褒めまくる映画伝道師のブログ

映画の記事がメイン。自己基準で良かった映画ばかり紹介します。とにかく褒めることがコンセプトです。

映画 サブウェイ・パニック(1974) 地下鉄ハイジャック

2025年01月17日 | 映画(さ行)
 飛行機のハイジャック事件なら聞いたことがあるが、地下鉄をハイジャックするというアイデアが楽しいサスペンス映画が今回紹介するサブウェイ・パニック。地下鉄の電車をハイジャックして強盗犯たちはどうやって逃げるのかと思わさせる。ハリウッドらしい強盗犯の描き方だが、なかなか頭の良いリーダーがいるのだが、やっぱり気の短い奴も仲間に入っているという典型的なパターンを本作でも踏襲している。また、こういう短気な奴がスリルを盛り上げるのに一役買っているから、このキャラクターは外せないということがハリウッドのサスペンス映画を観ていたらよくわかる。

 地下鉄公安局警部補と強盗犯との駆け引きが楽しいストーリーの紹介を。
 ニューヨーク市において地下鉄が4人組の男にハイジャックされるという前代未聞の事件が発生。17人の乗客と1人の車掌が人質に取られてしまう。犯行グループの声明は今から1時間以内に100万ドルを用意すること。1分遅れるごとに人質を1人殺すという内容だった。地下鉄公安局警部補ガーバー(ウォルター・マッソー)と強盗犯のリーダー格である男(ロバート・ショウ)との息詰まる交渉が始まってしまうのだ・・・

 強盗犯の4人組だが、よく似たような恰好をして、ブルー、グリーン、グレイ、ブラウンというように色で呼び合っている。クエンティン・タランティーノ監督の傑作レザボア・ドッグスのアイデアは本作から活かされていることが興味深い。そして、時間が1分毎に遅れると人質を1人殺していくというタイムリミット型サスペンスを盛り込むことによって緊迫した展開が繰り広げられる。また、犯人グループも単に100万ドルを用意させるだけでなく、色々と条件を重ねてくるだけに面倒な奴らだ。
 しかし、犯人グループは地下鉄の電車で100万ドルを受け取った後に、どうやって逃走するのか。単なる計画性のない頭の悪い犯人グループなのか。これがガーバーと同じく見ている我々も考えさせられる。ここでネタバレをしてしまうと、これと同じ手口を使った犯罪が増えるといけないので控えておこう。
 そして交渉の駆け引きも楽しいが、ニューヨーク市長や地下鉄の職員の描き方も興味深い。人の命が掛かっている時に頼りなかったり、自己中の奴が出てくるような、人間の醜さも同時に描かれていることも褒めたいところだろう。
 音楽もサスペンスを盛り上げるし、ラストのウォルター・マッソーの名演技も見もの、そして何より普段から風邪をひかないように気をつけようと思える。何はともあれスリルを求める人に今回はサブウェイ・パニックをお勧めに挙げておこう

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2 コメント

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「サブウェイ・パニック」について (風早真希)
2025-01-21 17:46:20
この「サブウェイ・パニック」は、地下鉄のハイジャックを小味なスリルを盛り込んで描いた、サスペンスたっぷりの傑作だと思います。

1970年代の前半は、「ポセイドン・アドベンチャー」「エアポート'75」「タワーリング・インフェルノ」といったパニック映画の大流行で、この映画もその一種には違いないのですけれど、大型パニック映画とはひと味違った特色を持っているのです。

大特撮も大音響も大スターの競演もありませんが、小味のスリル、緊迫したサスペンスに満ちあふれていて、記憶に残る忘れ難い作品になりました。

素材になっているのは、世界一とも言われるニューヨークの地下鉄です。
地下鉄ということで思い出されるのが、ラリー・ピアース監督、マーティン・シーン主演の「ある戦慄」という映画です。

