『帝国の慰安婦』の著者、朴裕河教授が11月18日、在宅起訴されたそうです。
次は、それを伝える19日の朝日新聞第一報
韓国検察、「帝国の慰安婦」著者を在宅起訴 名誉毀損罪
韓国の朴裕河(パクユハ)・世宗大教授が出版した旧日本軍の慰安婦問題についての著書「帝国の慰安婦」(韓国版)をめぐり、ソウル東部地方検察庁は18日、同書が元慰安婦の名誉を傷つけているとして、朴教授を名誉毀損(きそん)の罪で在宅起訴した。
同地検は起訴内容で、慰安婦が基本的に売春の枠内で日本軍兵士を慰安し、日本軍と同志的な関係にあったという虚偽の事実を掲載して、公然と元慰安婦らの名誉を傷つけたとした。また、同書の表現は元慰安婦の人格や名誉を大きく侵害しており、学問の自由を逸脱しているとも主張した。
2013年夏に出版された同書をめぐり、元慰安婦らは出版の差し止めを求めるなど、民事で法的手段をとった。今年2月のソウル東部地裁の決定に従い、一部を削除した修正版が韓国内で出版されている。元慰安婦らは昨年6月、名誉毀損で朴教授を刑事告訴していた。
日本版は昨年11月に出版され、韓国版と内容が同一ではない。
朴教授は19日、「本は日本でも評価された。大変残念だ。本を回収する考えはなく、在宅起訴についても法的な対策を考えたい」と語った。
さらに翌20日、朝日新聞は続報で詳しく伝えています。
在宅起訴された慰安婦本著者「考え受け入れられず残念」
韓国の朴裕河・世宗大学教授が旧日本軍の慰安婦問題の再検証を試みた著書「帝国の慰安婦」をめぐり、ソウル東部地方検察庁は18日、朴教授を元慰安婦に対する名誉毀損罪で在宅起訴した。
同書は朝鮮人慰安婦の背景として、帝国と植民地の関係を提起。日本の戦争に伴って、貧しく権利の保護も不十分な植民地の朝鮮人女性が慰安婦として送り込まれた構図があるとした。そのうえで、慰安婦の多くは、だまされたり、身売りされたりして集められたとみられると指摘。「性奴隷」「売春婦」といった対立する主張がある実態について、元慰安婦らの証言をもとに境遇は多様であったとした。
検察は、慰安婦について、日本国と日本軍によって強制動員され、「性奴隷」と変わらない被害者だったと認められるとした。根拠として、1993年の河野官房長官談話や国連の報告書などを挙げた。
そのうえで、慰安婦が「売春」の枠内の女性であり、「愛国心」を持って日本兵を慰安したとする表現や、「慰安婦たちの『強制連行』が少なくとも朝鮮の領土では、公的には日本軍によるものではなかった」との記述について、「虚偽の事実」を掲載したと判断。元慰安婦の名誉を傷つけ、学問の自由を逸脱したとみなした。
同書は2013年夏に出版された。元慰安婦らは出版差し止めの仮処分を請求。今年2月のソウル東部地裁決定に従い、一部を削除した修正版が韓国で出版された。元慰安婦らは昨年6月、名誉毀損だとして朴教授を刑事告訴していた。
日本版は昨年11月、朝日新聞出版から刊行された。慰安婦問題の再検証で両国民の理解を深めるという趣旨は同じだが、日本語での書き下ろしで、構成や表現は韓国版と同一ではない。今年10月、第15回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞の文化貢献部門大賞と、アジア・太平洋賞(毎日新聞社、アジア調査会主催)の特別賞に、それぞれ選ばれた。
朴教授らによれば、検察は当事者同士の話し合いによる解決を提案。元慰安婦らは話し合いに応じる条件として、①朴教授による謝罪②韓国版の再修正③日本を含む海外版の修正――を要求。10月までに話し合いは不成立に終わった。
朴教授は日韓の歴史問題を扱った「和解のために」で08年に大佛次郎論壇賞を受賞している。慰安婦問題については、「本人の意思に反して慰安所に連れて行かれ、痛ましい経験をした慰安婦に対して、日本は責任を免れない」とも主張してきた。
朴教授は19日、「1年間以上、本をめぐって様々な人々と議論してきた。植民地時代の解釈を巡る戦いだった。私の考えが受け入れられず、大変残念だが、起訴によって、私の主張が広く知られる機会にもなった」と語った。そのうえで、本の出版を続け、「今後も、日本の植民地時代への考え方について根本的な議論を続けていきたい」と話し、慰安婦問題を含めた歴史認識の議論を続けていく考えを示した。(ソウル=牧野愛博)
