11月18日(火)晴れ 【道元禅師時代のお召し物?】
この頃は大分寒くなりました。朝は特に寒いですね。暁天坐禅は特に寒いので、パスをしたいですし、することも正直言いまして度々あります。
それでつくづく思いますが、道元禅師様はどのようなお召し物で坐禅なさったのでしょうね。今のような着物ではないと思うのです。まして白襟のかかった半襦袢など絶対にお召しでなかったでしょう。白衣もお召しではなかったのではないでしょうか。すぐに汚れて洗濯が大変なお召し物は当然さけたと想像に難くありません。
殊に寒い越前の永平寺では、寒さをしのぐためにもモンペの様なものをおはきになって衣をお召しだったのではないでしょうか。さて、その衣も今のような衣ではなく、上下別々の偏衫裙(へんざんくん)といわれるスタイルの御衣だったでしょうか。
韓国の僧侶も、中国の僧侶も下はモンペ用のものを穿いています。韓国の場合は、着替えるということはなく、その上に外出用の長めの上着を着たり、儀式のときは儀式用の衣を着ています。日本のように、全取替えのように作務衣から着物に着替えるというようなことはありません。中国の場合は長い上着を着ているのはわかりますが、あまり詳しいことは知りません。とにかく道元禅師は、中国に学びに行かれていますので、着ているものがあまりに違っていたら、その辺のこともお書きかも知れませんが、管見にてそれも知りません。
さて、お袈裟も、坐禅のときに着けるものは、今のように何条もある込み入ったお袈裟ではなかったでしょう。如法衣というお袈裟の縫い方もありますが、そんなに面倒なお袈裟を、当時縫っていたかどうか疑問です。
頂相(ちんぞう)を見ましても、お袈裟をかけていますので、直裰(じきとつ)か、上下別々の偏衫裙かわかりませんね。
浅学にて、これらのことを全く知りません。ブログをお読みくださる皆様のなかで、ご存じの方がいらっしゃいましたら、是非お教えくださいませ。
今頃、このような素朴な疑問を抱いています。
正直言いまして、私自身暁天坐禅のときは、着物ではなく、モンペ用の坐禅専門のものを作って穿こうかと思っています。
今まで、それほど切実に思わなかったのですが、加齢とともに寒さが身に沁みるようになってきているという証拠でしょうか。
とにかく寒いですから、皆様、どうぞご健康にはお気を付けください。モカちゃんを失ってペットロスのこともありますが、檀務も忙しく、あまりブログを更新できませんが、ご訪問の皆様には、どうぞお許しを。