日曜日に大好きなアーチストのライブを観に行きました。
ふとしたきっかけで知り合った方のバンドですが、ふだんからネットで使われるその言葉の世界が素敵で、それを詩としてメロディに載せられるとぼれぼれしてしまいます。
そんな彼らの新曲を聴いたのですが、またその詩の世界に惹かれてしまいました。
残念ながら正確な歌詞は覚えていないのですが…その詩の印象から書きたいことが出てきます。
タイトルは「白黒」
白か黒かを迫られる世界で、白にも黒にもなれない「グレー」の叫びを歌っています。
人が苦しむときに「葛藤」があります。
「こうなりたい」「こうありたい」という自分の理想。
その理想と今の自分のギャップによる「葛藤」
理想が無理ならば「あきらめて別の道を」という「切り替え」
でも、簡単に割り切れない今の自分との「葛藤」
そういうふうに葛藤に悩んでいると「がんばりなさい」とか「一歩踏み出しなさい」とか、「良かれと思って」アドバイスしてくださる方がいっぱいいます。
でも、その裏側には「そのままじゃ駄目でしょ」と判断されていることを感じてしまいます。
言われることは判りますし、自分の中にも何とかしたいという気持ちがないわけじゃありません。
でももう一方で「もう少し今のままでいさせて」という叫びもあったりします。
白黒つけられない「グレー」という状態も「ある」んです。
それを理解してくれとも言いません。
その状態を何とかしてくれとも言いません。
ただ、「グレー」もあるってことを知って欲しい。
そのことを認めてもらうことで、次の動きは自分から起こしていけると思います。
ただ、せかされると困りますが。
このことは、私自身が経験したことでもあり、カウンセリングという場で触れてきたことでもあります。
自分で「白黒」つけて、突き進んでいける人はいいんです。
また、そういう人を「グレーを理解していない」と責めているつもりもありません。
「白黒だけじゃない」ということを、頭の片隅に置いといてもらえれば、それで十分です。
ふとしたきっかけで知り合った方のバンドですが、ふだんからネットで使われるその言葉の世界が素敵で、それを詩としてメロディに載せられるとぼれぼれしてしまいます。
そんな彼らの新曲を聴いたのですが、またその詩の世界に惹かれてしまいました。
残念ながら正確な歌詞は覚えていないのですが…その詩の印象から書きたいことが出てきます。
タイトルは「白黒」
白か黒かを迫られる世界で、白にも黒にもなれない「グレー」の叫びを歌っています。
人が苦しむときに「葛藤」があります。
「こうなりたい」「こうありたい」という自分の理想。
その理想と今の自分のギャップによる「葛藤」
理想が無理ならば「あきらめて別の道を」という「切り替え」
でも、簡単に割り切れない今の自分との「葛藤」
そういうふうに葛藤に悩んでいると「がんばりなさい」とか「一歩踏み出しなさい」とか、「良かれと思って」アドバイスしてくださる方がいっぱいいます。
でも、その裏側には「そのままじゃ駄目でしょ」と判断されていることを感じてしまいます。
言われることは判りますし、自分の中にも何とかしたいという気持ちがないわけじゃありません。
でももう一方で「もう少し今のままでいさせて」という叫びもあったりします。
白黒つけられない「グレー」という状態も「ある」んです。
それを理解してくれとも言いません。
その状態を何とかしてくれとも言いません。
ただ、「グレー」もあるってことを知って欲しい。
そのことを認めてもらうことで、次の動きは自分から起こしていけると思います。
ただ、せかされると困りますが。
このことは、私自身が経験したことでもあり、カウンセリングという場で触れてきたことでもあります。
自分で「白黒」つけて、突き進んでいける人はいいんです。
また、そういう人を「グレーを理解していない」と責めているつもりもありません。
「白黒だけじゃない」ということを、頭の片隅に置いといてもらえれば、それで十分です。
余談ですが、先月の支部法座で味わった10年前の『華光誌58-1』M.S師「かけがいのない存在」とダブってMANUさんのブログに私なりに共鳴・共感しました。こじつけですが、光の三原色は赤緑青の重なりは「白(透明)」です。その作り出す世界は16777216色で、私がその色を識別する能力は皆無です。また、絵具の三原色シアン・イエロー・マゼンタの重なりは「グレー」です。どんなに重ねても「黒」にはならない。印刷の世界では「黒」を別に使うことで、色の三原色をしめて、質感などに重みを与えてくれます。その色の世界は「光」を受けてわかる。その意味でも「グレー」をどう認識するかは何かにつけて重要なことのように思う。「光」に遇わねば、この世で私が知る「白黒」もどんな素敵な色も知ることもできないからね。あーやっぱり、私が聞いて欲しかったと知らされたMANUさんブログでした。ありがとう。
>、MANUさん自身が誰かに聞いて欲しい、認めて欲しいと、思われているように感じました
いやぁ、書いた当初はそういうつもりはなかったんですけどね。
でも「稜」さんの書き込みを見た後、いろいろ起こってきたことを考えたときに、知らず知らずに叫んでいたのかもしれないと思うようになってきました。
いや、叫んでますね(苦笑)
で、「稜」さん自身もご自分の思いになっていると…。
なんか、響き合いって言葉をまた感じています。
ありがとうございました。