朝日新聞がこの事件の報道に熱心なのは、上の記事にあるように、朴教授の著書『帝国の慰安婦』の日本版の発行元だからです。
日本版はもともと14年8月の予定だったようですが、本の内容と、それまで朝日新聞がとってきた慰安婦問題に対する立場に矛盾があったためか、11月に延期。その間に、朝日新聞は、それまでの慰安婦報道記事の一部を取り消し、社会的に大きな波紋を呼びました。
今回の事件では、さらに22日にこの問題を社説に取り上げるほど、力が入っている。
朝日新聞は、社説の中で、韓国の検察が元慰安婦らの告訴をそのまま認め、朴教授が著書で使った表現を「虚偽」と断じ、元慰安婦らの人格を傷つけたのは憲法が保障する言論・出版・学問の自由を逸脱したものとして、名誉毀損の罪で在宅起訴したことについて、これは検察当局が歴史観を訴追したもので、韓国の自由の危機だと断じています。
また、韓国では日本の過去の問題について、法律論よりも国民感情に流されるかのような捜査や判決があったことも指摘。
慰安婦問題の研究が進むにつれ実態解明が進み、慰安婦に多様なケースがあることがわかってきたが、朴教授はそこに焦点を当て、韓国で定着している「純真で無垢な少女」のイメージに異を唱えると同時に、帝国主義がもつ女性抑圧の構造的な問題を論じ、当時の日本の責任も厳しく追及していると、『帝国の慰安婦』の内容を正しく紹介しています。
学問的研究は相互検証・批判・反論によって進展するものであり、それを検察が刑事事件として起訴するようでは学問は成り立たないこと、異論の封殺は自由に対する挑戦であること、いずれも正論です。
さらに検察に対する批判だけではなく、この起訴について大きく報じない「韓国メディア」に対する危惧を表明するなど、珍しくよくできた社説になっています。
朝日が、「大きく報じない」と書いた韓国の新聞を見てみると…
たとえば朝鮮日報は、
『帝国の慰安婦』は人格権・名誉権侵害、学問の自由を逸脱
従軍慰安婦を「自発的売春婦」「日本軍の協力者」と表現した『帝国の慰安婦-植民地支配と記憶の闘争』の著者、朴裕河世宗大学教授(58)が、ついに裁判にかけられることになった。
ソウル東部地検刑事第1部(部長:権純範〈クォン・スンボム〉部長検事)は18日「朴教授を名誉棄損の疑いで在宅起訴した」と発表した。
検察によると、朴教授は2013年8月に出版した『帝国の慰安婦』初版で、客観的資料に反する虚偽の事実を摘示し、元従軍慰安婦の名誉を棄損した疑いが持たれている。
朴教授は『帝国の慰安婦』で、従軍慰安婦は基本的に売春の枠組みの中にいる女性や自発的な売春婦であって、日本軍に誇りを持ち、日本軍と同志的関係にあったという記述を行った。
朴教授は、著書に「朝鮮人慰安婦の苦痛は日本人娼妓の苦痛と基本的に異ならないという点を、まず理解する必要がある」と記した。
また「実際に金をもうけた人は少なかったが、基本的に収入が予想される労働であって、そうした意味では『強姦的売春』もしくは『売春的強姦』だった」と表現した。
検察は、著書の記述のうち、従軍慰安婦が「売春の枠組みの中にいる女性や自発的な売春婦」「日本軍に対する誇りを持ち、日本人兵士を精神的・肉体的に慰める同志的関係にあった」という部分について、客観的資料に反する虚偽の事実だとコメントした。
検察は、従軍慰安婦は被害者であると認められ、日本軍に自発的に協力していないことは客観的事実であって、朴教授が虚偽の事実を摘示して元慰安婦の名誉を棄損したと判断した。
検察は、1993年8月4日の河野洋平官房長官の談話、96年1月4日に発表された国連人権委員会のクマラスワミ報告、98年8月12日に公開されたマクドゥーガル報告、2011年の憲法裁判所決定などを根拠に挙げた。
検察の関係者は「朴教授の表現は、被害者の人格権と名誉権に重大な侵害をもたらし、学問の自由を逸脱した。良心の自由、言論・出版の自由、学問の自由などは憲法が保障する基本的な権利だが、朴教授の表現は元慰安婦の社会的価値と評価を著しく、かつ重大に阻害するもの」と強調した。
昨年6月、元慰安婦11人が「本を書いた朴教授と発行した出版社の代表を処罰してほしい」と検察に告訴状を提出した。
検察は、出版社の代表については嫌疑なしとした。
と、けっこう大きな記事にしている。ただ、この記事もそうですが、ほかに私が見た記事(中央日報、東亜日報、韓国日報など)は、検察や慰安婦の主張だけを載せ、告訴された朴教授のコメントを載せていない。唯一の例外はソウル新聞(→リンク)
