事件が起こったのは、10月14日ですから、もう2週間ほど前になりますね。
どういう反則負けかを説明するのも、「今更ながら」という気がしますが、「今更ながら」は毎度のことですし、詳細は知らないと言う方もいらっしゃると思いますので、とにかく紹介します。
終盤も終盤、終局間近と思われた局面です。後手の清水女流名人は持ち時間4時間を使い切って、1分将棋になっていました。対する石橋女流王位は20分を残していて、形勢も良く、勝利目前だと思われていました。
ところが、ここで石橋女流王位は▲2二角成!
なんと、4四にある自分の歩を飛び越えてしまうという反則を犯してしまいました。
反則負け自体はプロ棋戦でも時々あります。テレビ将棋でも発生しました。しかし、そのほとんどが「二歩」で、そのほかの反則としては時間切れ(羽生名人もネット将棋で犯しました)、2手指し(手番を間違えて2手連続して指してしまう)、角の筋を間違える、などがありますが、駒を飛び越えて角を動かすというのは本当に稀です。
多分、数手前の4四に歩がない局面で考えた手が脳裏に残っていて、反則直前の局面でも4四の歩が見えていなかったのでしょう(ないものとして読んでいたのでしょう)。
私も同じような錯覚をしたことがあります。実際は、すんでのところで気づき、手が止まりましたが。
こういった珍しい反則の上、タイトル戦での反則負けは、1954年の名人戦で大山康晴名人に挑戦した升田幸三・八段が、指さないまま時間切れになった例があるだけで、実に59年ぶりとのことです。
さて、私が悩んだのは、石橋女流王位がなぜ反則を犯したかではなく、第1図の局面で、本当に石橋女流王位の勝ちだったかということです。
まず、第1図の局面は、後手玉は詰まず、先手玉には詰めろが掛かっています。なので、詰めろ逃れの詰めろがあればいいのですが、なさそうです。
取り敢えず、▲3二歩を利かせてみます。これには、△2一玉と△4一玉と逃げ方が2通りありますが、△4一玉と逃げるのは、△5四香(5五香)と攻めたり、▲5七歩と守ったりして5八の飛車の利きがなくなると、▲5二成銀から詰んでしまいます。
よって、▲3二歩には△2一玉(第2図)とかわした方がいいようです。
ということは、直前に石橋女流王位が▲3一歩成と成り捨てた(時間稼ぎと思われる)のは、悪手だったということになります。
さて、△2一玉(第2図)と逃げられると、角と歩の持ち駒では後手玉は詰みません。そこで、▲6七玉と先手玉の詰めろをはずす手が妥当のように思えます。
これに対し、後手からは飛車をつなぎながら詰めろを掛ける①△5四香と②△5五香と③4七金が有力です。
まず、①△5四香と②△5五香の優劣ですが、②は先手の角道を遮断する理がありますが、角で取られる危険性があります。受ける先手も悩ましいです。5五香の方がいいのか、さらに、▲5六歩と香を近づけてから▲5七歩と受けるべきなのかと。実際は①と②では、②(第3図)の方がいいようです(理由は後述)。
5筋の香打ちと金打ちは、順番の違いだけで、結果的には同じになりそうです。香を先に打つと△5五香▲5七歩△4七金、金を先に打っても△4七金▲5七歩△5五香と同じ局面(第4図)になります。
第4図では、▲3九角や▲7七角打や▲7五歩が考えられますが、▲3九角や▲7七角打には△4六金打、▲7五歩には△8四飛で後手が勝ちそうです。実は、読み切れていません。例えば、▲3九角△4六金打▲5六歩△同香▲7八玉△6七歩で決まりそうなのですが、以下▲8六歩△6八歩成▲8七玉で意外に難しいのです。後手は金気を渡せないのと、4筋の金2枚の投資がだぶついてしまっているのが、その原因だと思います。
さて、実際は先に金を打つと▲5七歩と限定できます。先に香を打つと、▲5五歩や▲5六歩と打つ余地が生じます。具体的には、△5五香▲5六歩△同香▲5七歩△4七金(第5図)です。
なぜ、▲5六歩にこだわるかと言うと、第4図と違って第5図は後手がはっきり負けなのです(理由は後述)。
△5五香▲5六歩には△4七金とする方がよく、それには▲3九角打と踏ん張る手で、これが思ったより難しいのです。
と、まあ、あれこれ調べてきたのですが、実は、それらを無駄にしてしまう手順があったのです。
第2図では▲6七玉が妥当と見て、その後を調べたのですが、▲6七玉とせず▲1二角△1一玉(第6図)も決めてしまう方がよかったのです。普通、角は手持ちにしておいた方が、5七の地点を守るため温存しておきたいですし、工房の角打ちの含みを持たせておきたいので、安易に打ってしまうのは味消しになりそうです。
しかし、この場合、第6図では王手で▲4三歩成となることができるのです。これに対し、△5五香(第7図)と王手を防ぎながら先手玉に詰めろを掛ける手が攻防手になりそうです。
ところが、かまわず▲5五同角(王手)とされ△同飛成に、▲2二金△同玉▲2三歩成△1一玉▲2一角成△同玉▲2二歩△1一玉▲2一香で詰んでしまうのです。角金を捨て2四の歩を成ることで、2筋に歩を打てるようにし、手にした香でとどめを刺せるのです。
なので第6図で▲4三歩成の王手には△5五歩と合駒をするしかありません。こうして、先手陣の5七に利かない歩合いを強要しておいて、▲6七玉と歩を払って自玉の詰めろを解消します。
後手玉は受けが効かない形なので、飛車を繋ぎつつ詰めろをかけるには、△4七金ぐらいしかありません。(△5六香は▲5五角と王手をされて困ります)
△4七金に対しては▲5七歩(第8図)と△5七金打の防ぐ手が、▲5五角を可能になる絶好手となります。
以下、△5四香と5五の歩を守るくらいですが、▲1三金と必至を掛けて先手の勝ちです。
さて、もう一度、第3図と第7図を比べてみましょう。
第7図では、▲5五角と王手で香を取れるので、後手玉は詰みます。
第2図だと、同じように▲1二角△1一玉を利かせて▲4三歩成としても、5五の香が遮っていて王手にならず、逆に△5七金から詰まされてしまいます。
「手順の妙」と言いますか、「手順のアヤ」と言いますか、味を持たせて単に▲6七玉と守った手が、守りだけの不急の手で、5五の主導権を後手に渡してしまったようです。
7図の変化が先手の勝ちだとすると、第2図での後手の手は、「①△5四香と②△5五香と③4七金が有力」と述べましたが、②が正着で、①と③はその瞬間に▲1二角△1一玉▲4三歩成と王手が利くので、第7図の変化同様、先手の勝ちになります。
さらに、第4図と第5図の違いにこだわったのも、同様な理由で第5図は先手の勝ちになるからです。
と、久しぶりに局面を深く掘り下げて考えて見ました。小暮さん、N君、勝手さん、違っていたら指摘してください。