率川(いざがわ)神社 三枝祭(さえぐさまつり)
「笛が漲(みなぎ)り、羯鼓(かつこ)がときめいている。黒ずんだ石垣の前に置かれた百合は、たちまち紅潮する。
神官はうずくまって、百合の茎を分けて酒を柄杓(ひしゃく)で汲(く)み、さらに数人の神官が白木の瓶子(へいし)を捧げて来てこの酒を受けては、三殿のおのおのに献ずるさまが、楽(がく)の音(ね)と共に、神の宴(うたげ)の賑々(にぎにぎ)しさを思わせ、御扉の昼の闇(やみ)のうちに、おぼろげに募ってくる神の酔を偲(しの)ばせた。」 (三島由紀夫「奔馬(豊饒の海 二)」より引用)
奈良にある神社。
三枝祭とは白酒、黒酒の酒樽に、本社三輪山でとれた笹百合の花(古名さいくさ)を飾ってお祭りするところから起こった名前。文武天皇、大宝年間(701年)から伝わる古式の神事で、お供えの百合の花は疫病除けとして参拝者きそって乞い受けるものだとか。
毎年、6月17日に催されます。
三島由紀夫の小説は「潮騒」と「金閣寺」しか読んだことがなかったのですが、バンコクの
ワットアルン寺院が彼の最後の作品『豊饒の海』四部の第三巻「暁の寺」の題名となったことを知って、文庫本を購入して読みました。
この四部作は輪廻転生をテーマにした佛教思想を基底とする物語になっています。
彼の本はいたるところに、私にとって初めて見る漢字や熟語が出てきます。風景描写が場面によっては延々と精密に情緒的に、美しく表現されています。
第三巻から手にとったのですが、それを読破した後、第一巻「春の雪」に戻って読み進みました。
第二巻は「奔馬」。主人公の一人、本多繁邦が大阪の裁判所判事となっていて或るとき奈良に出張します。この巻では奈良が舞台になることが多いのです。
佛教思想の転生が全体を貫く小説の心棒ですが、この第二巻については神道の思想が中心になっています。明治初期に熊本で起こった神風連の乱に素材をとり、その精神遺産が書物を経て、戦後の昭和年代に再現しようと夢想する青年が現われる。剣道もその基盤となっています。三島自身も若いとき軟弱な身体を壮年になってから鍛えるため剣道に打ち込み筋骨隆々たる肉体を獲得したのです。
三島がこの小説執筆のために奈良を取材していた時期、実は、私にとって奈良で高校生活を過ごした3年間のコンテンポラリであったことが分かりました。当時、東大寺大仏と秋篠寺など和辻哲郎文学以外に奈良のことに関心がなかったのです。
「月修寺」、奈良帯解にあるお寺、実は圓照寺が重要な舞台を形成しています。理由は本を読んでください。一度ぜひ訪問してみたいと思います。
~~
若い読者のための注: 三島由紀夫は1970年秋、東京の自衛隊基地(市ヶ谷)に突然乗り込み、日本民族の自立を訴えて司令官室のバルコニーで演説し、その直後割腹自殺(切腹)しました。その少し前から「盾の会」なる集団を主宰し大学生など若い隊員を育成していました。彼の作風は独特です。東大法学部卒、大蔵省(現財務省)に入省後、作家に転進。しかも彼の信ずる思想を全うして自死する壮絶な一生をとげました。