ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

宮古島市、住民訴訟の原告を提訴する方針?

2019年09月04日 10時53分10秒 | 国際・政治

 昨日(2019年9月3日)の夜、20時に、朝日新聞社が「宮古島市、住民訴訟の市民を提訴へ 『名誉毀損された』」として報道していました(https://digital.asahi.com/articles/ASM933WG4M93TPOB003.html)。今日の朝日新聞朝刊26面14版にも「宮古島市、市民を提訴 『住民訴訟で市の名誉毀損』」という記事が掲載されています。

 宮古島市が、住民訴訟の原告(控訴人、上告人。以下、原告で統一します)6人に対し、合計1100万円の損害賠償請求を求めて提訴する方針を示したということで、9月3日、市議会9月定例会開会日に議案を提出したのです。議案は最終日の今月25日に採決される見通しです。

 何故このような話になるのか。経緯を少しばかり書いておきます。

 宮古島市は、ごみ撤去事業について同市内の業者と、費用をおよそ2251万円とする委託契約を結びました。この契約が高額にすぎるとして、事業費の返還を求める形で2016年に住民訴訟が提起されました。記事では「市民6人が違法な契約だとして下地敏彦市長らに事業費の返還を求めて起こした」と書かれていますが、厳密に言えば、原告6人は、市長を被告として、市長に対し、その契約の締結にあたった職員に対して損害賠償請求を行うことを請求する、という形になります。この事件の場合は、市長が市長に損害賠償請求を行うように請求する、ということになります。回りくどいのですが、これが地方自治法第242条の2第1項第4号の構造なのです。

 那覇地方裁判所は原告6人の請求を棄却し、福岡高等裁判所那覇支部も原告の控訴を棄却しました。最高裁判所も今年の4月に原告の上告を棄却しました。

 〔残念ながら、裁判所ホームページにもLEX/DBにも、この訴訟に関する那覇地方裁判所判決および最高裁判所判決が掲載されていません。福岡高等裁判所那覇支部の判決は2018年12月11日に出されており、LEX/DBに掲載されています。〕

 住民訴訟で原告が敗訴したのであるからそれで終わりと思うところですが、そうはならなかったのです。市長は、今も原告6人(など?)が宮古島市役所で座り込みをしていることなどを踏まえて損害賠償請求訴訟を起こすと主張しています。記事には、記者団とのやりとりという形で次のように書かれています(引用ですが、形を修正しています)。

 記者団:「訴訟は言論や行政監視の萎縮を招く懸念がある。」

 市長:「そんな懸念があるの。どうしてあるの。」

 市長:「法治国家として、確定したもの(判決)には従うべきだ。市民運動といえども、最高裁で決定したものを、違うような言い方をするのは許されない」

 しかし、このやりとりでの市長の言葉には問題があります。実は、(情報源の関係で明確にはできませんが)この住民訴訟とは別に刑事訴訟があり、職員(おそらく担当職員)が虚偽有印公文書作成の故に有罪判決を受けたとのことです。刑事訴訟と住民訴訟あるいは民事訴訟とで結論などが異なることはよくある話です。そもそも、住民訴訟は、地方自治体の財務会計行為に違法がある場合で、かつその違法について地方自治体の長に故意または過失がある場合に限り、原告が勝訴できる形となっています。つまり、違法な行為があるということと、故意または過失があるということは別の話なのです。

 (なお、入手できた福岡高等裁判所那覇支部判決によれば「本件契約の締結が、市長の裁量権を濫用し又はその範囲を著しく逸脱し、市に過大な経費負担を与えるとして、地自法2条14項、地方財政法4条1項に違反する違法な財務会計行為であるとは認められない」となっています。)

