褒めまくる映画伝道師のブログ

映画の記事がメイン。自己基準で良かった映画ばかり紹介します。とにかく褒めることがコンセプトです。

映画 グリーンブック(2018) 白人と黒人のロードムービー

2025年01月10日 | 映画(か行)
 実話をベースに白人と黒人が人種差別が色濃く残るアメリカ南部を一緒に旅するロードムービーの傑作が今回紹介するグリーンブック。最初はいがみ合いながらも、仲良くなっていくロードムービーのド定番の内容。しかしながら、本作は単に人種を超えた友情を描くだけでなく他にも色々と考えさせられるテーマが描かれている。タイトルの意味だが、黒人が寝泊まりできるホテルを紹介するガイドブックのこと。このような本が存在したということ自体が、人種差別の実態を知らしめている。

 性格以外にも何から何まで正反対の2人のツアーを描いたストーリーの紹介を。
 1962年のニューヨークにおいて、ナイトクラブの用心棒をしていたトニー(ヴィゴ・モーテンセン)が店の改装工事のために仕事をなくしてしまう。家庭もありお金に苦労しそうだったのだが、友人の紹介で仕事の斡旋の面接を受けることになる。それは、黒人ジャズピアニストドン・シャーリーマハーシャラ・アリ)がアメリカ南部をツアーするための運転手兼身の回りの世話係。トニーは黒人に対して偏見を持っていたのだが、金に困っていたので仕事を引き受ける。トニーとドン・シャーリーはアメリカ南部へ演奏会へのツアーに出掛けるのだが・・・

 トニーはナイトクラブの用心棒をしているぐらいだから腕っぷしは強くて、粗野な性格が目立ってしまう。しかし、イタリア系アメリカ人であり家族思いで妻を愛している。一方、黒人のドン・シャーリーだが天才ピアニストであり、しかもきめ細かくて律儀な性格。そして、彼は立派なコンサートホールの上階で壮麗な部屋を構えて、お手伝いさんを雇い悠々と生活している。そして、何かとエリート意識が強いためにマナーを知らないトニーを見下しているところがある。
 ドンがアメリカの南部をツアーで回ると聞いて、アホかと思った。1960年代前半のアメリカ南部の白人が黒人に対する人種差別は恐ろしいものがある。だからこそ腕っぷしの強いトニーみたいな男を運転手として雇いながらボディガードの役目とするのだが。実際に、ドンは各地で暴力にあったり、理不尽な差別を受けたりする。金に全く困っていないのに何でアメリカ南部で危険を冒してまで演奏ツアーを回ろうとする?と多くの人が思うはずだが、彼の意図を知った時、その熱い想いに胸をうたれた。
 何かと堅物すぎるドンと粗野なトニーの互いの長所と短所が上手く混ざり合っていき、影響しあう展開が非常に巧みに描かれている。音楽、チキンナゲット、手紙などで2人は友情が芽生えていく展開も良い。しかし、それ以上に俺が惹きつけられたのが、とにかく約束は果たすという心意気。トニーの仕事の契約に対する責任感は非常に見習いたいところ。ついでに喧嘩が強いところも見習いたい。そして、ドンの方もツアーを色々と酷い目に遭いながらも無事に終えた安堵感に浸るだけでなく、トニーの奥さんとの約束を果たす。ドンとトニーの奥さんとの間に約束があったことを忘れそうになっていたが、これも感動させられた。
 他にも印象的なシーンとして奴隷のように働かされていた南部の黒人たちが、ドンとトニーの関係を不思議そうに眺めているシーンや、イタリア系家族の賑やかさや、ドンの秘密や孤独など感じることが多いのも本作の見せ場。ケネディ兄弟を会話で出してくるなど時代背景にも考慮しているのも好感が持てる。そして前半の伏線を後半でしっかり回収する構成の巧みさも褒めたいところだ。
 他にもヴィゴ・モーテンセンの役作りや笑いが多いところなど褒め足りない部分もあるように思ったりするが、多くの人に観てもらいたい映画として今回はグリーンブックをお勧めに挙げておこう

