ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

給与所得控除は「会社員にだけ恩恵がある」?? 馬鹿なことを書いている記事 

2017年12月29日 00時00分00秒 | 国際・政治

 切り抜いた記事の整理などを兼ねて、改めて日本経済新聞2017年11月22日(水)付朝刊4面13版に掲載された「自民税調、本格議論始動へ 官邸との調整に軸足 所得税や法人税改革 焦点」という記事を読んでみました。

 その中に「会社員にだけ恩恵がある『給与所得控除』の高額所得者の控除引き下げ」というフレーズがあります。

 読んだ瞬間に「何を馬鹿なことを書いているのだ?」、「日経でこれかよ」という気分になりました。もっとも、すぐ後に「所詮はこの程度なんだろうな」と思いました。

 敢えて、タイトルにも本文にも「馬鹿なこと」と記したのは、次に挙げる理由によります。

 第一に、給与所得控除は会社員にだけ適用されるものではありません。公務員にも適用されます。給与、給料、俸給など(名称は問いません)をもらっている者であれば適用されるのです。所得税法第28条第1項において「給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与(以下この条において「給与等」という。)に係る所得をいう」と定義されている通りです。

 第二に、このブログでも何度か書いていますが、相も変わらず給与所得控除を何か特別措置のようなものであるかのように扱っていることです。しかも、日経記事のこの「恩恵」という表現は、朝日新聞の「減税措置」(「平成30年度税制改正に向けての二題」も参照)と同じような意味にしてそれよりもさらに悪い表現です(記事を書かれた方は給与所得者でないのかもしれません)。「流石だ」という気もしますが、大日本帝国憲法時代の人権の扱いを語る場ではないのです。それに、「恩恵」というのであれば、租税特別措置法や地方税法附則などに定められる多くの減免措置のほうが「恩恵」という表現に相応しいでしょう(その「恩恵」に最も与ることができない存在が給与所得者です)。相も変わらず新聞でも地下鉄の広告でも喧伝されている「ふるさと納税」は「恩恵」以外の何物でもありません。まさにこれこそ「恩恵」に相応しいものです。どうせのことであれば、日本の地方公共団体は「ふるさと納税」をもっと宣伝してタックスヘイブンのような存在を目指したらいかがでしょうか。

 所得の基本形を知っていれば、給与所得控除が給与所得者にとっての必要経費そのもの、とまでは言えないとしても必要経費の代用品のようなものであることくらい、すぐにわかりそうなものです。具体的なものを示すのが困難であるとは言え、給与所得者でも、給与収入を得るために必要な出費(経費)があるということは、観念的にではあれ指摘できるはずです。

 所得税法に定められる10種類の所得には、純粋に必要経費が認められないものがあります。利子所得です。これは収入=所得となっています。また、配当所得も同様です。但し、必要経費の代わりと言いうるかどうかは疑問ですが負債の利子を収入から控除することが認められます。

 必要経費とは言い難いが収入を得るために必要な支出もあります。例えば譲渡所得の場合、資産の譲渡による収入から、その資産を取得するために支出した費用(取得費)および譲渡に要した費用(譲渡費としておきます)の合計額を控除し、さらに特別控除額を控除します(所得税法第33条第3項)。このうち、特別控除額は「恩恵」に近いものですが、取得費および譲渡費は必要経費に相当するものです。これに近いのが一時所得です(同第34条第1項および第2項を参照してください)。取得費および譲渡費を「減税措置」だの「恩恵」だのと理解する人はいないでしょう。

 新聞記事にはわかりやすさが求められることくらい、こちらにもわかります。しかし、だからといって給与所得控除を「恩恵」などとするのは正確さを欠くこと甚だしいのです。むしろ、ただ給与所得控除と記して余計な説明を加えないほうがはるかによいでしょう。

 そもそも、給与所得控除という名称がよくありません。これでは所得控除(同第72条以下)とどう違うのかと思われてしまいます。講義の際に私が何度も「給与所得控除は所得控除ではない」、「給与所得控除と所得控除は違う」と説明せざるをえないので、より適切な名称はないかと考えています。

コメント
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