柄でグラマー。読書家で頭の回転が速く、ユーモアがある一方で、皮肉屋の一面がありました。
そのような友だちの中で、つくるはこれといって傑出したものがなく、ひそかな劣等感を持っていました。名前の中に、唯一色彩を欠いていたように。ただ、これはつくるの自己評価であって、たとえばアオは、後につくるを「好感の持てるハンサムボーイ」と評しました。
つくるがかつての親友に会いに名古屋に行く前、沙羅は4人の名前を手掛かりに、ネット検索を駆使して、近況を調べ上げていました。アオとアカは今も名古屋在住。クロは、結婚してフィンランドに住んでいる。そしてシロは6年前に亡くなっていた…。
つくるはまず、アオを訪ねます。アオは、トヨタ自動車の高級車ブランド、レクサスのディーラーに勤務。毎年、販売台数トップの業績を上げ、今は営業所長です。
つくるは、アオに、なぜ自分が追放されたのかを尋ねます。16年前に、電話でつくるに絶交を告げたのは、ほかならぬアオだったのです。
ここでアオは驚くべき事実をつくるに告げます。シロが、「東京でつくるにレイプされた」と告白したというのです。つくるのマンションで睡眠薬入りの酒を飲まされ、抵抗できない状態で犯された、そのとき自分は処女だった…。そして、クロの提案で、みなでつくると絶交することに決めた、と。
つくるは仰天して反論しますが、アオはこのときまで、シロの話が事実であると思い込んでいました。「つくるには表の顔と裏の顔がある」という、シロの言葉を真に受けて。
そして、シロの死に関しても、ショッキングな内容を知ることになります。シロは6年前、一人暮らしをしていた浜松のマンションで、絞殺死体として発見された、と。
アオは、「そのあたりの事情は、女性のクロならもっと詳しく知っているかもしれない」と言います。
次につくるは、アカに会いに行きます。
アカは名古屋の大手企業を相手に社員研修を提供するビジネスを手掛け、大きな成功を収めています。名大経済学部を卒業後、メガバンクに入行するも3年で辞め、サラ金へ。しかし、会社勤めが自分に向いていないことを悟り、そこも2年で退職。そして新規に社員教育をアウトソーシングで請け負う事業を立ち上げた。
アカは知的エリートとして、周囲の人々を、そして社会全体を見下して生きています。そんな自分が、誰からも好かれていないことを自覚しつつ。アカがしている仕事を、アオは嫌っていました。一方、つくるがあとで聞いたところによれば、高校時代にボランティアをしていたカソリックの団体に今でも相当額の寄付を匿名で続けているらしい。アカにはそんな一面もあります。
話題は、シロの「告白」とつくるの追放に移ります。
「シロの話はとても真に迫っていて、疑いを差し挟めるような雰囲気じゃなかった。…しかし、時間が経つにつれ、おかしいと感じるようになった。…シロはおそらく心を病んでいた」
やがて、アカはシロの言うこと、すなわち、つくるにレイプされたこと、ひょっとしてレイプ自体も、虚言ではないかと思うようになりました。
「おまえはもともとそんなことをする人間じゃない。それはよくわかっている。いや、今ではよくわかっているということだ」
最後に、つくるはクロに会うためにフィンランドに向かいます。
クロはフィンランド人と結婚し、自らも陶芸作品を作りながら、今はヘルシンキに暮らしています。夫との間には二人の娘がいる。
高校時代、文学少女だったクロは、名古屋の大学の英文科に進みましたが、在学中に陶芸に惹かれ、卒業後、あらためて芸術大学に入り直して、人生の進路を変えました。
つくるは、16年前に起こったことについて、クロに説明を求めます。
クロは、アオやアカとは違って、シロの「つくるにレイプされた」という話を、最初から信じていませんでした。
しかし、中学校時代からのかけがえのない親友の深刻な精神的危機に直面して、シロを護るために、つくるを切ることを選択し、アオやアカに対して、つくるとの絶交を提案することさえしたのです。
しかし、シロが、つくるではない誰かにレイプされたことは事実でした。なぜなら、シロは妊娠していたからです。シロの父親は産婦人科医院を経営していましたが、シロは以前から父が手掛けている堕胎手術に批判的でした。それで、妊娠の事実は両親には知らせず、姉とクロにだけ打ち明けました。そして、シロはクロと一緒に父の病院とは遠く離れた産婦人科に行き、最後には流産します。妊娠、そして流産のことは、アオもアカも知りません。
その後、シロは大学を休学、重度の拒食症になります。一時は体重が40キロを切るほどに衰弱しましたが、クロはそんなシロにつきっきりでサポートし、シロは何とか音楽大学に復学するところまで回復します。
シロはその事件を契機に、人が変わったようになり、外の世界に対するあらゆる関心を失っていきました。音楽についても、親友であるクロに対する興味さえも。
シロの世話に明け暮れていたクロは、シロが危機を脱した後、気晴らしに陶芸教室に通ってみました。そこで陶器作りに夢中になります。芸術系大学に入ったとき、今の夫に出会い、結婚してフィンランドに渡ります。そして、フィンランドで、シロが殺されたことを知りましたが、妊娠中だったので、葬式に行くことはできませんでした。
クロは、「自分がシロを見捨てたためにシロが悲惨な最期を遂げたのではないか」と自責の念にかられます。そして、生まれてきた女の子に、シロの名前をとって、ユズと命名するのです。
つくるは、長らく、自分だけが犠牲者だと思い、4人を恨んだこともありましたが、ことの真相と、シロやクロの苦悩を知り、自分が意識しないうちに、まわりの人々を傷つけてきたのかもしれない、と思うようになりました。
そして、「人と人の心は調和だけで結びついているのではない。それはむしろ傷と傷によって深く結びつき、痛みと痛み、脆さと脆さによって繋がっているのだ」ということを理解するに至ります。
これが、16年前の事件の顛末であり、本小説のメインストーリーです。
つくるが大学時代に4人の親友から絶交を言い渡された理由はわかりました。シロの「告発」があったからです。しかし、シロがなぜ、そのような作り話をしたか、そしてシロはいったい誰に殺されたのかは、明らかになっていません。
その謎を解くためには、高校生当時の5人グループの中における恋愛関係と、それぞれの性の意識を見なければなりません。
(つづく)
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