 監督はピーター・ファレリー。今回は1人で監督しているが弟のボビー・ファレリーと一緒に監督することが多い。その中でもメリーに首ったけが下ネタで大いに笑わせてくれる

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映画 黄色いロールス・ロイス(1964) ヨーロッパを舞台にしたオムニバス

2025年01月07日 | 映画(か行)
 個人的にはオムニバス映画というのは好きでもないのだが、今回紹介する黄色いロールス・ロイスは、明るくて楽しい映画。3編のストーリーから成るが、タイトル名にもなっている黄色いロールス・ロイスが全編に渡って活躍するが、個人的にはいずれのストーリーも恋の場所として提供されているのにウケた。そして、1930年代のロールス、ロイスって、こんな形をしてたんだと少しばかり驚いた。更に驚きなのが当時の大スター達の共演。もちろん今では故人になられた方もいれば、今でも活躍している女優さんも出てくる。

 戦前から戦中にかけて黄色いロールス・ロイスが活躍するストーリーを紹介しよう。
 戦前のロンドンにおいて。チャールズ侯爵(レックス・ハリソン)は妻エロイーズ(ジャンヌ・モロー)との結婚10周年記念にロールス・ロイスを購入する。そして自分の馬が大レースに出走するために競馬場へエロイーズを伴なって行くのだが・・・。
 3万キロ以上走ったロールス・ロイスがイタリアに渡っている。マフィアのパオロ(ジョージ・C・スコット)はアメリカから婚約者であるメイ(シャーリー・マクレーン)を連れて旅行中。しかし、パオロはどんな遺跡を見せても感動しないメイに苛立っていた。しかし、メイは車屋にあったロールス・ロイスに感激してしまいパオロはキャッシュで払う。彼らはロールス・ロイスに乗って観光しているとイタリア人で観光客相手にカメラを撮っているステファーノ(アラン・ドロン)と出会う。パオロが仕事で一旦アメリカに帰り、イタリアを3週間離れることになるのだが、その間メイはステファーノと親しくなってしまい・・・
 1941年、ユーゴスラビアの国境に近いイタリアのトリエステに、ロールス・ロイスがあるのだがもう既に古びてしまっている。アメリカの富豪のミレット夫人(イングリッド・バーグマン)はこの車に乗ってユーゴスラビアの国王に会いに行こうとするが、一緒にユーゴスラビアへ帰りたがっていたダビッチ(オマル・シャリーフ)をついでに乗せる。しかし、ユーゴスラビアに到着した途端にナチスドイツの攻撃が激しくなる。その現状を見て見ぬふりができないミレット夫人は実はユーゴスラビアのバルチザンの指導者であったダビッチと行動を一緒にするのだが・・・

 凄い豪華スターが出てくる。イングリッド・バーグマンは本作が公開された時は49歳ぐらいだが綺麗。そして、非常に気が強い女性を演じているのが興味深く、笑わせる。絶世の美男子のアラン・ドロンがイタリア人役というのはイケてなかったが、可愛い時のシャーリー・マクレーンとキスしまくっているのは流石に感じた。
 3編とも、前述したがロールス・ロイスが結ばれぬロマンスの場になっているのが笑えるし、今思うとほろ苦くも感じる。そして、ロールス・ロイスが3編目ではボロボロになりながらも輸送機として大活躍しているのには笑えた。結局このロールス・ロイスがどのような運命を辿るのかは本作を観てもらおう。なかなかユーモアも効いており、楽しい気分になれる映画として今回は黄色いロールス・ロイスをお勧めに挙げておこう

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映画 コントラクト・キラー(1990) 自暴自棄になっている主人公です

