犬鍋のヨロマル漫談

ヨロマルとは韓国語で諸言語の意。日本語、韓国語、英語、ロシア語などの言葉と酒・食・歴史にまつわるエッセー。

カチンの森の虐殺事件

2023-09-05 22:58:04 | 日々の暮らし(2021.2~)
写真:映画「カチンの森」より(公式ホームページ)

 地元のバーで、初老のポーランド人と知り合った、という話を前に書きました。

ロシアとポーランド

 そのポーランド人と二度目に会ったとき、店がすいていたので、カウンター席で話し込みました。

 彼は、日本在住30年。ポーランドで大学を卒業後、日本に留学し、薬学部で大学院まで出て、今は薬品系の日本企業で働いているそうです。

「昔、仕事でソ連や東欧のことを調査していたことがあるんです。ポーランドは、ワレサの「連帯」の時代でした」

「ああ、私の学生時代です。なつかしい」

「民主化の動きを、ソ連が弾圧していたんですよね」

「はい、小学校のときはロシア語を学ばされましたが、いまはすっかり忘れました」

「ポーランドは、ドイツやロシアと、歴史上、いろいろありましたね。カチンの森事件とか」

「ご存じですか! 私の祖父がそのとき、殺されかかりました」


 カチンの森事件というのは、第二次世界大戦中の1940年、ソビエト連邦内のカチンの森で約22,000~25,000人のポーランド軍将校、国境警備隊隊員、警官、一般官吏、聖職者が、ソビエト内務人民委員部(NKVD)によって虐殺された事件。

 ソ連は、事件発生直後から戦後まで、一貫して、カチンの森事件をドイツの仕業と主張しましたが、ゴルバチョフ政権下の1987年、ソ連とポーランドの歴史家の合同委員会で事件を調査することが決まり、調査後の1990年4月、ソ連は事件の非を認め、公式にポーランドに謝罪しました。

 ソ連崩壊後の1992年、ロシア政府は、ポーランド人2万人以上の虐殺をスターリンが署名し指令した文書を公表しました。

「やはり、今でもロシアが嫌いですか?」

「もうそんなことはないです。ロシアにも、悪い人もいれば、いい人もいます。カチンの森事件で、祖父は、近隣のロシア人に助けてもらって、命拾いしたんです。そのロシア人がいなければ、今の私はない」

「ポーランドは韓国と似ていますね」

「そうですね。大国にはさまれて、国を失ったり、領土を分割されたり…。でも、韓国はしつこいですね。いつまでも昔のことを言い続けて」


「私もそう思います」

 彼は日本文学も好きで、最近は、村上春樹の最新刊を日本語で読み始めているそうです。

「今度お会いしたときは、村上春樹の話をしましょう」

といって、その日はお開きにしました。

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