3月16日深夜、埼玉の自宅で大きな揺れを感じました。
スマホのアラームが鳴り響き、結構長い間、揺れが続きました。
揺れている最中に、少し前までラインで話していた友人から、「地震だ!」というメッセージが。
ネットに速報が出て、震源は福島県沖、相馬市などで震度6強。私が住んでいる埼玉県は、震度4でした。
翌日の夜はロシア語のオンラインレッスン。
最初にその日にあったことをロシア語で話しますが、地震のことが話題になりました。
ただ内容が難しいので、会話はすぐに日本語に(先生は日本語が堪能です)。
「大阪は揺れませんでしたか?」(先生は大阪在住です)
「気づきませんでした。今朝のニュースで知りました」
「埼玉はけっこう揺れました。怖かったです」
「前に、大阪でも大きな地震がありました」
「ああ、4年ぐらい前ですね。私もそのとき大阪にいました」
2018年6月で、そのときのことをブログに書いていました(リンク)。
「朝でしたね。私は学生寮に住んでいて、あまりに怖くて日本人の寮生に、どこに逃げたらいいかと聞いたんです。でも、日本人はみんなそんなに怖がっていなくて、すぐ自分の部屋に入っちゃいました」
地震のない国から来た人は、少し大きな地震にあうととても怖がります。
韓国でも地震はめったになく、日本に来た韓国人留学生は最初、とても怖がりますが、だんだん慣れてくると、「震度3ぐらいなら、怖くはなくて、面白い」などという人もいた。
ただ、揺れ始めたときは小さい地震なのか、大地震の前触れなのかわかりませんから、日本人でも怖いですよね。
同居している娘は、早速、家の防災バッグを点検し、賞味期限切れの非常食や、懐中電灯の電池などをチェックし、避難場所を確認したりしていました。
「パンの缶詰」は2014年に賞味期限が切れていました。
パンの缶詰を飢餓に苦しむ国や被災地に届ける
「救缶鳥プロジェクト」
と書いてあります。
2011年の東日本大震災のときに買ったものか、あるいは何かのイベントでもらったものか。どのように入手したのか、思い出せません。
今回の地震で亡くなられた方もいらっしゃいます。ご冥福をお祈りします。
わが家にとっては防災グッズを見直す機会になりました。
スマホのアラームが鳴り響き、結構長い間、揺れが続きました。
揺れている最中に、少し前までラインで話していた友人から、「地震だ!」というメッセージが。
ネットに速報が出て、震源は福島県沖、相馬市などで震度6強。私が住んでいる埼玉県は、震度4でした。
翌日の夜はロシア語のオンラインレッスン。
最初にその日にあったことをロシア語で話しますが、地震のことが話題になりました。
ただ内容が難しいので、会話はすぐに日本語に(先生は日本語が堪能です)。
「大阪は揺れませんでしたか?」(先生は大阪在住です)
「気づきませんでした。今朝のニュースで知りました」
「埼玉はけっこう揺れました。怖かったです」
「前に、大阪でも大きな地震がありました」
「ああ、4年ぐらい前ですね。私もそのとき大阪にいました」
2018年6月で、そのときのことをブログに書いていました(リンク)。
「朝でしたね。私は学生寮に住んでいて、あまりに怖くて日本人の寮生に、どこに逃げたらいいかと聞いたんです。でも、日本人はみんなそんなに怖がっていなくて、すぐ自分の部屋に入っちゃいました」
地震のない国から来た人は、少し大きな地震にあうととても怖がります。
韓国でも地震はめったになく、日本に来た韓国人留学生は最初、とても怖がりますが、だんだん慣れてくると、「震度3ぐらいなら、怖くはなくて、面白い」などという人もいた。
ただ、揺れ始めたときは小さい地震なのか、大地震の前触れなのかわかりませんから、日本人でも怖いですよね。
同居している娘は、早速、家の防災バッグを点検し、賞味期限切れの非常食や、懐中電灯の電池などをチェックし、避難場所を確認したりしていました。
「パンの缶詰」は2014年に賞味期限が切れていました。
パンの缶詰を飢餓に苦しむ国や被災地に届ける
「救缶鳥プロジェクト」
と書いてあります。
2011年の東日本大震災のときに買ったものか、あるいは何かのイベントでもらったものか。どのように入手したのか、思い出せません。
今回の地震で亡くなられた方もいらっしゃいます。ご冥福をお祈りします。
わが家にとっては防災グッズを見直す機会になりました。
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