2024年12月30日 | 映画(か行)
 俺なんかは、人生やってられね~、なんて思って何もかもが面白くない時がある。競馬の馬券が全く的中しない時なんか毎回そのように思ってしまう。そんな時がずっと続くとストレスが溜まってついつい大食いに走ってしまう。そんな俺と同じく人生が嫌になってしまう主人公を描いたのが今回紹介する映画コントラクト・キラー。しかし、この主人公は俺よりもその度合いが深刻なのだが、その様子を見ていると何故か笑えてしまう。まあ、何か楽しいことが一つでもあれば生きていける。俺だってその週の競馬の馬券が外れても、また来週の競馬を楽しみに生きている。

 さて、誰でも自暴自棄になってしまうことがあるとは思うが、それでも生きていけると思えるストーリーの紹介を。
 フランス人のアンリ(ジャン=ピエール・レオ)はイギリスの水道局で働いている。そんな彼は友達もおらず、しゃべることも殆どない。唯一の趣味は自宅のアパートの屋上で飼っている花に水を与えていることぐらい。ある日のこと、アンリは上司に呼ばれて、解雇を宣告されてしまう。 
 すっかり落ち込んでしまったアンリは首吊りやガス自殺を試みるがなぜか上手くいかない。しかし、彼はコントラクト・キラー(雇われの殺し屋)の存在を知り、その事務所を訪ねて、自らに殺し屋を差し向けるように依頼する。
 アンリは住んでいるアパートの前にある酒場で殺し屋を待っていると、その店でバラを売っているマーガレット(マージー・クラーク)に一目惚れ。恋に落ちたアンリは再び生きる気力を取り戻すのだが、既に殺し屋はアンリに向けられていた・・・

 主人公に起きてる事は、かなり深刻なのと裏腹にかなり笑える。殺されるのを断ろうとして再度コントラクト・キラーの事務所を訪ねるも何時の間にやら壊されていたり、挙句の果てに強盗殺人犯の濡れ衣を着せられて警察からも逃亡する羽目になったりで、生きる気力を取り戻してからも笑える展開が続く。もちろん殺し屋もしつこく追いかけてくる。
 しかし、主人公のアンリを演じるジャン=ピエール・レオ(フランソワ・トリュフォー監督作品の常連の人)だが,終始無表情のままなのがシュールで笑えるし、セリフも主人公だけでなく他の人間も極端に少ないのだが、そのセリフの一つ一つを取ってみても独特の間があり笑わせる。何かと笑わせる展開が続くが、イギリスの階級社会に対して皮肉を効かせているのも見逃せないし、派手さの無いモノトーンな映像も見せるべき点として挙げておこう。
 台詞が少なくて、登場人物達が無表情。そして結構な出来事が起きているのにオフビートな作風、そしてアキ・カウリスマキ監督の作品と聞いて心が躍る人に今回はコントラクト・キラーをお勧めに挙げておこう

 監督は先述したフィンランドの俊英アキ・カウリスマキ。小津安二郎監督のような独特な作風が印象的。敗者三部作といわれる浮き雲過去のない男、そして個人的に大爆笑できたのがレニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ、そしてル・アーヴルの靴みがきなどがお勧め







 
 
 

 
 
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映画 群衆(1941) メディアの暴走の怖さを描く

2024年12月29日 | 映画(か行)
 メディアの役割とは何だろう?最低限として事実を伝えることが挙げられる。しかし、彼らとて視聴率稼ぎや、発行部数の伸びに目が行き過ぎてしまい本来の役割を忘れて暴走することがあるかもしれない。情報を得る手段として今でもテレビや新聞といった媒体を利用することが多い我々だが、そのようなメディアがでっち上げの記事を作り上げてしまうことの恐ろしさを感じることができるのが今回紹介する映画群衆。勝手にヒーローを作り上げて、民衆を扇動する様子が描かれている。そして、メディアを私利私欲に使って権力を握ろうとする人間が現れることの恐怖が本作から知らされる。

