http://the-liberty.com/article.php?item_id=10558
中国の電子取引商大手、阿里巴巴集団(アリババグループ)の創始者であるジャック・マー会長が、香港の有力英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポスト(SCMP)の買収交渉を進めている。
マー氏は中国政府と近い関係にあると言われている。マー氏が経営権を握ることで、SCMPは中国当局に不利な報道をしにくくなる可能性がある。例えば同紙は、雨傘革命や、天安門事件の追悼式典を大きく報じるなどしていたが、今後はそれも難しくなるかもしれない。
中国当局が他国メディアに介入している例は枚挙にいとまがない。
11月24日付本欄でも指摘したように、中国資本が台湾メディアに介入しており、台湾においても報道と言論の自由が危ぶまれている。
( http://the-liberty.com/article.php?item_id=10538 )
また中国当局は、世界中33のラジオ放送局を影響下に置いているという。そのネットワークはアメリカ、オーストラリアやヨーロッパ諸国を含む14カ国に及んでいる。
例えば、アメリカで15のラジオ局をもつメディア会社「G&E」は、中国資本に60%の株式を掌握されているという。これではG&Eは中国 当局の意向を受けざるをえない。これらの報道に伴い、アメリカの連邦通信委員会(FCC)が事実調査を開始するなど、深刻な問題となっている。
中国は、いわゆる「チャイナ・マネー」を用いてさまざまなメディアの経営に参加することで、中国の国益に沿う報道するようメディアに圧力をかけることを狙っている。国益を巡る「情報戦」がすでに世界各地で繰り広げられているのだ。
メディアは価値中立な媒体と思ってしまいがちだが、我々がその情報に接するまでには、伝える側の「意図」が加わっている。私たちは「だれがこのメディアの経営権を握っているのか」「どのような意図をもってこの記事は書かれたのか」ということについて、注意した上で情報に接しなければならない。(瑛)
【関連記事】
2015年11月24日付本欄ASEAN首脳が中国への懸念共有も水面下ではチャイナ・マネーに依存?
http://the-liberty.com/article.php?item_id=10538
2015年11月5日付本欄 世界33カ所のラジオ局の筆頭株主 実は「中国」だった
http://the-liberty.com/article.php?item_id=10425
2014年11月2日付本欄 日本は発信力強化を 中国プロパガンダはネットに投稿で50セントもらえる
http://the-liberty.com/article.php?item_id=8675
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価値中立なマスコミ・メディアなど有り得ない。
と、日本のマスコミのおかしさを伝えつつそういっていたのはニューズウィーク。
家族の付き添いの病院の待合室で目に留まった。
表紙に「おかしな日本のマスコミ~」みたいな題があったので
面白そうだし、病院にニューズウィークとは・・・めずらしいなと
思いつつ手にとって
そのくだりを読んだときは「え!?」と思った。
私はそれまで本当にマスコミとは価値中立であるべきだと思っていたから。
それってどういうこと!?と
よくよく記事を読んでいたら、
何の価値観も持たない人間はいない。記事には記者の裁量が入り込むものだ。
と
日本の大手新聞のように、相手の言ったことを忠実にパソコンに打ち込み、それを本社に持ち帰って上司に渡してそのままを記事にするなど考えられないということだった。
だから、妙に価値中立価値中立という日本のマスコミ・メディアやユーザーたちは
おかしい
って。
そこに嘘があるってことよね。
その後で、朝日・毎日・東京(中日系)は左翼的で産経・読売は保守的と知ったのだが。
それもなにやら形だけに見えてきた今日この頃。
ほとんど紅白にわかれて客の取り合い合戦をしているだけの体だ。
なにしろ、言論の自由といっても、自分達の理解できないことを理解しようともせず、責任を取りたくないことに無視を決め込む、報道しない自由ばっかりの無能で弱気な負け犬ばっかりだと知ったからだ。
彼らはいい大学を出て自分は稼ぐできる男・女だと思っているかもしれないが、なんだか自虐史観の払拭されない国の負け犬の象徴みたいだ。
新聞雑誌など、
人が目に付く事を書いてりゃ売れる。
売れれば金が入る。
その連続をしているだけの。
ルーチンチン。・・・・・にしか見えない。
ジャーナリズムとは価値をどこに置くのかが一番の問題ではないでしょうか。
そこさえ押さえていればいいのに
日本のマスコミ・メディアはその基本のところでゆら~りゆら~り
風が吹くまま
気の向くまま。
そうした姿勢が中国共産党の御用メディアとそう変わらない。
むしろ、中共の御用メディアそのものになっている時がある。産経や読売ですら。彼らは気づいてないでしょうね。
自分の信条にもとづいた考え方をきちんと記事に反映させる。それがジャーナリズムというものなら、その信条をどこに置いているのかが問題になりますよね。
その信条が高ければ高い程、様々な様子が客観的に見えてくるでしょう、だとすれば価値中立に近い考え方は不可能ではありません。
だとすれば、ジャーナリストはそこに標準を照らせるように日々研鑽するべきなんでしょうね。日本の報道人も日々、より自分の考え方を高くする勉強はする必要があるのかもね。新橋ばっかり見てないでさ~w
だから
今のところ
あえて価値中立をもとめるのなら
ザ・リバティ
という結論になるのかな。