深夜のニューヨークの地下鉄で、二人のならず者が乗客たちを脅して嫌がらせを始めます。
その暴力に対する市民の無力を描いた作品でした。

薄汚い地下鉄のロケもなかなか迫力があって、今にして思えば、あれもパニック映画の走りだったのかも知れません。
とにかく、現代社会の恐怖という点では、通じていたように思います。

そして、この映画「サブウェイ・パニック」は、まだ現実には例を見ない地下鉄のハイジャックの顛末を描いた作品なのです。
ジョン・ゴーディーの原作は、当時のアメリカで大ベストセラーになって、このために、それまで全く売れなかったゴーディーの以前の本まで大いに売れるようになったと言われています。

ピーター・ストーンの脚色は、原作とはかなり違っていますが、要するに四人の男がニューヨークの地下鉄IRT線のペルハム123号をハイジャックし、運転士、車掌と乗客17人を人質にして、ニューヨーク市長に百万ドルを要求し、見事それを奪った-----という点では忠実でした。

映画では、犯人たちの名前もわかりやすくブルー(「バルジ大作戦」「ジョーズ」のロバート・ショウ)、グリーン(「オリエント急行殺人事件」「警視の告白」のマーティン・バルサム)、それにグレイ(ヘクター・エリゾンド)、ブラウン(エール・ハイドマン)とまさに色分けされ、おまけに彼らが互いに「ミスター」を付けて呼び合うおかしさ。

そして、首領のブルーと知能の限りをつくして、心理戦の戦いを行なう市営地下鉄公安局の警部補ガーバーが、コメディ、シリアス物など何をやらしてもうまいウォルター・マッソーという陣容なのです。

軍人くずれのブルーは、金次第でコンゴでもどこでも戦争のあるところで、指揮官をして稼いで来た傭兵の専門家ですが、目下、戦争がなくて失業中。
グリーンは、麻薬事件でクビになった臆病な元地下鉄の運転士。やたらにマシンガンを撃ちたがり、女には手を出すファナティックなグレイは、素行が悪くてマフィアから追放されたという若者。
ブラウンは、頭も腕もあまりよくないが、とにかく首領のブルーに忠実な男。

彼らは緻密な作戦通り、次々と各駅から乗り込んで部署に付き、運転士を脅して運転室を占領し、車掌も連行し、10両の電車のうち、後部の9両を切り離して逆行させ、先頭車両に17人の人質を押さえて、運転席の直通電話でグランド・セントラルの管制タワーと交渉に入るのです。

ブルーという頑丈な男は、ビアフラ歴戦の軍人で、生きるか死ぬかという単純な哲学の信奉者。
1時間以内に百万ドルを少額紙幣の束で持って来いという要求を出して、1分遅れれば一人ずつ人質を殺すと言い、事実、約束と違って市警の狙撃隊が止まっている電車に発射すると、冷徹に人質の車掌を射殺するのです。

急いで札束を運ぶパトカーの方がひっくり返って事故を起こしているのに、一切の妥協を拒否するブルーは、狭い運転室で静かにクロスワード・パズルを解いている。

凶暴なグレイが統制を乱すと、簡単に射殺してしまいます。
最後に失敗して、もはやダメとなった時、警部補ガーバーに「ニューヨークには死刑がまだあるか」と聞いて、「廃止された」と言われると、残念とばかり電流の通じた線路を両足で踏ん張って、壮烈な感電自殺を遂げるのです。
生か死かの単純人間を、ロバート・ショウが実に面白く演じていたと思います。

この映画をサスペンスという観点から見ると、ペルハム123が、駅と駅の中間で止まってしまって全線を麻痺させ、いくら呼んでも応答しなかった電話から、やがて「我々はハイジャックした」という通告と要求が聞こえて来た時、管制タワーの人間も公安官も、誰も信じることをせず、気が狂っているとしか思わなかったのです。

