1月26日(月)晴れ後曇り【遠い夜明け】
昨日久しぶりにテレビを見た。ルナが我が家に来てくれてから、ルナと遊ぶことに忙しく、全くテレビを見る時間はなくなっている。しかし、たまたま見た「沸騰都市、ヨハネスブルク”黒いダイヤ”たちの闘い」(NHK)は、私にとって少なからずショックな内容であった。
私は、遠く離れた南アフリカ共和国の現状について、殆ど知るような機会を持っていなかった。ただ、アパルトヘイト(人種隔離政策)が撤廃されたことは知っていた。1994年総選挙が行われて、黒人のネルソン・マンデラ大統領が生まれ、これで南アフリカ共和国も、少しずつ良くなるのだろうと漠然と思っていた。
しかし、昨日の番組によれば、アパルトヘイトは撤廃され、黒人だけではない非白人に自由がもたらされはしたが、その権利を享受し、富を手に入れている黒人たちは全黒人の8%、に過ぎないこと、それ以外の黒人たちは充分な職も得られず、貧困にあえいでいる現状であるという。それも巨万の富を手に入れているのは、アパルトヘイト撤廃のために闘った闘志たちであるという。鉱山の採掘権を手に入れていたり、マンデラ大統領の友人であったかつて酒屋の主人が、巨大なスーパーマーケットを開く権利を手に入れて、これも巨万の富を手に入れ、白人だけであった高級住宅街に邸宅を構えていた。
かたや、水道もトイレもないスラム街に住むことを、余儀なくされている人々の姿が映し出された。多くの国にスラム街はあり、そこを映し出せば、悲惨な状況であることは必至である。よってテレビが映し出したそれだけが、他の多くの黒人の生活かどうかは、簡単に判断することはできないが、他で調べてみても、南アフリカ共和国の多発する犯罪や、貧富の格差が拡大していることは事実のようである。
この番組にショックをなぜ覚えたかというと、私は以前、リチャード・アッテンボロー監督の『遠い夜明け』(原題『CRY FREEDAM』1987年 )を見て、アパルトヘイトと闘った人々のことを、感動的に覚えていたからである。
この映画は、実話にもとずいた作品である。原作はかつて南アで新聞社の編集長であったドナルド・ウッズが、アパルトヘイトの悲惨さと、撤廃運動によって警察に拷問死させられた、親友である黒人活動家スティーブ・ビコのことを書いた『ビコ』である。
南アには、かつてバンツスタン計画という政策があり、働けない子どもや老人や労働力にならない女性たちは、農業もできないような荒れ地に押し込められた。これはホームランドと呼ばれた。ここにあるのは飢えだけであり、多くの餓死者がでたという。働ける者は都市の決められた居住区に住み、白人雇用主のもとで苛酷な労働条件のもとで働かされたのである。また16歳以上になると、出生から雇用まで全てが書かれたパスを持っていることが義務づけられた。これはパス法と呼ばれた。これがアパルトヘイトの根幹をなしていた、とプログラムに書かれている。(私がこの映画を見たのは、1988年、いまから20年ほど前である。プログラムも何回かの引っ越しで随分無くなっているが、この映画のプログラムを本棚から見つけだせた)
アパルトヘイト撤廃を願って、信念を貫いた活動家ビコ、同朋の貧しい人々を救いたい一心で闘い抜いたビコ、人間の尊厳を守るために闘い倒れていったビコ、彼が生きていたら、”黒いダイヤ”といわれる極一握りの富裕層が支配する南アの現状をなんと言うであろうか。彼が生きていたなら、こんなことはなかったのではなかろうか。南アには、第二の「ビコ」が現れてくれる日がまたれることだろう。
人間という動物にとって、富の分配のいかに難しいことか。巨万の富を貧しい人々に施したなら、どれだけ多くの同朋が人間らしい生き方ができることだろうか。高級住宅街に住み、贅沢をするためにアパルトヘイトと闘ったのか、なんと情けないことか、と、ビコの魂が叫んでいるに違いない。南アの夜明けはまだまだ遠いようである。