『帝国の慰安婦』書いた世宗大教授、「学問の自由逸脱」名誉棄損で起訴
日本軍慰安婦被害者を「売春婦」などになぞらえ、議論を呼んだ『帝国の慰安婦』の著者、朴裕河(58)世宗大国際学部日本語日本文学専攻教授が、名誉毀損で裁判を受けることになった。
ソウル東部地検刑事1部(部長クォン・スンボム)は、朴教授を名誉毀損の嫌疑で在宅起訴したと、19日明らかにした。京畿道クァンジュにある「ナムヌの家」の慰安婦被害者イ・オクソンさん(87)など9人は、昨年6月、朴教授と『帝国の慰安婦』を出した出版社代表、鄭某さんを、名誉毀損疑惑で告訴し、本の出版・広告禁止仮処分申請を裁判所に出した。
朴教授は本の中で、日本軍による慰安婦強制動員の事実を否定し、日本軍慰安婦を「自発的売春婦」と表現するなど、虚偽の事実を記載して、慰安婦被害者の名誉を傷つけた疑いを受けている。検察は、河野談話、国連人権委員会の資料、憲法裁判所の決定などに基づいて「慰安婦被害者は性的奴隷にほかならない被害者であることが認められる」とした。検察関係者は「慰安婦被害者の社会的価値および評価を大きく傷つける虚偽の事実を書いて、被害者の人格権および名誉権を重大に侵害し、学問の自由を逸脱した」と述べた。
裁判所はこれに先立ち、2月「「軍人の戦争遂行を助けた愛国女性」、「自発的売春婦」などの部分を削除しなければ慰安婦被害者の名誉を傷つける恐れがある」として、出版・広告禁止仮処分申請を一部認定していた。これに対し朴教授は6月、問題になった部分を伏せ字処理した削除版を再び出版した。
告訴人の1人である被害者ユ・ヒナム(86)さんは、「私たちは学校に通えず、無念にも引き立てられた」、「本の中で「自発的に行った」と書かれたのにもあきれたが、朴教授が前回、検察の対面審問に出てこないなど、誠意が感じられないことにも腹が立った」と語った。
これに対して朴教授は「告訴人側と検察が、表現の文脈をまったく考慮せずに、特定の部分だけを問題にした」と反論した。彼女は「「自発的売春婦」という表現は、慰安婦問題を認めない日本人たちを批判する文脈で使った言葉にすぎない」、「決して慰安婦被害者たちを売春婦と呼んだことはない」と語った。
朴教授は、20日朝のフェイスブックで、次のように書いています。
昨日、連絡のあった韓国の報道機関は3、4個所で、あとはすべて日本でした。誠意を尽くして答えましたが、インタビュー取材をしたある記者からは、結局記事にできず、ボツになったという連絡がありました。(中略)それ以外の1、2か所からも、検察の起訴に対する私の考えを聞かれましたが、それが記事になったかどうかはわかりません。
こういう場合に、もう一方の考えを聞くことが記事作成の原則ではないかと思います。でも、韓国の報道機関の大部分、とりわけ有力な言論機関がいっそう怠慢であることが、あらためてわかりました。
そして、私が書いてもない「自発的な売春婦」という話、検察が私が書いたといっている話を聞き取った記事だけ、どんどんコピーされて、出回っているようです。悲しいことに、この件に対する私の考えは、日本語でだけ伝えられることになりました。(中略)
私は、今私が直面している事態が、韓国の全般的危機の一つを示していると考えてきました。 私を絶望的な気持ちにしているのは、個人的なストレス以上に、そうした韓国に対する危機感です。検察も裁判所も、私が提出した資料をきちんと読みませんでしたが、告発があった後、この告訴について深層取材をしようとした報道機関もありませんでした。
行われるべきことが行われず、不要なことにエネルギーと感情を消耗する昨今の韓国の情況が、この告発と起訴においても象徴的に現れたと考えます。(中略)
いまだに私には起訴の報せが届いていません。ナヌムの家側にだけ、先に知っていたということも理解できません。私が昨日見たのは、ナムヌの家側の報道資料と検察の報道資料だけです。(後略)
朝日の社説を書いた論説委員は、告訴側、検察側の主張のみ書き、告訴された側の言い分を書いていない韓国の言論機関のやり方を批判したのかもしれません。
慰安婦報道で大きな失策をやらかした朝日新聞に、この言論弾圧事件で頑張ってもらって、名誉挽回してもらいたいものです。
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