犬鍋のヨロマル漫談

ヨロマルとは韓国語で諸言語の意。日本語、韓国語、英語、ロシア語などの言葉と酒・食・歴史にまつわるエッセー。

西夏文字と『天路の旅人』

2023-04-13 22:37:49 | 
 25年来の旧友と、新宿3丁目で飲んでいた時のこと、

「最近、西夏文字にハマってるんですよ」

「西夏文字?」

「はい、今から千年ぐらい前の古代文字です」

「あれって、解読されてるんだっけ?」

 昔、高校の歴史で習った気がします。

「日本の学者が、かなり多くの文字を解読したみたいです」

 彼が上着の前を開くと、シャツにプリントされた西夏文字が現れました。
ネットで、希少な西夏文字辞典を落札したり、市民講座を受講したりもしているそうです。

「元の時代だっけ?」

「それより少し前です。チンギス=ハンに滅ぼされましたから」

 西夏文字は、西夏王国の李元昊が、1036年、西夏語を表記するために、漢字をもとに作った独自の文字。西夏は、チンギス=ハンによって1227年に滅ぼされ、西夏語は死語になり、西夏文字も意味不明の文字として残っていたそうです。

「ぼくも今、あっちのほうを旅していた人の旅行記を読んでるよ」

「誰ですか?」

「西川一三っていう人。太平洋戦争中の密偵で、内蒙古からチベット、インドまで潜入したんだけど、その間に日本が戦争に負けて、帰国後にその記録を刊行したらしい」


 私が読んだのは、西川自身の著書ではなく、西川を取材して、その足跡を再構成した、沢木耕太郎の最新の著作です。



『天路の旅人』(新潮社、2022年10月)

 沢木耕太郎は、自身も世界中を旅して、それを『深夜特急』というシリーズにまとめています。これは私の娘も好きで、全巻読破したそうな。

 沢木は西川の『秘境西域八年の潜行』(中公文庫版)を読み、いつか会いたいと思っていたが、それが実現したのは90年代後半。定期的に取材をしていたものの、他の仕事が多忙になって中断している間、2008年に西川は89歳で他界してしまう。

 その後、中公文庫版が、西川の原稿がかなり編集されていたものであることを知るとともに、出版社の担当編集者が自宅に保管していた元原稿を入手。沢木は、その原稿を丹念に読みこんだ末、今回の作品で再構成したわけです。

 その8年に渡る「潜行」の記録もさることながら、西川一三という人物が面白い。彼は、命がけの潜行を本にまとめた後、市井の一商売人として暮らし、昼はカップヌードルとコンビニのお握りを二つ、夜は居酒屋でつまみなしで日本酒を二合飲む、という日々を、元日を除く1年364日、送っていたんだそうです。

 沢木耕太郎の作品は、先の『深夜特急』だけでなく、『テロルの決算』、『一瞬の夏』などのノンフィクション、最近では『春に散る』という小説など、主だったものはほとんど読んできましたが、今回の作品も、期待にたがわない好著でした。

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