 メディアに踊らさせられる個人の悲劇を描いたストーリーの紹介をしよう。
 ある地方の新聞社だが経営陣が一掃され、大量の解雇通告を行っている。その中には女性コラムニストのアン(バーバラ・スタンウィック)の姿もあった。解雇処分に納得できないアンは腹が立った勢いで、ジョン・ドウという人物を勝手にデッチ上げ、ジョン・ドウの署名で『州知事の無策のせいで4年間無職のままであり、その腹いせにクリスマスイブの日に市庁舎の屋上から飛び降り自殺する』という記事を載せる。ところが瞬く間にこの記事が読者の間で反響を呼び、新聞社に我こそはジョン・ドウだと言う浮浪者で溢れかえる。
 そこでアンは一計を案じて、浮浪者の中から元野球選手の投手だったジョン・ウィロビー(ゲイリー・クーパー)をジョン・ドウに仕立て上げ、さらに新聞の売り上げを伸ばそうと画策する・・・

 アンの策戦はまんまと成功して、彼女は解雇を免れただけでなくボーナスも手に入れる。そして、社長のD.B.ノートン(エドワード・アーノルド)の直属の部下としての地位まで手に入れる。前半は本当に嫌な女として描かている。
 そして、ジョン・ウィロビーはジョン・ドウとしてアメリカ全土を回らせられ、アンが書いた原稿を手にして、社会の弱者になってしまった民衆の心に刺さるような講演を行い、各地でジョン・ドウ・クラブができてしまうほどの超人気者になってしまう。勝手にジョン・ドウに仕立てられ、良心の呵責もあり迷惑がっていたのだが、次第に正義感に目覚めていく展開が気持ち良い。
 しかしながら、この運動を利用して国政の場に打って出ようとしているのが社長のD.B.ノートン。その企みに気づいたジョン・ウィロビーだったが、D.B.ノートンに先手を打たれて全米の観客を前にして正体をばらされる。この時にジョン・ウィロビーは一斉に罵声を浴びてしまう。このシーンが大衆心理を表していて恐ろしい。この映画の原題はMeet John Doe(ジョン・ドウに会う)なのだが、邦題を群衆にしている意味が理解できるシーンだ。そして、前述のアンの思い付きの記事の通りにジョン・ウィロビーはクリスマスイブの日に市庁舎の屋上に向かうのだが・・・ここからのネタ晴らしは止めておこう。
 メディアの力によって、一個人がアメリカの英雄として祭り上げられて、邪魔になったらどん底へ引きずり下ろす怖さを思いしらされた。しかしながら、観終わった後に民衆の逞しさを感じることが出来る。ジョン・ドウという架空の人物に、次第に芽生えてくる大義は多数でなくとも少数の人間の心に届いていたのだ。強大なパワーを持ったメディアの力に民衆が打ち克つ瞬間を見ることができる。第二次世界大戦中の映画であるが、今の時代を思うと先見の妙を感じさせる映画だ。社会風刺劇の装いだが、恋愛劇の要素もあり、笑えるシーンもあったり、最後は気持ちの良いところでエンディングを迎える映画ということで今回は群衆をお勧めに挙げておこう

 監督はアメリカの正義と良心を大いなる理想主義で描き続けたフランク・キャプラ。彼の作品は本当に気持ち良くなる。或る夜の出来事素晴らしき哉、人生!オペラ・ハット一日だけの淑女我が家の楽園、彼にしては珍しいサスペンス毒薬と老嬢がお勧め











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映画 ガンジー(1982) インド独立の父の伝記映画

2024年12月27日 | 映画(か行)
 どんな残酷な暴力に対しても徹底的な非暴力を貫き、そして絶対に不服従。そして、大英帝国からインドの独立を勝ち取ったマハトマ・ガンディーの生涯を描いた伝記映画の傑作が今回紹介するガンジー。どれだけのエキストラの人数が参加しているのかと思わさせられる圧倒的な映像と共にガンジーの生き様に感動させられる。
 彼の生き様に影響された有名人物は多い。例えば『I Have a Dream』の演説で有名なアメリカの運動家であるキング牧師、チベット仏教最高の指導者であるダライ・ラマ14世などが挙げられるだろう。俺なんかは、やられたらやり返せ!って直ぐに思ってしまうのだが、本作を観て大いに反省させられた。

