犬鍋のヨロマル漫談

ヨロマルとは韓国語で諸言語の意。日本語、韓国語、英語、ロシア語などの言葉と酒・食・歴史にまつわるエッセー。

柳錫春の発展社会学講義~『私の戦争犯罪』

2021-09-26 07:23:44 | 近現代史
4.『私の戦争犯罪』

 1983年、日本では吉田清治という共産党員が『私の戦争犯罪』という本を出版した。この本は、著者の吉田が日帝時代、朝鮮の女性を強制連行したと自ら告白する証言である。この本は、出版と同時に、いわゆる「良心的」な日本の知識人と活動家から大きな注目を浴びた。それから6年後の1989年には、『私は朝鮮人をこのように捕まえて行った』という書名で、韓国でも翻訳出版された。

 日本では、この本の出版後、約10年経った1992年1月から、この本に出てくる証言を根拠に朝日新聞が大々的に「強制連行プロパガンダ」を記事にし始めた。韓国で1990年11月に韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)が活動を始めて間もない頃だ。日本は大騒ぎになった。

 やがて吉田は「日本の良心」として持ち上げられ、その渦中で、謝罪をしに韓国を訪問するイベントも企画された。挺対協にとって、それこそ救世主が現れたわけだ。1992年8月12日に訪韓した吉田にインタビューした京郷新聞には、「私は日本政府の命令で韓国人従軍慰安婦を強制送出した奴隷狩りの狩人だった」と暴露し、「もしも日本政府が最後までこれを否認するなら、天罰を受けるだろうと話した」と語った。

 当時、この証言を疑う人は誰もいなかった。日本帝国主義の蛮行を糾弾する世論が、韓国はもちろん日本でも沸騰し、また世界に広がっていった。こうした世論の流れを背景に、韓国では1992年12月に大統領に当選した金泳三が「日本の悪癖をなおしてやる」と気炎を吐いた。日本では、1993年8月、内閣官房長官河野洋平が「本人の意思に反して募集された事例が多く、さらに官憲等が直接これに加担したこともあった」と、日本政府の責任を認める談話を発表した。

 続いて、1995年にはオーストラリアのジャーナリスト、ヒックス(George Hicks)が、主に吉田の証言を根拠として『慰安婦』(The Comfort Women)という英語の本を出版した。「第二次大戦で売春を強要した残忍な日本の政権」(Japan's Brutal Regime of Enforced Prostitution in the Second World War)という扇情的副題も付けた。日本の慰安婦「蛮行」を世界に広報する役割を果たした本である。

 最終的に1996年1月、国連人権委員会は「強制連行」と「慰安婦性奴隷」説を裏付ける「クマラスワミ報告書」を発表した。日本の韓国植民統治に関する歴史はもちろん、現地語もまったく解さないスリランカ出身の法律家クマラスワミは、日本と韓国で吉田を支持するグループ、特に韓国の挺対協の協力を得て、全世界に散在する慰安婦たちの証言を集め、「被害者中心主義」の原則を掲げて報告書を書いた。

 1991年に始まった朝日新聞の「慰安婦プロパガンダ」は、ついに1996年の国連報告書を通じて、慰安婦問題に関する世界の世論を完全に掌握することになった。しかし、1996年に発表された彼女の報告書は、1995年に出たヒックスの本に一方的に依存したものだった。英語で書かれた慰安婦文献がそれしかない時代だった。そして先に述べたが、ヒックスの本は、主に吉田証言に依拠したものである。したがって、クマラスワミ報告書は、ヒックスの本を介して、結局は吉田の証言を繰り返した報告書にすぎない。

 この報告書が作成されるプロセスでは、次のような問題もあった。先に指摘したように、慰安婦問題と関連し、現地語を介さず、原史料をまったく読めなかったクマラスワミは、報告書を作成する過程で、日本の慰安婦問題の専門家二人と面談した。秦郁彦と吉見義明だ。

 秦は、面談で次の3点を伝えたという。

(a)慰安婦「強制連行」に関する日本側の唯一の証人である吉田清治は、「職業的詐話師」だ。
(b)暴力的に連行された慰安婦の証言の中に、客観的な証拠の裏付けのある証言はない。
(c)慰安婦の雇用関係は、日本軍ではなく慰安所経営者との間で締結された。

 ところが、1996年1月に発表されたクマラスワミ報告書は、秦のこうした指摘を完全に歪めていた。これ正すために秦は、『文芸春秋』1996年5月号に「歪められた私の論旨」という文を発表したが、すでに弓矢の矢は弦から放たれた後だった。

 この問題の深刻さは、今でもインターネットで確認できる、ある座談会の記録によく表れている。2006年10月に開催された「アジア女性基金と私たち」という、日本の慰安婦の専門家たちの座談会には、次のようなやりとりが残っている(
リンク)。

横田洋三:まず、1996年に国連人権委員会の「女性に対する暴力」の特別報告者であるクマラスワミさんが報告書を出しました。クマラスワミさんは、「女性に対する暴力」一般の問題、それもとくに現在の問題を扱うので、慰安婦問題は自分の直接のテーマではないということを言っていたのですが、NGOの方から「いや、被害者は今でもいるのだ」ということでプレッシャーがあり、結局彼女は慰安婦問題を報告書の付録という形で出したのですね。

大沼保昭:
残念ながら、クマラスワミ報告書は学問的には水準が低いんですね。事実の面でも信頼できない意見に依拠しているし、法的な議論においても問題があるのです。(…)クマラスワミ報告書の慰安婦の部分は、本当は落第点がつくし、マクドゥーガルの報告のレベルはもっと低いと思います。

和田春樹:
みな特にヒックスの本によっているんですよね。

大沼保昭:
ああいうものに依拠すること自体、非常に手軽で、学問的には落第です。

 討論者はすべて、国連という国際機構を通じて国際社会に慰安婦が「性奴隷」という認識を広めたクマラスワミ報告書が、いかにでたらめかを赤裸々に指摘している。しかし、すでに世界の世論は、吉田の証言でこのうえなく悪化し、取り返しがつかない状態だった。フェミニズムに裏打ちされた「政治的正しさ」political correctnessの虜になっていたクマラスワミは、韓国の挺対協と日本の吉田の間に構築された「被害者中心主義」という罠を抜け出せなかった。嘘との戦いが要求される状況は、そのようにして全世界を覆った。

(続く)
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