PTAは、父母(Parent)と教師(Teacher)でつくられた会(Association)の略称です。
その起こりは、1897年(110年前!)に、米国のワシントンで 『第1回母親会議』 が開催され、全国母の会が結成されたことに端を発するそうです。
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この会議の提唱者であるアリス・バーニーは、子どもを持つ一人の母親として運動を始め、宗教・人権・地位などを越えて、すべての子ども・親・家族のしあわせを求めて、母の会の結成にこぎつけたのです。
しかし、母親の力だけでは問題の解決は難しいことから、1907年(百年前)に、母の会の中に 『父母と教師の部』 が設けられ、1908年には 『全国母親PTA協議会』 として改組されました。
この会を起点として、米国のPTA運動は全国的な広がりを見せ、1924年には 『父母と教師の全国協議会』 が誕生しています。
日本でPTA発足の契機となったのは、1945年に来日した、米国の教育使節団であると言われています。 日本の教育制度を調査した使節団は、翌年に報告書を提出しました。 その中で、『日本教育の民主化のためには、学校だけではなく家庭も地域もそれぞれが持っている教育的役割を果たすことによって成果があがることを期待している』 として、米国のPTAが紹介されました。
この勧告を受け、PTAに関する手引きを配付し、『父母と先生の会参考規約』 を作成しました。 PTAの組織結成のための指導に努めるなど、教育の民主化の一環としてPTAの普及を積極的に奨励しました。
その結果、1950年には、全国ほとんどの小中学校にPTAが組織されるまでになったのです。
福岡県教育委員会の 『わたしたちのPTA』 からの抜粋です。
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