それは、例え人質を武器に百万ドルを手に入れるまでは可能にしても、どこまで行ってもトンネルの地下鉄から、どうして犯人が脱出する計画を持っているのか、想像がつかなかったからなのです。

むろん警察は、あらゆる駅の地下、地上を押さえてしまいます。
しかし、ガーバー警部補は思います------「電車を奪い、分離し、金を手に入れるまで、彼らは不可能と思われることに全部成功して来た。だから脱出についても、なにか成算があるのだ」と。
このトリックに彼がいつ気が付くかが、一つの大きな見どころになっています。

もう一つは、人質の中に一人の私服の警官がいた、ということです。
原作の小説では、反体制の妙な恋人のことばかり思っている長髪のこの警官のことが、初めから描かれているのですが、映画では、切り離された方の車両に残った同僚の言葉から、一人の警官が17人の人質の中にいるとしかわからない。
これが誰で、男か女か、いつ何をするのか、という期待-------。

この二つが、ストーリー上でのポイントとなってサスペンスを引きずり、画面的な緊張としては、子供連れの婦人から、洒落た黒人青年、娼婦、アル中の女など、さまざまな人質の人間模様と、犯人たちがひそかに降りてしまってからの電車が、犯人たちの要求通り、全部青信号になったトンネルを高速で暴走する恐怖が、かぶさるわけです。

これはなかなかの出来でした。最後の字幕で、製作者はニューヨーク市交通局の協力に感謝した後、「ただし交通局は、この映画になんの技術的なアドバイスも与えていない」と後難に備えた予防線を張っているのですが、日本だったら、こんな内容の映画にはロケ一つ許さなかったでしょう。

例えば、佐藤純彌監督、高倉健主演のサスペンス・パニック映画の大傑作「新幹線大爆破」の撮影の協力が、当時の国鉄から全く得られなかったように。

全ての電車の動きが点滅する電気の灯りでわかる管制タワーの連動盤とか、運転士が急死したり不在になってブレーキ・ハンドルにかかる手の重みがなくなると、自動的に作動するデッドマン装置とか、こういう特殊な仕掛けが映画の決め手になっているのですが、それが実際そのままかどうか、本当の犯罪の手引きになってはいけないから、知らないよ、というわけでしょう。

苦虫を噛み潰したようなガーバー警部補役のウォルター・マッソーは、例によって実に達者な演技で、我々映画好きを喜こばせてくれます。

特におかしいのは、この映画の冒頭です。
暇で仕方のない彼が、東京の地下鉄から来た視察団の案内を押し付けられるシークエンスです。
何を説明しても、日本人たちは、にこやかにお辞儀をするだけで無反応。

彼らは英語がわからんのだと参ってしまったウォルター・マッソーが、途方に暮れて管制室に連れて行くと、ハイジャックの事件にぶつかり、それではサヨナラと言うと、日本人たちは見事な(?)英語でお礼を言って去って行くのです。
この生態、かなり日本人の真相に近いのではないかと、思わずニヤリとしてしまいます。

原作の小説では、たった一行のところを、実にうまい導入部として膨らませていたと思います。
こういう事態に対応する顔としては、ウォルター・マッソーはもう、うまいというしかありません。

そして、もう一つおかしいのは、どうやらニューヨーク市に風邪が流行しているという設定らしいということです。
身代金を要求されて、どうしていいかわからない無能な市長(リー・ウォーレス)が、高熱の重症であるのはともかく、マーティン・バルサム扮するグリーンも、たびたびクシャミをします。

そして、このことが重要な伏線となり、犯人グループでたった一人、脱出に成功した彼の命取りになるという、実に皮肉な結末へとつながるのです。

そして、その時のウォルター・マッソーの顔が、もう最高です。
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風早真希さんへ (ディープインパクト)
2025-01-23 07:56:34
コメントありがとうございます。凄い知識にいつも感嘆しております。『ある戦慄』は観たことがありません。機会があれば観るようにします。毎度のことながら勉強になります。
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