 それではインド独立の父とよばれる男のストーリーを紹介しよう。
 1893年のイギリス領南アフリカにおいて弁護士をしていたインド人のガンジー(ベン・キングズレー)は理不尽な人種差別を受ける。そのことが切っ掛けで人種を超えた農園を造成し、人種差別政策を行うイギリス政府に対して抵抗運動を行う。一定の効果を得てガンジーは第一次世界大戦中にインドへ帰る。
 南アフリカでの活動によってインドでも民衆から大きな拍手で迎えられるガンジー。彼は大英帝国からの独立を目指すインド国民会議のネルー(ロシャン・セス)のアドバイスもあり、インドを見回る旅をするのだが、そこでインド国民が圧政に苦しんでいる姿を見てしまい・・・

 実は俺の勉強不足のせいもあり、ガンジーが南アフリカで弁護士活動をしていたことは全く知らなかった。しかし、南アフリカでの出来事(人種差別や不当な暴力)が彼のその後の生きる使命を与えることになる。彼の非暴力を貫く姿がインド人の心にも響き、その非暴力を武器にイギリスと戦う。例えばイギリスから入ってくる衣類の非買運動、ストライキ、イギリス政府から禁止されていた塩の生産、そしてデモ行進を駆使する。そして、ガンジーの凄さを感じるのがそのカリスマ性。ガンジーの一声で先述した抵抗運動がインド人全員を行動に駆り立てるのだ。
 ガンジーが偉いのはインド人がイギリスの憲兵に対して、暴力を振るってしまうことにも嘆き悲しむこと。彼の中にはイギリス人に対しては敵対心はなく、人間全員と仲良くやっていこうという善意であふれている。そしてインド人の暴動に胸を痛めて断食まで行うとは、とにかくストイック過ぎる。また、ガンジーが断食していることを知ったインド人は、暴動を止める。どこまでインド人はガンジーの事を慕っているのか。我が国の元首相には友愛精神を説いていながら、国民からすっかり見放されてしまったのとえらい違いだ。
 しかし、インド全体を複雑化しているのが諸々ある宗教。ヒンドゥー教、イスラム教、シーク教、ユダヤ教・・・。この宗教の争いにはガンジーをもってしても最後まで悩まされる。イギリスからの独立に際してインドとパキスタンに分離されてしまうが、そのことはインド独立後もガンジーを苦しめる。宗教の争いが現代にも続いていることを考えると本当に難しい問題だと痛感する。
 この世の中を見ると圧倒的な暴力の力をもってして他国に戦争を吹っ掛けるのを見掛ける。我が日本も隣の国を見るとならず者国家で囲まれている。そんな状況で日本はどこまでガンジーの信念を取り入れることができるのか?しかし、ガンジーの生き様は現代社会においても少しばかりの光を与えることは確かだろう。
 ガンジーと言えば非暴力の面にスポットが与えられがちだが、理不尽なことに対する不服従の精神の面も忘れてはならない。劣悪な法律が日本に存在したり作られそうになったりするが、そんなものに服従していてはダメだ。選挙に行かない人がいるが、ガンジーの不服従の精神を見習え。日本人にとっても考えさせられる伝記映画であるガンジーを今回はお勧めに挙げておこう

 監督はイギリス人のリチャード・アッテンボロー。イギリス人がマハトマ・ガンディーの伝記を映画化することに興味が湧きます。反戦ミュージカルの傑作素晴らしき戦争遠い夜明けがお勧め










 
 

