日々茫然

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原爆の日に思うこと

2017-08-07 | 雑記
今年の原爆の日を経て、ここ数年ちょっと思っていたことを書き留めておきたくて、久しぶりに読書記録でもツイッター連携でもない記事を投稿。
ほぼ人目に触れることもないブログなんだけど、そういう場所だからこそ、こそっと書いておこうかと。

「ヒロシマ」「ナガサキ」というカタカナ表記に、なぜか抵抗感がある。

マスコミとか行政が、公的なアピールのために、なにがしかのタイトルなどで「ヒロシマ」と表記しているのは、あえて明確な意図をもってのことだと分かるので、それほどでもないんだけど。

SNSとかで、原爆の日について触れている時、自分を含め当地の人は普通に「広島」「長崎」と書くと思う。それが普通だから。
一方、他県(多分)の人達は、「ヒロシマを忘れない」とか「ヒロシマのために祈りましょう」とかサラッと書く。

多分ご当人にそんな気は全くないのだろうけど、広島県民から見ると、そこに“取って付けた感”がチラッと覗く気がしてしまう。

「ヒロシマ」「ナガサキ」と書く人達の心理は分からないけど、今の広島と原爆のあった“ヒロシマ”を無意識に分けて考えているからなのかな、と思う。
自分はわざわざカタカナ表記にすることなんて思ってもみないから、それをあえてする=「ヒロシマは普通じゃないんですよ」と言われているような気がして、何だかそこに意識の断絶を感じてしまう。
当地で生まれ育った人間から見ると、あの日の広島も今の広島と同じ広島で、ひとつながりなのに。

広島や長崎では、原爆の日に登校日だったり、投下時刻に必ず黙祷したり、平和教育を徹底していたこともあるのかもしれない。
(今はかなりゆるくなってて、登校日も廃止されたりしているらしいけど)

・あの日があって今がある。

・あの日広島にいた人も私達も、同じ日常を過ごしていた。

・原爆の悲劇は終わっていない。今も身近に被爆者やそれに繋がる人がいる。

そういうことを体感として育ってきた人間だから、原爆のことは過去でも他人事でもないのだと思っているけど、一歩他県に出てみると、登校日も平和教育もない。広島と長崎は“特別”だったんだというカルチャーショックがある。

だから他県の人達が安易に「ヒロシマ・ナガサキ」と表記してしまうのも、致し方ないと思うし、寛容に捉えたい、とは思うんだけど、それを目にした時の抵抗感疎外感は消しようもなく。
その日だけ、ヒロシマと呼ばれ、「あなた達の住む街は、私達とは違うんですよ」と言われているような。

せめてそんな風にモヤモヤしている広島人もいるんだよ、と表明したかったので、ここにひっそり記す次第です。

※もちろん、そんな風には思ってない人達の方が大多数だろうし、広島や長崎の人でも、あえてカタカナ表記にするという人もいるということは承知です。
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8月6日(日)のつぶやき

2017-08-07 | Twitter
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