英の放電日記

将棋、スポーツ、テレビ等、日々感じること。発信というより放電に近い戯言。

竜王戦第七局⑧ △5五歩の周辺 コメント欄に訂正があります

2009-02-01 12:53:38 | 将棋

 △5五歩(第20図)について考える前に、△5五歩に代えて△7四銀(参考図)が有力(宮田敦史五段説)だったということを記しておきます。

 参考図以下▲5六玉△6五金▲4五玉△6六金★2二銀△5七龍(参考図②)で後手勝ちとのことです。

 参考図②で▲3三銀成☆同桂▲2二馬以下後手玉が詰みがあるようだが、☆(3三)同桂が逆王手となってしまう。
 しかし、参考図の△7四銀は見えやすく、羽生名人の想定内であったはず。参考図②に至る手順で★2二銀で▲1二銀とするつもりだったかもしれない。それよりも、△5五歩のほうが死角から飛んでくるような怖さを感じる。手の広さもはるかにある。
 △5五歩以下▲2二歩成△同銀▲同馬△同玉に▲5五角の王手金取りも見える(新聞の観戦記によると、この筋は竜王は見えていなかったそうだが、後手大丈夫らしい)。とにかく、△5五歩と中空に放たれて、先手としては攻める手、守る手、攻防に利かす手がいろいろ見え、そのすべてに際どい変化が含まれている。羽生名人としても、1分将棋で、しかも、激闘が長時間続いていた中では読み切るのは不可能だ。

 話は横道に逸れるが、今シリーズのターニングポイントとなった第四局の終盤、竜王の△8九飛(自玉が打ち歩詰めで逃れているのを読み切った勝負手)に対して、実戦の▲3八金ではなく、▲4七飛△2八玉▲3八金△1九玉▲1七飛△1八香▲2八金打△9九飛成▲9八桂△2六桂▲2七飛△3八桂成▲同銀△3九金▲5九歩△同龍▲4九桂…というサーカスのような寄せ手順(千日手が結論だったかも)があるそうだ。
 この手順に対し、渡辺竜王は「1分将棋では出現する可能性がない局面(手順)で、検討するのは無意味」というような趣旨の発言をしている。竜王には時折このような合理的思考方法が見られる。極端な例だが、「勝ちやすい」かどうかを指し手選択の基準にすることもその一つ。

 △5五歩にはこういった竜王の将棋哲学(勝負哲学と言った方がいいかも)が表れている。つまり、「厳密に研究すれば△5五歩は負けだろう。しかし、1分将棋で読み切るのは難しい(不可能)。私(渡辺竜王)が読みきれないのだから、羽生名人といえども困難にちがいない。たとえ、正着を指されても、容易に負けることはないはず」というような指針があった。
 将棋そのものの要素に加えて、持ち時間や疲労や勝負の流れといった要素も含めて、勝つ可能性が高い手や負けにくい手を選択する。これは、勝負を争うプロには必要な勝負術である。渡辺竜王について言えば、純粋に将棋の内容で勝つという基本は変わらないが、ドライに勝負重視の指し方に切り替えている。その切り替えがきちんと成されているので、勝負どころでの読みが正確でブレも少ないのではないだろうか。

 対する羽生名人も、もちろん勝負重視に切り替えることはある。しかし、基本的には難しい局面でも、勝つ手を探求する。読み切れない時も、「これが最善のはず」という手を着手しているように思う。
 先に挙げた第四局の終盤の変化についても、勝負は別にして将棋の結論を求めている。これは私論だが、難解な変化で実戦ではありえない変化でも調べることで、その手前の局面の結論を出す。そういったことの積み重ねで、大局観が構築されていくのではないだろうか。



 とにかく、△5五歩を見て、わたしは大きな不安を感じた。第四局の終盤の失速が頭に浮かんだ。
 通常の羽生名人ならともかく、本局は渡辺竜王の新手に対し序盤から将棋を作り続け、背後から追走する竜王の圧力を感じ続け、決め手を逃しよろけて逆転。その後竜王の失着で再び勝機が訪れたという流れ。普通の相手なら、それでも勝ち切れるが、戦闘モード全開の竜王相手である。
 そして、羽生名人は▲2四飛と▲4八飛に絞り、▲2四飛を選択した。どちらも勝ちに見えるが、▲2四飛のほうが決めに行った手だ。▲4八飛は金をはずして自玉を安全にしつつ、金を手にしたことで後手玉に詰めろがかかる味のよい手で、安全な手である。こちらを選択する棋士が多いのではないだろうか。
 では、羽生名人はなぜ危険な▲2四飛を選択したのであろうか。それは、長引いては危ない。早く決めないとまずい。という思いがあったのだろう。実際、▲4八飛と指しても、まだまだ容易でなかったようである。


 羽生名人の▲2四飛に対し、渡辺竜王は△6四歩(第21図)と打ち、以下▲5五玉△4四銀打▲同成銀△同銀▲同馬△6五金▲5四玉△6三銀▲4五玉△4四歩▲同玉△3三桂▲3六玉△4七角▲2六玉△2九龍▲2七香(第22図)と進む。

 ▲5五玉以降は第22図までほぼ一本道で、手順に後手玉が安全になっていった。(実は▲2四飛は敗着ではなく、▲5五玉が真の敗着だったのだが、それについては後述します)
 「ああ、だめかな」と思いながら見ていたが、第22図はもしかしたらまだチャンスがあるかもと思えた局面だった。先手玉に詰めろが掛からず、後手の持ち駒も乏しい。入玉の可能性も残されている。そんな私の淡い期待を打ち砕いたのが△1四歩だった。
 金を取る▲6五桂に△2七龍と香を取り、先手玉を追いつめながら後手玉の脅威である先手の飛角を取り去り、勝利を確定した。
 
 さて、第21図の△6四歩に羽生名人は▲5五玉と逃げたが、渡辺竜王は感想戦後の検討(午前3時)で▲7五玉と逃げると詰みはないと語っている。また、『週刊将棋』1月7日号で宮田五段も「▲7五玉で詰みはなく、変化は山ほどあるが先手がよさそう」と述べている。
 さらに、これは私の疑問だが、第21図では▲6四同成銀と取っても後手の指し手が解らない。
 とにかく、ほぼ一本道で勝ちがなくなる▲5五玉を指したことが、羽生名人のスタミナが切れてしまっていたことを如実に物語っているのではなかろうか。たとえ、第21図で▲7五玉と指したとしても、羽生名人は勝ちきれなかったのではないだろうか。
コメント (3)
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