昨日久しぶりにテレビを見た。ルナが我が家に来てくれてから、ルナと遊ぶことに忙しく、全くテレビを見る時間はなくなっている。しかし、たまたま見た「沸騰都市、ヨハネスブルク”黒いダイヤ”たちの闘い」(NHK)は、私にとって少なからずショックな内容であった。
私は、遠く離れた南アフリカ共和国の現状について、殆ど知るような機会を持っていなかった。ただ、アパルトヘイト(人種隔離政策)が撤廃されたことは知っていた。1994年総選挙が行われて、黒人のネルソン・マンデラ大統領が生まれ、これで南アフリカ共和国も、少しずつ良くなるのだろうと漠然と思っていた。
しかし、昨日の番組によれば、アパルトヘイトは撤廃され、黒人だけではない非白人に自由がもたらされはしたが、その権利を享受し、富を手に入れている黒人たちは全黒人の8%、に過ぎないこと、それ以外の黒人たちは充分な職も得られず、貧困にあえいでいる現状であるという。それも巨万の富を手に入れているのは、アパルトヘイト撤廃のために闘った闘志たちであるという。鉱山の採掘権を手に入れていたり、マンデラ大統領の友人であったかつて酒屋の主人が、巨大なスーパーマーケットを開く権利を手に入れて、これも巨万の富を手に入れ、白人だけであった高級住宅街に邸宅を構えていた。
かたや、水道もトイレもないスラム街に住むことを、余儀なくされている人々の姿が映し出された。多くの国にスラム街はあり、そこを映し出せば、悲惨な状況であることは必至である。よってテレビが映し出したそれだけが、他の多くの黒人の生活かどうかは、簡単に判断することはできないが、他で調べてみても、南アフリカ共和国の多発する犯罪や、貧富の格差が拡大していることは事実のようである。
この番組にショックをなぜ覚えたかというと、私は以前、リチャード・アッテンボロー監督の『遠い夜明け』(原題『CRY FREEDAM』1987年 )を見て、アパルトヘイトと闘った人々のことを、感動的に覚えていたからである。
この映画は、実話にもとずいた作品である。原作はかつて南アで新聞社の編集長であったドナルド・ウッズが、アパルトヘイトの悲惨さと、撤廃運動によって警察に拷問死させられた、親友である黒人活動家スティーブ・ビコのことを書いた『ビコ』である。
南アには、かつてバンツスタン計画という政策があり、働けない子どもや老人や労働力にならない女性たちは、農業もできないような荒れ地に押し込められた。これはホームランドと呼ばれた。ここにあるのは飢えだけであり、多くの餓死者がでたという。働ける者は都市の決められた居住区に住み、白人雇用主のもとで苛酷な労働条件のもとで働かされたのである。また16歳以上になると、出生から雇用まで全てが書かれたパスを持っていることが義務づけられた。これはパス法と呼ばれた。これがアパルトヘイトの根幹をなしていた、とプログラムに書かれている。(私がこの映画を見たのは、1988年、いまから20年ほど前である。プログラムも何回かの引っ越しで随分無くなっているが、この映画のプログラムを本棚から見つけだせた)
アパルトヘイト撤廃を願って、信念を貫いた活動家ビコ、同朋の貧しい人々を救いたい一心で闘い抜いたビコ、人間の尊厳を守るために闘い倒れていったビコ、彼が生きていたら、”黒いダイヤ”といわれる極一握りの富裕層が支配する南アの現状をなんと言うであろうか。彼が生きていたなら、こんなことはなかったのではなかろうか。南アには、第二の「ビコ」が現れてくれる日がまたれることだろう。
人間という動物にとって、富の分配のいかに難しいことか。巨万の富を貧しい人々に施したなら、どれだけ多くの同朋が人間らしい生き方ができることだろうか。高級住宅街に住み、贅沢をするためにアパルトヘイトと闘ったのか、なんと情けないことか、と、ビコの魂が叫んでいるに違いない。南アの夜明けはまだまだ遠いようである。