干し柿を 吊るすでもなく 食うており
中村 梅士 Baishi
最近、子どもの頃のことが懐かしく思い出される。
渋柿の皮を上手に剝くのが楽しかった。
それを庭の軒下に吊るして干し柿になるのを毎日観察
した。
「市田の柿」のように白い粉をふくことはなかったが、
正真正銘、天日と潮風にぶら下がって出来上がった天然
干し柿だった。
一個100円もするのに、スーパーで買った干し柿は
まずかった。
よく見ると、「市田の干し柿」ではなく、熊本の干し
柿だった。
うかつだった。
機械乾燥した心のこもらない干し柿だったのだろう。
かといって、遠くから富士山が見えるようなきれいな
風がなくなった現代にあっては、家庭の干し柿はホコリ
まみれになる。
歳をとったら、医療過疎地の清浄な田舎に移り住んで、
天日干のように天然に死ぬのが良いのかもしれない。
幸福の科学総裁のご長男が遅ればせながらの反抗期な
のか、造反して仮追放の状態らしい。
詳細は分からないが、子育ては難しいことのようだ。
まあしかし、自分の仕事の不満足を他人のせいにして
はならないだろう。
所詮、今のところ七光りで仕事をさせてもらっている
のだから。
お仕置きが功を奏しなければ教団追放ということにな
る。
そうでなければ信者が納得しない。
宗教指導者の責任は重いのだ。
光の天使が闇の帝王になった例はあるのだから。
まあ、組織からドロップアウトしたぼんくら信者のい
う事ではないだろうが、だからこそ、批判精神は厳しい
ものがある。
それが民主主義というものだ。
「大川宏洋、てめえ、信仰者を侮辱するのも大概にし
ろよ!」
まあ、総裁が言いにくい大衆的叱責を代弁したい。
本来、『不信仰の家族にはどう対処すべきか』を拝読
してからどやしつけるべきであろうが、まあ、たいがい
にしなさい。
人の不幸は蜜の味という悪魔の出版社「新潮」も頭に
乗るでない!
まあなんとも不穏な一年であった。
日本国独立宣言・神聖九州やまとの国
New Asia Happiness Party