もうチョットで日曜画家 (元海上自衛官の独白)

技量上がらぬ故の腹いせにせず。更にヘイトに堕せずをモットーに。

天皇誕生日に際して

2018年12月24日 | 天皇・皇室

 昨23日、天の陛下が85歳の誕生日を迎えられた。

 来年の4月30日に譲位されて上皇と尊称されるために、天皇として迎える誕生日としては最後であり御感慨もひとしおと拝察する。現人神の立場から象徴天皇になることを余儀なくされた昭和天皇に対して、象徴天皇として即位された今上陛下は、お言葉の端々にも国民に気を使われる様子がありありと感じられるもので、皇統の永続と皇室文化の継承を担う傍ら、ある意味で逆の思考が求められる国民統合の象徴という憲法規定との融合に心を配られてのことと考えている。陛下は皇太子時代を含めると、御成婚時のパレードへの暴漢侵入、沖縄訪問時の火炎瓶事件、山形国体時の発煙筒事件など幾多の天皇制反対者の直接行動に遭遇されている。昭和天皇に対しては終戦後の荒廃した社会下での全国行脚でも直接的な行動は受けられなかったのではないだろうかと考えた時に、今上陛下が従来の高みより1段降りた結果に起因するのではないだろうかとも危惧している。陛下を含めて皇族が国民に近付こうとすればするほど、心無い国民は恰も不満を持つ隣人に対する行動と同じように振舞ってしまうのではないだろうか。帝国憲法が規定したように『神聖にして侵すべからず』の方が、天皇制の記述として正しいのではないだろうかとも感じてしまう。各国の大使が信任状を元首である天皇に奉呈する際には、社会主義国を含む殆どの大使が馬車に依る参内を希望し、天皇に拝謁したマッカーサーを含む外交官の多くが、世俗を離れた天皇と聖櫃に溢れた皇居に畏敬の念を持つとも云われている。天皇制反対を主張する人々が考えている日本国の体制がどのようなの物なのかが判然としない。おそらく国家元首は無機質な官邸に起居する、選挙で選ばれた大統領制若しくは中国式の国家主席の体制であろうが、トランプ氏の強権、マクロン氏の現実無視、習氏の新植民地主義、金正恩氏の先軍思想のように、いかに任期内で国際社会に波風を立てるかを使命とするような俗物が誕生することとなるであろう。大統領制の最悪の失敗例は韓国で、ポピュリズム至上の舵取りでは独自文化を育成・永続させることができないことを証明しているし、ドイツの大統領は名前すら答えられない。やはり、象徴的な天皇を元首として戴き、短期間の評価によって行政の長である総理大臣を選択できる現行制度の他には考えられないと思っている。

 今の日本の大多数の国民は皇室を特権階級、遊山階級とは考えていないと思うので、天皇陛下を始めとする皇族方におかれては、一部の狂信者が唱える天皇制反対の声に惑わされることなく、東洋の神秘の根幹であって欲しいと願うものである。


韓国駆逐艦の射撃用レーダ照射に思う

2018年12月23日 | 韓国

 韓国海軍駆逐艦が自衛隊の哨戒機に対して射撃用レーダを照射した。

 照射は2回、10数分間とされているが、韓国は臆面もなく北朝鮮の遭難漁船の捜索のため使用したものであり自衛隊機に対して照射したものではないと釈明している。射撃レーダはビーム幅が狭く極めて指向性が高いもので、海面の広範囲な捜索に活用できないことは常識であり、万が一海面に向けて照射していたならば航空機が感知できないものである。国際的な常識としては、射撃レーダの照射を受けた航空機や艦艇は被攻撃の前兆と捉え、国際法的に容認される自衛のための対応行動(反撃のための先制攻撃)を採ることとなるが、自衛隊機は退避行動を採るとともに韓国軍の真意を質すに留まったとされている。偶発衝突の危険性は1機長の良識と自制によって回避されたに過ぎない。東西冷戦時には相手のレーダ波感知能力や対応速度を図るために米ソ相互が行っていた時期があるが、偶発的な衝突が戦争にまで拡大するという危険性から、条約にまで至らないものの軍の合意事項として射撃レーダの照射は行わない慣行が定着して、現在では先進国間で軍人のチキンゲームとして行われることはない。近年では中国フリゲート艦が自衛艦に照射した例では後に照射は中国共産党の指示であったことが明らかになっているように、政府のトップ若しくは極めて高いレベルが関与しなければ起こり得ない事案である。韓国が照射があったことを認める一方で、照射が軍人の独走や過誤でないと主張することは、政府中枢の確信犯的な行為の裏返しに過ぎないと考えざるを得ない。政府は外務次官級の会談の場で抗議するとしているが、銃口を向けたに等しい行為に対しては如何にも弱腰であると思う。総理若しくは防衛大臣が、再発の場合には対応を躊躇しないと明らかにすべきであると思う。

