■3■
21km地点、
頂上エイドはまさに「オアシス」。
疲れた体にオニギリは美味しい。
ここで最初のトイレを済ます。
ここまで立小便をするランナーが例年より少なかった。
ランナー達のマナーの良さに感心する。
オアシスはすぐに抜けないと脚が固まる。
少し屈伸してから峠の下りに入る。
峠の下りは脚が進む。
試走では調子が良かったが、何か不調・・。
様子を見ながら走る。
まだ体力は十分ある。
鼻炎かアレルギーなのか分からないが、やたらと鼻水が出る。
毎回同じ苦しみ。
鼻が通らないと呼吸が苦しい。
鼻をカミながら走るが、ポーチのティッシュに予備が無い。
エイドにティッシュがほしい。(あるのかもしれないが・・)
ティッシュ箱を背中にくくり付けて、
「ご自由にどうぞ!」と書いて走ればかなりな人気者になるだろう~。
・・どうでもいい事ばかり考えて走る。
22kmすぎ、
いつもなら峠の下りでバンバンと抜かれ始めるが、
抜かれない。
いや、正確にいうと「抜かれないように必死に走っている」。
自分では無理しているつもりもないが、
下りでキロ5分台に上手に乗れていない。
ダメだ、少し自重しなくては・・とペースを緩めた途端、
ビクビクッと右足のふくらはぎが攣った。
ロングタイツの上からでも完全にロックされているのが分かる。
止まって脚を伸ばす。
後方からどんどんランナーに抜かれる。
慌てずにしっかりと伸ばす。
これがクセになったら致命傷になる。
数年前はこれで最終関門(94km)リタイアだった。
「大丈夫?」
飛脚仲間の女性ランナーが追い付いてきた。
彼女は12時間台のランナー、
ここで足止めさせるのは気の毒・・、
「大丈夫、大丈夫、どうぞ先に行って!頑張れよ~」
足取りの良い彼女の後姿が遠くなる・・。
走り出す。
イケる。
しかしキロ7分台。
東京の白髪ランナーに声を掛けられる。
「この下りはどこまで続くんですか~?」
自分のゼッケンには高知と書かれてある。
土地勘の無いランナーは、さぞ不安な気持ちで走っていることだろう。
「30kmくらいまで続きますよ~」
「えーっ、長いんですね~」
そう、この下りは長い。
案の定、また攣り始める。
伸ばす。
これをやりだすとすぐにキロ10分を超す。
頭の中が騒ぎ出す。
今回は「攣り」との闘い!?
30km地点、
もう峠は終了した。
結局4回も脚が攣った。
四万十川を右手に走る。
やっとの人里だが平地はペースダウンする。
下り勾配が終わるとこんなもんか・・
36.6km地点。
昭和大橋に出る。
ここには最初の関門所がある。
関門は1時間近く残しているが、多分過去一番遅い。
何よりも疲労が激しい。
昭和大橋の上は応援が多い。
エイドで溜まるランナーを横目に再出発する。
走れることが嬉しい。
橋を渡ると車道の長い直線に入る。
少し上っているが、
「ココをどういう状態で走っているか」が自分の第一チェックポイント。
走れているが不調。
これでは前途多難である。
トンネルをくぐると小野大橋が見える。
少し下り勾配になり、随分と助かる・・。
とその時、段につまずき転びかける。
転ばないように全力で前に踏み込んだ脚のふくらはぎが攣った。
さらに反対側のふくらはぎも同時に攣った。
「全く動けない」という地獄に悶絶する。
「大丈夫ですか!?」
抜いていくランナーが皆心配してくれる。
「・・・」
声も出せない、完全フリーズ金縛り状態。
両足が攣るとこんなにも痛いものか・・
何とか少しずつ脚が動くようになり、攣った脚を伸ばす。
再び走り出したランナーに声援がアツい。
何だか悲しくなる・・。
小野大橋を渡るとエイド。
その先は40㎞地点。
ところが、なかなかエイドから走れない。
少し歩いて調子を整える。
40km地点、
2度目のチップ計測。
「5時間04分」
過去最悪ペース。
前モモが異常に痛む。
エイドで水をかけて冷やす。
非常にマズい・・。
後半に残しておきたい時間の貯金を早くも使っている。
しかも攣りによる疲労が激しい。
ついに歩く。
こんなところを歩くのは初めて参加した時以来。
あの時はフルマラソンの経験もなく、無謀な挑戦だった。
しかし今回はもう6度目のウルトラ、
ここでの歩きに絶望感さえ感じる。
42km地点、
2度目のオニギリエイド。
「60㎞の部」との合流地点だが、とっくの昔にスタートしたのだろう。
嫁は頑張っているだろうか・・
空腹ではないが、おにぎりを詰め込む。
新米の米は美味しいが硬めで飲み込みにくい・・
ブルーシートに腰を下ろしておにぎりを食べる。
この地点で腰を下ろすのも初めて・・。
いつもならエアサロの臭いが充満するエイドだが、たいして臭わない。
