漢方薬剤師の日々・自然の恵みと共に

漢方家ファインエンドー薬局(千葉県)
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松浦理英子「犬身」覚書

2010-09-28 | 
「犬身」(けんしん)、この題名おそらく「献身」に掛けてるんだろうと
思ってすごく惹かれました。

目次は、「犬憧」「犬暁」「犬愁」「犬暮」「結尾」、すべてが犬由来。
この主人公の名は、八束房恵(やつづかふさえ)。
もちろん南総里見八犬伝由来でしょう。

房恵は「性同一性障害」という言葉があるなら自分は「種同一性障害」だ、
と言うほど、犬に生まれるはずが間違って人間に生まれてしまったと真剣に悩む女性。
ご主人として慕う相手「梓」は女性だが、その感情は歪んだ恋愛感情でも性的でもなくまさに犬の本能らしい。

ジャコメッティの犬の像を前に、ジャコメッティは「私はかつてこの犬だった」と言ったとか、そのエピソードを聞いた房恵は、「なにも自分を人間なんかにおとしめることはなかったのに」と思うのだ。
カルチャーショックです。
よく見かける『犬好きな人』とはまったく異なります。

さてこの物語、実は犬になった房恵の目を通して、ご主人「梓」の家族問題を描いている。(あ、これはネタバレだ・・)
傲慢な母、内気な父、そして兄妹の近親相姦にありながら、なかなかそこから抜け出せない梓。その妙なそしてすんなり割り切れない泥沼のような感情の描かれ方が絶妙。
それから匂いの表現も吐き気がするほどリアル、さすが犬身。

読み終えて、人間の愚かさと人間への絶対的愛情を感じるのは、すでにすっかり犬感覚?

人間に飼われるという生き方を選んだ犬は、
もちろんたえず人間社会をじっくり見てるわけだなあ。
恐る恐る、我が家の犬の瞳を覗き込んでみる。
映るのは二つの自分の影。
くわばら、くわばら・・・・

松浦 理英子 1958年 愛媛県生まれ