最初から旧約聖書の創世記の冒頭部分のナレーションが出てくる。神様は一日目に太陽を作った~、二日目に神様は海を作った~、三日目に神様はレコードを作った~、四日目に神様は・・・なんていきなり出鱈目な創世記の流れのナレーションから始める。さて、八日目に神様は何を作ったのか?
映画の分野と言えば色々あるが、本作はロードムービー。昔からロードムービーにはたくさんの名作があった。正反対の性格だったり、黒人と白人だったり、マトモな人間とちょっと精神的に問題がある人間だったり、全く立場の異なる者同士が、主に二人で目的地にまで進み、そこで観ている者は何かしら感動を得る。
今回紹介する映画八日目も、ロードムービーとしては王道ではあるが、組み合わせが会社のエリートとダウン症の少年の組み合わせ。しかし、昔から心身ともにマトモな人間と障害者の組み合わせのロードムービーと言えばレインマン、スケアクロウと言った名作があるように、障害者の方がダウン症と言ってもそれほど珍しい組み合わせでもない。
しかし、この映画が珍しいロードムービーであるのはファンタジーや非現実な世界が描かれている事。本作はダウン症の人に対する世間の目をありのままに描いていたりで厳しい現実が描かれていたりする。だが、神様が七日間で創り忘れていたために、八日目に創り出した物は何を意味するか?そのメタファーに気づいた時に、深く感動できる仕組みになっている映画だ。
もしも、そのメタファーに気づかなかったとしてもガッカリすることはない。人生に必要な物とは何かぐらいはわかるだろう。
それでは会社のエリートとダウン症の少年の奇妙な交流が描かれているストーリーの紹介をしよう。
ダウン症の少年ジョルジュ(パスカル・デュケンヌ)は施設に暮らしているが、何年も家族が面会に来ない。何とかして大好きな母親(イザベル・サドヤン)に会いたいジョルジュは犬を連れて施設を抜け出して、母親の所へ行こうとする。
大手銀行で教育を担当しているエリート重役のアリー(ダニエル・オートゥイユ)だが、会社では活き活きしているのだが、妻のジュリー(ミュウ=ミュウ)とは別居しており、娘二人も妻の元に行っている。
ある日のことアリーは会社のことで頭が一杯で娘二人が遊びに来ているの忘れてしまい、迎えに行くのを忘れてしまった。
夜中にもう死んでも良いやと、目をつぶって運転したら何かをハネてしまう。それは犬、その傍にジョルジュが立っていた。
アリーはジョルジュを彼の母親の家に送って行くのだが、そこには別の人が住んでいて既に母親は死んでいた。アリーはジョルジュの姉の現在住んでいる住所を聞いて、そこへ送りに行くのだが・・・
実はこの映画はダウン症の少年ジョルジュの描き方に容赦がない。非常にはた迷惑な行動を繰り返し、アリーを頻繁に悩ます。
女性に声を掛けても恋に発展しないで思いっきり泣き叫ぶ。何かと差別的に描かれているが、しかし、観ている我々は彼の笑顔に救われる。そして、実は一番彼の笑顔に救われているのが会社一筋だったアリーだ。
ダウン症のジョルジュは気持ちは純粋だ。アリーも次第にジョルジュに同情していくが、ジョルジュもしっかりとアリーの気持ちを慰めようとし、あるトンデモな行動を起こすのだが、これが最大の感動的な場面だ。
しかし、結末は悲しい。それは、この世での役目を終えたことに対する神様のいたずらな導きなのか?
ロードムービーが好きな人、ダウン症というものを少しでも考えたい人、人生で大切な物を知りたい人、どういう人間が神様に愛されるかを知りたい人・・・等に今回は映画八日目をお勧めに挙げておこう。ちなみにダウン症の少年を演じたパスカル・デュケンヌは、実際にダウン症であり、本作の監督の作品に出演していたりします。
八日目 [DVD] | |
ダニエルト・オートゥイユ,パスカル・デュケンヌ、,ミウ・ミウ | |
角川書店 |
監督はベルギーの俊英ジャコ・ヴァン・ドルマル。非常に寡作で知られる監督ですが、奇想天外なアイデアや映像は見応え充分。トト・ザ・ヒーロー、ミスター・ノーバディが良いです。