  
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映画 グリーンマイル(1999) 感動する死刑映画 

2024年12月25日 | 映画(か行)
 ハリウッドは死刑をテーマにした映画が多い。その中でも特に名作として誉れ高いのが今回紹介する映画グリーンマイル。人気モダンホラー作家スティーヴン・キング原作の同名タイトル小説の映画化作品だ。ハリウッド映画なんてものはリベラルの代弁者みたいなものだから、死刑制度の映画を撮ると反対を訴えかけるような内容が殆ど。しかし、本作はそのようなありきたりなテーマを描いていない。
 しかも、死刑をテーマにした映画は殆どがガチのリアル志向。しかし、本作は超能力を使う囚人が登場するようなファンタジー映画になっている。

 観た後はそりゃ~誰もが感動するやろ!となるストーリー紹介を。
 1930年代のアメリカ南部の刑務所において。死刑囚を収監する刑務所の看守であるポール(トム・ハンクス)のもとに、双子の少女を強姦殺人した罪でコーフィー(マイケル・クラーク・ダンカン)が送られてくる。コーフィーは黒人で人並外れた巨体であり、最初は看守たちも恐る恐る接していたのだが、意外にもコーフィーには暗闇を怖がったりするような気弱な面や優しい一面があることを知る。ポールは次第にコーフィーが人を殺せるわけがないだろうと思うようになっていくのだが・・・

 看守であるポールはオシッコをするのにも激痛が走るほどの尿道炎に罹っているのだが、コーフィーが簡単に治してしまう。それ以外にも極悪看守に踏みつけられて死にかけているネズミを救ってあげたり、脳腫瘍を患っているポールの上司の奥さんを治してやったり、奇跡の連発。こんな優しくて、人助けまでするコーフィーは冤罪であるのは観ている誰もがわかる。しかし、不思議なことにコーフィーは声高に冤罪を訴えるわけでもなく、むしろ逆に死刑が実行されるのを大人しく待っている気配すらある。それは何故なのか?その答えを知った時、多くの人が感動を得ると同時に自らの人生を省みることになるだろう。生まれながらにして超能力を持ってしまったコーフィーが、なぜこの世に現れたのか?それは人類の救済のために罪を被ったイエス・キリストと重なる部分が多々ある。本作はこのように宗教的示唆が含まれている。
 主な刑務官は5人登場するが、主演のポールを演じるトム・ハンクスを始め、他の4人も見せ場充分に描いている。その中には刑務所を舞台にした映画らしく極悪な看守も登場する。そして、もちろん死刑囚もコーフィーみたいな良い奴ばかりではなく、さっさと死刑にしろよと思えるぐらいの悪い奴や悔い改める死刑囚も登場する。このように善人と悪人、正義と悪の対比が上手く存在している辺りにも妙に感心させられた。
 ちょっと良いシーンを入れ過ぎたり、登場人物の描写を丁寧に描きすぎて、ヒューマンドラマの割に3時間を超える映画になってしまったのが残念だが、最後には感動が連発してやってくる。これだけの超能力を持った人間を生かしておけば、病気で苦しんている全員を治せるじゃんと残念な気持ちもちらつくのだが、それは俺の浅はかな考え。そのことは超能力を持ってしまった当の本人であるコーフィーが急に語りだす台詞で明らかになる。俺も超能力が欲しいなんて思っていたが、やっぱり要らね~。
 他にも書きたいこともあったり、逆に書き忘れているんじゃないかと思えたりするぐらいのテーマが含まれている作品。死刑を扱っている割に奥の深さを感じさせる映画として今回はグリーンマイルをお勧めに挙げておこう

 監督はフランク・ダラボン。本作と同じくスティーヴン・キング原作のショーシャンクの空にミスト、そして赤狩りをテーマにしたジム・キャリー主演のマジェスティックがお勧め。最近は何故か監督作品が無いのが残念です










 
 

 

 







 


 

 

 
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映画 ゲット スマート(2008) アクションとコメディの融合

2024年12月18日 | 映画(か行)
 なんだかんだ言ってもアクションが凄くて、笑える映画というのは楽しめる。アクションとコメディが程よく合致した映画が今回紹介するゲット スマート。元々は1960年代のテレビシリーズが基ネタ。そんなことは知っていても、知らなくてもどうでも良いのだが、多くあるスパイアクション映画に対してオマージュを感じさせられる作りになっている。