 今回の事案に対してネットの反応を探ってみたが、照射の不当を訴えるものが多数である一方で、韓国発表の理由ならば仕方がない又は静観すべきとする意見も散見された。このことは政府の発表に制服の自衛官が同席していないことが大きいのではないだろうか。射撃用レーダとは何なのか、照射が意味するものは何なのか、どのような対応手段があるのか、等を報道陣や国民にレクチャーすべきであると思う。官房長官や防衛大臣の「遺憾・懸念・抗議」では、国民の危機感は喚起することはできないと思う。韓国の文大統領の支持率が不支持率を下回ったことが報じられた矢先の出来事であれば、致命的な反撃が無い日本相手のチキンゲームによって、レイム・ダック状態からの起死回生を図った可能性も捨てきれないと考えられるのだが。


ハンガリーの奴隷法と行政裁判所設置に学ぶ

2018年12月22日 | 社会・政治問題

 ハンガリーでの改正労働法が奴隷法と非難される現状と行政に関する訴訟を担当する行政裁判所が設けられたとの記事を読んだ。

 労働法の改正については、国内産業の人手不足を解消するために年間250時間とされていた残業時間の上限を400時間に緩和し、更には企業が支払うべき残業手当の支払いも最大で3年間猶予できるもので、世論が『奴隷法』と呼ぶのも納得できるものかとも思うとともに、日本の働き方改革など桃源郷におけるイザコザとも思われる。労働法の改正に合わせて設立された行政裁判所は、これまでの司法制度とは別の特別裁判所であるらしく、行政の黒を白とするための機関ではなかろうかと邪推するものである。連続3期(通算4期)して2010年以降政権の座にあるオルバン首相は一貫して移民排斥やメディア規制を推進してEUから制裁をちらつかされている存在であるらしい。民主主義の3権機能のうち最も独立した性格を保持できなければ人権や社会正義が保たれず、司法制度を超えた特別裁判所設立とは独裁体制への足掛かりかと思ったので、各国の司法制度を拾い読みした。しかしながら各国の司法制度は極めて複雑・難解で、罪状や量刑によって1審の担任裁判所が異なることなどざらで、おそらく助言者なくしては訴状の提出先すら分からないのではなかろうかと思えるほどである。また行政裁判所についても欧州各国に置かれており、ウィキペディアによると欧州を中心とした大陸法体系下では当然のことであるらしい。日本の場合、ドイツのワイマール憲法を下敷きとした帝国憲法では行政裁判所を含む特別裁判所が存在したが、新憲法では弾劾裁判所を除いて設置が禁止されており、唯一特別裁判所に近い知的財産高等裁判所も東京高裁の支部として司法制度の範囲に置かれている。また、行政裁判所を含む特別裁判所の多くが、1審を以て最終審とすることが一般的であり、殆どの裁判に3審制度を保証しているのは日本くらいではなかろうかと思うものである。日本の裁判が長すぎる根本はこのことに起因するのかも知れない。ハンガリーに開設される行政裁判所が他のEU諸国のものと違うものか否かは知る由もないが、今後も注視したいと思うものである。

 3権のうち、司法を凌駕する規範が存在する国家が、独裁や迷走に走る例は無数にある。過去にはナチスが人種を、現在も中国では共産党が、イスラム国家ではコーランが、、韓国では反日が、それぞれ司法を超える規範として存在している。ここまで書いて、アメリカが原爆使用に躊躇しなかった背景には、ソドムの街を焼くことが善人救済の路とする唯一神の規範が作用していたのかも知れないと思い至ったが、・・・。

 


