4月19日(火)晴れ 【才能とは能力ではない】
運転中、たまたまラジオが勝手についてしまい、「どうしたらカドカワハルキになれるのですか」とリスナーからの質問を、女性のインタビュア―の声がしました。その質問に対して、落ち着いた老年の男性が「僕は本を書くのも好きだが、それよりもいろいろな本をどのように売ろうかということを考えることの方がもっと好きだね。」というような内容のことを答えていました。少し、表現は違ったかもしれません。映画を作成したり、本をお書きになったり、等々…………どうもこの男性は角川春樹氏のようでした。
特別なことをしているのではなく、お好きなことに力を注いでいたら、角川春樹という人生になったということでしょう。
お寺に帰ってから、たまたま檀家さんから頂いた新聞でタケノコを包もうとしましたら、「才能とは能力ではない。やめられない性格のことだ」という見出しが目に入ってきました。日本語学者 金田一秀穂さん(金田一京助の孫)の記事です。
大学4年生の時、卒論の指導教授に自分は「研究者に向いているでしょうか。才能あるでしょうか」。と尋ねたそうです。教授は「わからない」と言ってから、「才能というのはね、能力のことじゃないんだ。どうしてもやめられない性格のことなんだよ」とおっしゃったそうです。この教授とは作家加賀乙彦(小木貞孝教授)だそうです。精神科医であり、大学教授であり、活躍なさっているのに、小説を書く事をやめられない「やめたくてもやめられない、どうしてもそれをやってしまう。
好きなことをやり続ける、それがたまたま世の中に認められたりする場合もあるでしょう。とにかく「考えすぎず 楽しむべし」と金田一氏もおっしゃっています。
なにが 好きな事か分からない、何が自分に向いているか分からない、ということを言う人が良くいます、が、他人はなおの事わからないでしょう。そこまでは誰も面倒は見切れませんが、ご自分の好きな事くらいなんとなくわかるでしょう。それをやりぬけば面白い人生なのではないでしょうか。
さて、私は? やはり僧侶として、法事を勤めることや、御葬儀をつとめることが自分には向いていると思っています。それから寺のあちこちを改築したりすることかもしれません。今まで三ケ寺の責任者(住職でもあり、留守番の時もあり)として全て改築しましたので、これは好きなことに違いありません。かなりの労力が必要ですが、少しも苦になりませんので、「やりぬく力」「情熱と忍耐」(ダッグワースという心理学者がこれらをグリット(grit)と表現したようです。
人生において、「好きな事」をやりとげるほど楽しいことはありませんね。みなさん、そのようなことに出会えますよう。