 早速だがストーリーの紹介を。
 秘密諜報機関コントロールの情報分析官として優秀な能力を持つマックスウェル(スティーヴ・カレル)。しかし、彼は長年にわたり現場の諜報員として働くことを夢見ており、諜報員としてのテストもクリア。ようやく念願の諜報員として現場の第一線で働けるかとおもっていたのだが、チーフ(アラン・アーキン)が優秀な分析官マックスウェルが抜けることに痛手を感じていたために諜報員への異動を断たれてしまう。
 しかし、ある日のこと国際犯罪組織カオスによって、コントロールは本部が壊滅。そのことによって顔バレしてしまったコントロールの諜報員が世界中で殺害されてしまう。諜報員が居なくなってしまったために、チーフは仕方なくマックスウェルを諜報員に異動。そして、偶然にも整形手術直後のベテラン女スパイのエージェント99(アン・ハサウェイ)とコンビを組み、カオス撲滅のためにロシアへ向かうのだが・・・

 笑えるか笑えないかは別にして、30秒に1回はギャグが出てくる。個人的には3割ぐらいはウケた。マックスウェルとエージェント99による凸凹コンビでマックスウェルの失敗をエージェント99が始末するというパターン。しかし、マックスウェルを演じるスティーヴ・カレルが真面目な顔をして失敗するのが笑える。しかし、質の程度こそあれ、ギャグのアイデアの多さに感心させられた。
 笑いだけでなく、アクションもそれなりに楽しめるし、ハリウッドらしさを感じるのが政治に対して皮肉っていること。特に副大統領を茶化しているのにはアメリカの懐の深さを感じる。
 スパイアクションに付き物のガジェットが案外ショボいし、それをマックスウェルが使いこなせないシーンなんかは笑える。こんなスパイが本当に暗躍していたら世界が危機に陥ることに不安を感じざるを得ないはずだが、そんな心配をぶっ飛ばすようなノー天気な展開が楽しい。そしてアン・ハサウェイがセクシーなのも良い。何はともあれ肩の力を抜いて観ることが出来る映画として今回はゲット スマートをお勧めに挙げておこう

 監督はピーター・シーガル。本作のようなコメディに腕を発揮する。アダム・サンドラー主演の50回目のファースト・キス、これもアダム・サンドラー主演のロンゲスト・ヤード、シルヴェスター・スタローン、ロバート・デ・ニーロ共演のリベンジ・マッチがお勧め






 
 
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映画 隠し砦の三悪人(1958) これぞ世界の黒澤

2024年10月06日 | 映画(か行)
 ここ数年において、スポーツの世界で日本人が多く活躍しているが、 日本人で最初に世界の〇〇と言われたのは映画監督の黒澤明だろう。そんな世界の黒澤はヒューマニズム溢れる作品にも名作はあるが、その手腕は娯楽時代劇において最も発揮された。数多ある傑作時代劇作品群の中でも徹底的に娯楽に特化したのが今回紹介する映画隠し砦の三悪人。よく言われることだが、本作はあのSF映画の名作スターウォーズに影響を与えていることで有名。あのショボいロボットコンビは本作に登場するお笑い担当の2人組が基ネタになっている。
 
 早速だがストーリーの紹介を出来るだけ簡単に
 農民の太平(千秋実)と又七(藤原 釜足)は報奨金が目当てで山名家と秋月家の合戦に参加するが、ボロボロになって逃げ伸びたところを、屈強そうな男である真壁六郎太(三船敏郎)と出会う。六郎太は一目ダメダメそうな太平と又七を利用して、御家再興のために世継ぎである雪姫(上原美佐子)と二百貫の金貨を持ち出すために敵中突破を企てるのだが・・・

