※ ネタばれ注意!
年末、ラトビアに住むロシア人女性とチャットをしていて、村上春樹の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』について感想を聞かれ、とっさには答えられませんでした。
それで、正月休みに帰省した際、家にあった単行本を持ち帰り、あらためて読み直しました。
私がこの本を買ったのは、初版が発売された直後、2013年4月で、おそらくその年のゴールデンウィーク前後に読了したと思われます。なぜなら、そのころのブログ記事で、この小説に触れているからです(リンク)。
そのときにどんな感想を持ったかは、今では覚えていません。たぶんストーリー展開の面白さ、村上春樹特有の巧みな比喩表現などに感心しながら読んだのでしょう。しかし、他の作品にみられるような、歴史的・同時代的事件(太平洋戦争、学生運動、オウム真理教など)への直接的な言及はなく、寓意も読み取れなかったので、あまり印象に残っていなかったのだと思います。
あらためて読んでみて、さまざまなことを考えさせられました。
この小説の登場人物はとても少ないです。主人公の多崎つくると、現在の恋人の木元沙羅、高校時代の仲良しグループだった4人、大学時代の男友達の灰田文紹、灰田の話に出てくる灰田の父と緑川。主要な登場人物はこれだけです。
小説の中ではいろいろな謎が出てきます。そのいくつかは読み進むうちに解き明かされますが、謎のまま残るものも多い。その謎を解く手がかりは出てくるけれども、どう解釈するかは読者に任されます。
主人公の多崎つくるは36歳で独身。東京の工科大学を卒業し、子どもの頃から好きだった鉄道関係の会社に就職。14年間、同じ会社に勤続中。もともと裕福な家に育ち、父から相続した自由が丘のマンションに住んでいる。親戚に有名な女優がいて、ハンサム。たばこは吸わず、酒も少しだけ、賭け事もしない。はたから見ると、なんの変哲もない独身貴族です。
しかし、心の中に、ある問題を抱えています。それは大学生のときに起きたある事件が原因です。
つくるは、名古屋の、とある公立高校で、ボランティア活動を通して4人の親友をもちます。卒業までの2年半、つくるを含めた5人は、常にいっしょに行動し、親密で「調和のとれた共同体」を形成していました。
つくるを除く4人は、たまたま姓に色の名前が入っていたため、「アカ」「アオ」「シロ」「クロ」と呼び合っていました。「アカ」「アオ」は男友達、「シロ」「クロ」は女友達です。
高校を卒業し、つくるは上京、ほかの4人は地元で進学しました。1年半ほどは、帰省のたびに5人で旧交を温め、以前と変わらぬ仲の良いつきあいが続いていました。
事件が起きたのは大学2年の夏休みでした。帰省したつくるがいつものように仲間に連絡を取ろうとしたところ、みな家にいない。何度電話をかけ直しても、連絡がつかない。居留守を使われているようです。そしてそのうちの一人(アオ)から電話があり、突然、絶交を告げられます。「今後4人には連絡しないでほしい」、と。何の理由も説明されずに。
親友グループからの理不尽な絶縁に遭い、強い衝撃を受けたつくるは、その後の5か月間、死ぬことだけを考え続け、7キロもやせるほどに憔悴します。
しかし、なんとか死の淵から生還し、この辛い出来事を封印したまま、その後の人生を送っていくのです。
16年後、30代半ばになり、つくるは初めて心を開いて話をできる女性に巡り合います。それが木元沙羅です。彼女はつくるよりも2歳上で、キャリアウーマンとして活躍しています。沙羅はつくるとの関係を続けるうちに、つくるが「心の問題」を抱えていることを直感します。そして「今のままではつきあい続けられない」とつくるに伝えます。
そしてつくるは、沙羅に促されるままに、高校時代の追放劇の真相を探るべく、16年振りにかつての親友を訪ねることにするのです。
親友を「巡礼」する過程で、つくるは自分が追放された理由を知り、その裏で起こっていた悲劇と、それらの出来事が親友たちの人生にもらたした大きな影響を知ることになります。
そして、その根元にあったものが、5人の共同体の中に潜んでいた「性の抑圧」であったことを。
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