そこに赤いビブスを着けた「ペースメーカーランナー」が現れる。
今回初登場の「ペースメーカー」。
ビブスには【14時間】と書かれている。
「14時間」は制限時間。
つまり、このペースメーカーから遅れるとゴールできない。
だがしかし、おかしい・・、
いくら今回遅いといっても、頑張ればまだゴール出来るはずである。
一体このペースメーカーはどのようなペースなのだろう・・
立ち上がり、先に行ってしまったペースメーカーを追いかける。
~つづく~
■3■
■2■
レース当日。
AM3:00起床。
と、いっても、どれだけまともに寝れたのかは分からない。
いつもの事なんで気にしない。
朝食、
おにぎり2個、餅、梅干し、栄養ドリンク。
大体毎回こんなもん。
脚にテーピングして体にワセリンを塗る。
今年はクルブシ痛に随分と悩まされた。
ほとんど直ったが、レース後半に痛み出すのは想像できる。
しっかりとテーピングで保護する。
スタート会場に向けて出発する。
嫁の同僚キクちゃん(初対面)が車で送ってくれる。
ビックリするくらいの可愛娘ちゃんで、完全に目が覚める。
「コレ使ってください!」
差し出されたのは細い蛍光スティックの束。
繋ぎ合わせるとネックレスになった。
「パキパキ折ると光りますよ~」
こんなオッサンが光る首輪をぶら下げていいものだろうか・・
「あ、ありがとう・・」
四万十市街地からスタート会場は約9㎞。
10分足らずで到着する。
「頑張ってくださいね~!」
黄色い声援が素直に嬉しい・・
橋の上は巡回バスから降りてきたランナー達が列をなす。
例年、鶏達がバタバタと騒ぐ鶏小屋が今年は静か。
そういえば自分もやけに落ち着いている。
スタート会場は蕨岡中学校のグラウンド。
仮設トイレには行列が出来る。
市長が一生懸命喋っているが、
周りがザワザワしていてそれどころじゃない。
携帯電話の着信が鳴る。
去年寝坊してレースを断念した知り合いランナーから。
「あの~、スミマセン、今起きましたぁ~」
「えーっ!今5時やん!絶対間に合わんでー!」
「ハハハ、ウソウソ、コッチコッチ、見えますか~!」
すぐ向こうで携帯片手に悪戯な笑みを浮かべている大柄ランナー。
今回はこの寝坊ランナーとスタート地点に向かう。
一条太鼓が鳴り始めると急に辺りに雰囲気が醸し出される。
例年タイマツの炎で暖をとるランナー達がいるが、今回は少ない。
「今日は暑さとの勝負にもなるか・・」
早めに手荷物を預けたせいで、随分前の方に並んでしまった。
スタートゲートがやけに近い。
前から逆走するようにカメラマンが撮りながらスリ抜けてくる。
「ハイ、スタート前の写真撮りま~す!いい顔してくださ~い!」
マイクアナウンスで有力選手が紹介される度に拍手が沸き起こる。
「スタート1分前!」
「パンッ!!」
光のように眩しいフラッシュの中をスタートする。
ゲートを潜り抜ける。スタートロスは全く気にならない。
コース右端を走る。
沿道の人達がハイタッチで出迎えてくれる。
松明(タイマツ)ボランティアの友人を見つける。
「おーい!行ってくるぞ~!」
「おう!今年はちゃんと帰って来いよー!」
松明班はスタートのランナーを見送った後、
夕方にゴール地点に移動して、同じく松明の炎で迎え入れてくれる。
前の方に並んだせいで、周りのランナー達が速い。
キロ6分弱。
想定ペースよりも30秒も速いが、しんどくもない。
このまま行くか・・
すぐに知り合いランナーに追い付かれる。
飛脚Tシャツを作ってくれた50代のSさん。
「おお~、こんな前におったんやね~」
「コレ見てください、光る首輪ですわ、どう思います?」
「ハハハ、目立っていいやんっ!」
Sさんは笑顔で前に進んで行った。
空はまだ真っ暗。
光る首輪が首元で跳ねて、顔にバチバチと当たって痛い。
あまりに顔に当たって邪魔になり始めたんで、
沿道の声援に小さな子供の姿を探す。
子供は光るものが大好きだろう。
すると前からキクちゃんがハイタッチで現れた。
「ハー―イ!」
(危ない危ない・・、さっさと誰かにあげてしまうところやった・・)
明るくなるまで「顔にバチバチ」と勝負することを決めた。
2km地点、
明かりは松明の炎からキャンドルに変わる。
内川地区恒例のキャンドルによるライトアップ。
キャンドルの炎が一定の間隔で並び、幻想的に揺れる。
まるで夜の飛行場の滑走路のよう・・。
やはり雰囲気は抜群。
「100kmの部」ならではの暗闇ランを楽しむ。
5km手前に早くも給水所。
「コーラありますよ~」
朝の5時台にコーラなんか飲むとお腹によくないだろう・・、
