遅生の故玩館ブログ

中山道56番美江寺宿の古民家ミュージアム・故玩館(無料)です。徒然なる日々を、骨董、能楽、有機農業で語ります。

三輪田米山の書6.古今和歌集、詠み人知らず『しるしらぬ』

2024年05月19日 | 文人書画

今回は、少し変わった書です。

全体:43.6㎝x194.2㎝、本紙(紙本):34.1㎝x138.3㎝。明治。古今和歌集、恋1、477、詠み人知らず。

『志るしらぬ那尓可あや那く和幾ていはん
 おもひ能ミ社し留へ奈り々禮』

「しるしらぬなにかあやなくわきていはん
 おもひのみこそしるへなりけれ」

知る知らぬ何かあや無く分きて言わん
思ひのみこそ標なりけれ

古今和歌集にある歌です。

実はこの歌は、在原業平の歌に対する返歌です。

右近の馬場のひをりの日、むかひにたてたりける車のしたすだれより、女の顔のほのかに見えければ、よむでつかはしける
在原業平朝臣
見ずもあらず見もせぬ人の恋しくはあやなくけふやながめくらさむ

返し
よみ人しらず
しるしらぬなにかあやなくわきていはむ思ひのみこそしるべなりけれ

右近兵衛府の馬場で舎人が騎馬で試射するひをりの日に、向かいの牛車の簾下から女の顔がほのかに見えたので、中将であった男が詠んで贈った。
見たこともない、かと言って、はっきり見た訳でもない人が恋しいので、今日はやみくもにもの思いに沈んで過ごします。
返歌
知っているとか知らないとか、どうしてむやみに区別して言うのでしょうか。ただ一途な思いだけが、道しるべなのです。

在原業平も、見事に返され、形なしですね。

この歌は、伊勢物語にも出てきます。

「知る」とは、単に「見知る」のではなく、「交わりをもつ」、また、「しるべ」は、「恋の道しるべ」なのでしょう。

 

作品に移ります。

今回の掛軸は、これまで紹介してきた三輪田米山の書とは、かなり趣が異なります。

楷書的草書の一文字一文字を、とつとつと配置していくのが米山書の特徴でした。

ところが、今回の作品は、文字のつながりや流れを意識した書になっています。

米山の書のなかでは、幅の狭い用紙を使っています。そこへ、五七五七七文字を一気呵成に書きこんで(書きなぐって)います。

 

落款も、歌の中に溶け込んでいるかのようです。

「和幾ていはん」の句では、「て」の止めと「い」の打ち込みが、ダブっています(^^;

たぶん、ものすごいスピードで書いていったのでしょう。

このような筆の使い方は、彼の書では珍しいと思います。先に紹介した、晩年のとつとつとした書とは対照的です。今回の書は、おそらく、仮名と漢字混じりの和歌のスタイルを確立する以前、壮年期に書かれた物でしょう。

このように狭い幅の用紙でも、横長の文字は健在です(^.^)

どうやら、横長文字は、年齢や書幅に関係なく、三輪田米山の特徴の一つといえそうです。

 


コメント (8)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 三輪田米山の書5.紀貫之『... | トップ | 三輪田米山の書7.自作俳句... »
最新の画像もっと見る

8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (tkgmzt2902)
2024-05-19 12:49:59
とても心引かれる書です。
説明文と一字ごとに照らし合わせてしか読めませんが、それでも心を掴まれるのが書のいいところです。紙の外にまで届くエネルギーを感じます。なるほど壮年期の書ですか・・・。
歳取るに従い、エネルギーのあるものに感動します。
返信する
Unknown (ぽぽ)
2024-05-19 12:59:15
遅生さんへ
今回の書はこれまでとまた違う印象でおっ!と思いました。個性がありながら全体として整っていて上手だなという印象でした。
ブログを拝読してなるほどと勉強になります。このスタイルから昨日の様な晩年のスタイルになって行くのですね(^^)

このあたり変化を楽しめますね!
流石のコレクションですね!(^^)
返信する
遅生さんへ (Dr.K)
2024-05-19 14:39:35
凄い勢いで書いているのですね。
一見、書き殴りかと思いますね(笑)。


>「和幾ていはん」の句では、「て」の止めと「い」の打ち込みが、ダブっています(^^;

とのことですが、ここは、素直に見れば、上から勢い良く書いていったものの、残りのスペースが狭くなったのに気付き、やむを得ず「詰めた!」と思われてしまいそうですね。
でも、やはり、そこは、遅生さんの言われますように、最初から、ダブらせてバランスをとり、横長文字を確保することを意識して書いているんですね。

落款も、左下に書かないで、中間辺りに、歌の中に溶け込ませて、横長文字の特徴を確保しているのですね(^_^)

このようなことは、解説がないと、なかなか気付かないですね(^-^*)
返信する
tkgmzt2902さんへ (遅生)
2024-05-19 16:36:28
私もすぐには読めません。
パズルを解くように、詰めていくのみです(^^;
確かに、インスピレーションやエネルギーなど、理解よりも感覚的な感動や共感が先ですね。そういう意味では、現代芸術に通じるところが大きいと思います。
返信する
ぽぽさんへ (遅生)
2024-05-19 16:44:48
細かい所は後まわしにして、全体としてのまとまりや力を感じ取るのは、陶磁器などと一緒ですね。まず全体、それから細部へと入っていくのが、やはりいちばんまっとうな作品評価法だと思います。
米山も、財布の許す範囲で、やみくもに集めたのですが、ある程度品物が集まると、新たに見えてくるものがありますね。
これも陶磁器とおなじ(^.^)
返信する
Dr.Kさんへ (遅生)
2024-05-19 17:02:51
いやー、実際に書きなぐっているのでしょう(^^;
あらかじめ、書幅のイメージをどこまで持って、書き始めたのか想像することが難しいです。
とにかく、酒の勢いとはいえ、これだけムチャクチャに書くのは勇気がいりますね。
それでいて、ギリギリ破綻していない(^.^)
酒と芸術の関係は、何かありそうですね。

もう一人、大酒呑みで味のある書を残した人物がいます。幕末の大垣藩家老、小原鉄心です。この人の書も集めてはいるのですが、如何せん、ほとんど読めません。いずれまた、ブログで紹介します。
返信する
Unknown (クリン)
2024-05-19 18:11:36
横長のつぶれた文字もさることながら、三輪田米山の書く題材は、おしるこ(志る)やジャム(思無夢)などを思い出してしまい、全体的に甘党な気がします🐻🍡⤴✨
(これだけうねうねというかたわんだような字なのに、二行にしてもきちんとバランスよく収まっているのがうまいですね💎✨✨)
返信する
クリンちゃんへ (遅生)
2024-05-19 19:36:52
酒で鳴らした米山ですが、ひそかに甘い物も口にしていたかも知れませんね。一六タルト、一本丸かじりとか(^^;
膨大な日記を残しているので、食べ物チェックができます。が、読むのが大変(^^;
一升瓶片手に闊歩する大男だったそうですが、家で一人饅頭をパクつく姿を想像するのも楽しい(^.^)
返信する

コメントを投稿