「いずも型」護衛艦の空母改修を考える

2018年12月21日 | 自衛隊

 防衛計画の大綱改定により次期中防で「いずも型」護衛艦をF35B運用可能な空母に改造することが閣議決定された。

 空母と聞けば、アメリカの攻撃空母が連想されるが、いずも型護衛艦は2万トンの船体であることから、平甲板の飛行甲板から航空機をカタパルトで射出する本格的な空母ではなく、スキージャンプ空母と呼称される形式の空母になると思われる。当然のことながら運用できる航空機は単距離離陸垂直着陸(STOVL)機に限定されるので、軽空母に分類されるものと思う。一般的に自衛隊の艦船は、政治的配慮や予算執行の制約から将来の改造を考慮した余裕が与えられていないという致命的な欠点を有しているとされている。今回の空母への改造についても、船殻の余積、間仕切り、甲板強度、昇降装置、燃料タンク、給油装置、主機出力、発電能力等々、クリアすべき点は多いが、いずも型においては計画時の国際情勢から考えて、既に多くの問題が解決可能な状態で建造されていると思いたいものである。更に考えなければならないのは、軽空母の運用に不可欠な補給艦の改造であると思う。現在の補給艦は護衛艦隊の滞洋能力延伸のために整備されたもので、補給用燃料(貨油)保有量や移送手段としては艦艇の主燃料である軽油に重点を置いており、航空燃料の補給能力は脆弱であると思う。いずも型の限られた船体を考えれば、航空燃料用タンク容量を増やす手段としては艦の航続距離と滞洋期間を犠牲にして艦艇主燃料用の軽油タンクを振り分けるしかないので、補給艦の必要性はますます重要となってくる。さらには航空機部品と航空機用弾薬のために艦の倉庫と弾薬庫を割愛せざるを得ないことから起きる個艦の継戦能力の低下を補完するためにも補給艦の存在意義を忘れることはできないと思う。海上自衛隊がF35Bを独自に運用できる能力を持たないために、艦載機として空自機を使用せざるを得ない現状から派生する多くの問題点があると思うが、島嶼防衛等に対して機動力を発揮するであろう「いずも型護衛艦」の空母改造を成功させて欲しいものである。

 野党は、今回の改造に対して早くも専守防衛の範囲を逸脱するものとしているが、そもそも専守防衛の範囲に限定される武器・装備という括りが理解できない。1丁の狙撃従と1発の弾丸でも使用法によっては侵略武器となる。極論すれば、世界貿易センタービルに突入した民間機は侵略武器だろうか。防衛や侵略の定義は武器の優劣に因るものではなく、武力発揮の方向で定義されるべきものと考える。中国と軍拡を競う愚は理解できるし、軍備の上限を模索するのが政治であり、、軍政がシビリアンコントロール下に置かれることは当然のこととして、起こり得る危機に対して制服が力を発揮できる装備を与えるのもシビリアンコントロールの責任であると思うのだが。シビリアンコントロールに1家言をお持ちの小西議員や如何に。


宮古島市議会と沖縄県民投票に思う

2018年12月19日 | 防衛

 宮古島市議会が、来年2月に行われる辺野古埋め立ての賛否を問う県民投票関係予算の執行停止を議決した。

 同様に、浦添市等3市町が関連予算を否決・削除、石垣市・宜野湾市が県民投票反対を決議する等、オール沖縄を標榜する県知事の行動を懐疑的に見ている県民感情があることが窺える。更に、辺野古埋め立て工事用重機の鍵穴が壊されたり、埋め立て海域外への汚染防除施設が破壊されるという妨害行動が起きたことも併せて報じられた。従来から警備に当たる機動隊員に対する暴言や施工業者に対する妨害行動も報じられていたが、今後の妨害活動がより尖鋭化することも憂慮される事態である。過去の百里闘争、成田闘争に代表されるように過激な反対活動の多くが、住民主体ではなく地域外或いは県外から組織的に動員された共産党のオルグや中核派に代表される極左集団の活動家による組織的な活動が殆どであった。嘉手納基地の危険除去を1義とした辺野古移転問題も、反基地闘争が住民の意識を離れた反政府行動に変貌して最後には住民の信頼を失うという見慣れたプロセスを辿っているように感じられる。器物損壊まで発展した妨害活動に対する玉城沖縄県知事の「詳細が分からないのでコメントしない」も疑問である。県警を指揮して県内の治安を維持する責任を有する県知事としては、妨害犯の犯意はともかくとして犯罪抑止や、暴力的は行動を慎むよう訴える程度のコメントは出すべきで、県知事のダンマリは妨害活動の黙認・扇動とも捉えられかねず、行政官としての資質に疑問符を付けざるを得ないものと考える。IS(イスラム国)に代表されるように極端な原理主義者が、主張実現の近道としてテロ行為を選択する場合が多いが、辺野古移転阻止問題もマルクス主義賛美者の起こすテロ行為の感が強まって来た感じさえする。

 今回の宮古島市議会の決定は、他の市町村へ波及して同様の動きが拡大すると予測されており、県民投票自体の先行きが全く不透明になって来たと見られている。辺野古移設反対を主張する人は、オール沖縄の民意が玉城知事を誕生させたと自賛されているようであるが、オール沖縄は地域政党の呼称にしか過ぎず沖縄県民の一枚岩的は総意を示すことではないことをも自覚すべきでなないだろうか。嘉手納基地周辺住民は基地の早期移設を望んでおり、辺野古周辺を除く地域住民には国と県の不毛は争いに辟易した厭戦気分の方が強いのではとも推測するものである。