魔法の水はもっと後でのお楽しみ。
ボランティアスタッフが自家用車で暗い道を照らしてくれる。
自家用車の横に立ちっぱなしのスタッフが、
「頑張って下さーい!」と声まで掛けてくれる。
「ありがとうございます!」
出来る限りお礼を言うようにする。
2車線の道が1車線になり山道に突入する。
もうかなり夜は明けて、回りの風景もよく見える。
道は少し上り気味になる。
縦長に伸びるランナーの列が前方に蛇行している。
クネクネと細い道が多い。
8km地点のエイド、
もう完全に明るい。
これから上るのでしっかりと給水をとる。
すぐに竹屋敷地区の集落。
山道ばかり走っていると、小さな集落でも都会的に感じる。
昔はたくさんの応援がもらえた竹屋敷。
過疎化が進んでいるのか、人が少ない。
9km地点からは脚に負担がかかる程度に上り始める。
試走で走っており、何の不安もない。
13km地点、
徐々に峠に突入する。
「堂ヶ森の峠」(標高600m)。
序盤の難関に差し掛かる。
17km地点、
ついに傾斜がキツくなり、峠と格闘することになる。
序盤から徐々に登ってきた脚は相当に疲労を蓄積していて、
歩いて登るランナーをゆっくりと抜く感じになる。
でも決して歩かない。
20km地点、
靴紐に装着したチップが計測され、通過がWebにアップされる。
「2時間14分」
自分の走力では毎回こんなもん。
21km地点、峠の頂上に辿り着く。
最初のオニギリエイド。
やっと上りが終わった安堵感が辺りに広がる。
天気にも恵まれ、頂上は気持ちがいい。
~つづく~
■2■
今回で6度目の出走です。
この3年で両親2人を病気で失い、遺品整理をしていて気が付いたことがある。
「家族で撮った写真が無い・・」
母は仕事が忙しくて家族で旅行など行けなかったし、父はそもそも写真嫌いだった。
姉と4人暮らしだったその昔の皆が揃った写真が無いのである。
現在我が家には高3の娘がいる。
彼女は進学志望で、来春確実にこの町を出て行くだろう。
【大好きな四万十ウルトラで家族写真を撮りたい】
これが今回の私の四万十川ウルトラマラソンのテーマとなった。
私はいつもの100kmの部、嫁は60kmの部(初出場)、
3人の子供達が待つゴールを目指して出発です。
それでは、かなり私的な「奮闘記」スタートします。
少し戻って「前日」からです・・
■大会前日■
お昼時を見計らって仕事を抜け出し、レース受付会場の安並体育館に向かう。
補助グラウンドは臨時駐車場。
まだ早いのか車の数も少なめ。
100kmの部は前日受付のみなので、今日だけで約1500人のランナー達がここに来るはず・・。
そう考えるだけで少し気持ちが高揚する。
会場体育館内にはブルーシートが敷かれ、土足で入れる。
受付を済ます。
黄色いジャンバーを着たボランティアの受付嬢は息子のクラスメート女子だった。
(地元なんで知り合いばっかり・・)
カメラクルーに狙われていた方もいた。
後のTV番組に出るランナーかな?
会場隅には地元の中学生達がペイントした石がたくさんテーブルに並んでいる。
お持ち帰りは自由。
みんな上手に描かれていて立派な記念品になっている。
小さな石の方が持ち運びに便利なのか人気だった。
記念に一つ頂く。
「みんなでゴール」のフレーズが心に響いた。
ランナー宛てのファックスがたくさん貼り付けられている。
こんな僻地にやってきたランナー達には、
友人からのFAX応援は勇気100倍だろう。
職場に戻り、袋の中身をチェック。
記念Tシャツ、カップヌードル、カップ麺、バッヂ・・
高額なエントリー代金の割には残念な感じ。
夕方になり、早めに営業終了。
翌日の臨時休業の張り紙を窓に貼る。
窓の外はランナー達を乗せた大型バスが行き交う。
トイレの神様に敬意を表しトイレ掃除をする。
去年のレースでは終盤の嘔吐下痢により、最終関門でリタイアだった。
外に出ると、足元にいたカナブンが仰向けになりもがいていた。
普段は気にもならないが、優しく起こしてやる。
カナブンは「黄金色」に輝いていて、何とも綺麗だった・・。
夜になり夕食を頂く。
我が家恒例の前夜のビタミンB1摂取シリーズ。
今回は豚丼だった。
仕事から帰ってきた嫁が大慌てで作ってくれた。
前夜祭には行かない。
ただでさえ「少ない」と云われる食事は県外のランナー達に食べてほしい。
早めに風呂に入り、準備に取り掛かる。
レーシングチップ装着。ゼッケンを張る。
手の甲に子供達からの応援メッセージを書いてもらう。
レース後半に励まされること間違いない。
少しだけ酒を飲んで眠気を誘い、早めの就寝。
さあ、明日は頑張らねば・・
~つづく~