コトバヲツグムモノ

「口を噤む」のか「言葉を紡ぐ」のか…さてどちらの転がっていくのか、リスタートしてみましょう。

春期研修会 9回目

2009-07-09 03:59:09 | ミニカウンセリング

いよいよあと2回、早いもんです。

逐語録は今回がラスト、私がクライエントとして聞いていただいたものです。
カウンセラー役の方は、今期が初参加。
逐語を起こしながら、”型”の難しさを感じておられました。
しかし、かなりアクティブにレスをされています。
そうやって動いてみるからこそ判る難しさもありますから、いい研修になったんじゃないでしょうか。
私の場合は、うまく言葉にできずに「ぜんぜんレスできなかった」と言うところから難しさを感じましたが、「自分なりにレスしてみたが、型から外れた」というところから「型も大事」ということに気付けますから。

逆にクライエントとしての私の動きを、逐語録を通じて感じていたのですが、結構面白い動きをしていることがわかります。
カウンセラーさんのレスが、先走った言葉で返される(クライエントが使っていない言葉・内容から想像する言葉)場合、私の言いたいことに沿っていれば私も同じ言葉を繰り返し、沿っていなければスルーして自分の言いたいことを続ける…ということがはっきりと現れていました。
また、想定外の言葉が出てきたときに、その言葉を受けて(まったく違う話題ではないものの)流れとは違う話の説明に移っているという。
その後で、本来の話題に戻していますが、ひとつ間違うとクライエントの言いたいことが流されてしまう危険はあるでしょうね。

やはり、オウム返しは大事だと思います。
最初は言葉のオウム返しからだとは思いますが、その”型”がすすめば、表に現れる言葉をクライエントが自分で受け止めなおしながら、より表現したいことに収束して行きます。
カウンセラーが引っ張り出すのではなく、クライエントの中から湧き出る言葉で自ら気付いていく。
これこそが来談者中心の成長ですよね。

一方では「私はあなたの話を理解してますよ」という意味もあるでしょうし、そうすることでクライエントがよりカウンセラーに開いていけることもあると思います。
もう一方では、カウンセラーのレスを鏡にして、自分から発した言葉を自分の耳で聞きなおし、より深く自分の中に流れている「伝えたいこと」がはっきりしてくるという大事な作業ですね。

援助ということを、カウンセラーが指示的に促すことと、非指示的に受け止めること…表面のところではわずかな違いが、関係の中では大きな違いになってきますね。

まぁ、これこそ言葉で聞いても判らない部分で、体験を通じて実感していくしかないところだと思います。


ちょうど、この録音時に話した話題が、今週末に行う講習のテーマでした。
今は今での思いのところで準備してますが、このタイミングで数週間前の思いを振り返れたことで、また少し”厚み”が増してきた気がします。
土曜日は京都で「聞き方・伝え方」をできるだけ実践的に、参加者に体験してもらう集いにしたいと思っています。

どなたでもご参加いただけますので、よろしければおいでください。
「華光会 京都支部法座」


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2 コメント

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心口各異 (大阪凡夫)
2009-07-11 21:10:21
今日は、ありがとうございました。やはり、実際に体験しないと分からんですね。心口各異ならぬ、心口身各異の我が姿。もうバラバラですわー。痛みや苦味が滋味になる、勿体ないひとときでした。
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re:心口各異 (MANU.)
2009-07-11 23:25:37
「大阪凡夫」さん、どーもです。
こちらこそありがとうございました。

>もうバラバラですわー
うん、じっくり自分に向き合った「大阪凡夫」さんならではの言葉ですね。

自分の声を聞いたとき、その声を正面から受け止めるのもひとつの道ですが、その瞬間に「いやや、見つめたくない」という言葉が出てきたなら、その言葉にしたがってふたをするのもひとつの道。
私はころころ変わりますから、その瞬間瞬間が「いま・ここ・わたし」ですね。

だからこそ変わらない光が、力強い。
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