 また、これは上記記事にある九州大学名誉教授の木佐茂男先生のコメント(インターネット版のみ)に書かれていることですが、議案書では原告が宮古島市ではなく、宮古島市長個人となっているそうです。宮古島市の名誉=宮古島市長の名誉という式が成立しないことは言うまでもないことですから、市議会にかける意味が全くないこととなります(市議会において修正される可能性はあります)。岡山地方裁判所平成5年9月6日判決(判例地方自治124号82頁に掲載)および新潟地方裁判所高田支部平成13年2月28日判決(判例地方自治218号18頁に掲載)も、地方公共団体の首長個人の名誉毀損の成立と地方公共団体の名誉毀損の成立とを区別しています。

 さて、市議会に提出された議案書によれば、宮古島市は、原告6人が「公然と虚偽の事実を摘示して宮古島市の名誉を毀損した」、「宮古島市は公法人であるが、公法人も社会的名誉を保有しており、その法的保護のため、名誉毀損を理由として損害賠償を請求する」とのことです(上記記事からの引用なので、議案書にその通り書かれているかどうかはわかりません)。

 かつてサテライト日田問題に関連する形で地方公共団体の名誉権についての論文(「地方公共団体の名誉権と市報掲載記事〜大分地方裁判所平成14年11月19日判決の評釈を中心に〜」および「地方公共団体の名誉権享有主体性についての試論」を書いた私も、これはひどいと思いました。たしかに、公法人にも名誉権はあると思いますし、上記新潟地方裁判所高田支部判決も正面から認めているですが、これはかなり制限的な場合にのみ認められることです。「地方公共団体の名誉権享有主体性についての試論」に記したことをここに引用しておきます。

 「たしかに、地方公共団体も社会的な評価を受ける主体である。しかし、憲法が第92条ないし第94条において、地方公共団体を公権力の行使をなす主体として位置づけていることに鑑みれば、無制約に名誉権を認めることはできない。地方公共団体の活動は、絶えず国民・住民からの監視を受けることが前提とされる(団体自治および住民自治の理念からも当然のことであろう)。その監視を否定するような動きは国民主権原理の否定につながるし、かえって私人の基本的人権を侵害する結果に陥る。そのため、仮に私人が地方公共団体の名誉を侵害したとしても、刑法第230条や民法第709条・第710条・第723条が適用されるような事案はほとんど存在しないと考えるべきではなかろうか。」

 住民訴訟で地方公共団体の名誉毀損という主張が成立するなら、およそ住民が住民訴訟を提起することはできなくなります。専修大学教授の内藤光博先生が、やはり上記記事へのコメント(こちらは紙面にも掲載されています)として「深刻なのは、住民訴訟の法廷での主張も、市が名誉毀損の根拠としていることだ」と述べられています。法廷における主張に問題があるならその場で対処すればよいだけの話ですが、そうなっていないので「スラップ訴訟」「恫喝訴訟」と言わざるをえないこととなります。さらに言えば、もし法廷における原告の主張が名誉毀損の根拠になりうるとすれば、よほど特殊な場合を別として、地方自治法に住民訴訟の規定を置く意味がなくなります。住民訴訟は踏み絵ではないのです。

 そうであれば、地方自治体に名誉権などないと考えるべきだ、という声が聞こえてきます。原則的にはそうでしょう。ただ、全く認められないとも言い切れないのです。日田市対別府市訴訟がその代表例ですが、特殊な事例に限られると考えるべきでしょう。南山大学教授の榊原秀訓先生のコメント(インターネット版のみ)にも書かれていますが、地方自治体が住民を相手取って損害賠償請求訴訟を提起することは可能です。実際に、上記岡山地方裁判所判決および新潟地方裁判所高田支部判決の例があります。しかし、いずれも住民訴訟の原告を相手取った訴訟に関するものではありません。榊原先生が述べられる通り、「住民訴訟を抑圧する恐れがあり、特別な事情がない限り抑制すべき」なのです。

 何のために、地方自治法によって住民監査請求(第242条)および住民訴訟(第242条の2)という制度が設けられているのか。そのことがわかっていれば、原告を相手取って損害賠償請求訴訟を起こそうなどと考えないでしょう。事実無根であれば話は違うかもしれませんが、今回の問題を見る限り、事実無根とは言えないからです。

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