 ストーリーは前述したように非常にシンプル。しかし、敵陣地の中を強行突破するアイデアの数々は小気味良いし、アクションも楽しい。特に三船が馬に乗って敵を追いかけるシーンは迫力がある。競馬のジョッキーでも出来ないような馬乗りシーンは記憶に残る。
 仲が良いのか悪いのか、よくわからないロボットコンビではなくて農民の二人組は結構笑わせる。多少の危険なミッションも大量の金貨に釣られてしまう強欲さはブラックユーモアを感じさせる。そして、この二人組が、何度も六郎太の足を引っ張るのも笑える。
 アイデアの良さと逆に、ちょっと無理なんじゃねぇ~と思わせるシーンもあったりするのも愛嬌があって楽しいし、上原美佐子さんの凛としたお姫様っぷりも非常に印象的。黒澤明監督の痛快娯楽時代劇作品を観たい人に今回は隠し砦の三悪人をお勧めに挙げておこう。正直なところタイトルの三悪人の意味が観終わった後もわからずモヤモヤした気分です

 監督は前述したように黒澤明。お勧め多数だが、痛快娯楽時代劇の中から選ぶと七人の侍用心棒椿三十郎がお勧め


 


 
 
 

 
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映画 ギャング・オブ・ニューヨーク(2002) ニューヨークに対する熱い気持ちが伝わる? 

2023年10月17日 | 映画(か行)
 各ヨーロッパの国々でロクな目に遭なわかった人々が、心機一転と夢を膨らませて、船に乗ってやって来たのがアメリカであり、だからあの国は移民国家と呼ばれる。今はメキシコ経由でラテンアメリカ系の不法移民が多く、合衆国政府もその対策に頭を悩ませているのはご存知の通り。ちなみに今回紹介する映画ギャング・オブ・ニューヨークは19世紀の半ばのニューヨークを舞台にしており、南北戦争、ジャガイモ飢饉によるアイルランド人移民といった歴史的背景をモチーフにギャングの抗争、そして復讐劇が描かれている。
 最初にイギリスから海を渡ってきたWASP(ホワイト・アングロ・サクソン・プロテスタント)と、彼らにとっては後からやってきて何かと鬱陶しいアイルランド系移民の縄張り争いが、冒頭から血みどろのエンジン全開で描かれている。ド派手なシーンを描きながらも、移民国家アメリカの抱える難題も盛り込まれている演出が上手い。アメリカって一攫千金の国だと植え付けられている人が本作を観ると、縄張り争いを繰り広げる意味が理解できないままの可能性があるだろう。
 しかし、そんなことは理解できなくても縄張り争いによってカトリックの神父である父(リーアム・ニーソン)を殺された主演のレオナルド・ディカプリオの復讐劇としてだけとらえると非常に単純な映画。しかし、前述したような歴史的背景、アメリカが建国以来抱える移民問題、そしてあの2001年の9.11事件(アメリカ同時多発テロ)を思うと、観終わってから本作の奥の深さを感じる人も居るだろう。

 かなりブ千切れている男同士の熱い戦いを描いたストーリーを紹介しよう。
 1846年のニューヨーク、ファイブポインツにおいて。アメリカ生まれであることを誇りにするビル(ダニエル・デイ=ルイス)をリーダーとする「ネイティブ・アメリカンズ」と、そのネイティブ・アメリカンズから虐げられていたアイルランド移民をヴァロン神父(リーアム・ニーソン)が束ねる「デッド・ラビッツ」が長年の因縁から抗争が勃発。その結果はビルがヴァロン神父を刺し殺す。その様子を見ていたのが、まだ幼いヴァロン神父の息子であるアムステルダム(レオナルド・ディカプリオ)。アムステルダムはプロテスタント系の刑務所に入れられる。
 それから16年後にアムステルダムは出所し、ファイブポインツに戻ってくる。目的はビルに対する復讐。彼は運命の女性であるジェニー(キャメロン・ディアズ)と出会い、意気投合。しかし、かつてのデッド・ラビッツの仲間達はビルの手下に陥っており、ファイブ・ポインツ全体がすっかりビルの手中に収まってしまっていることに落胆する。それでも復讐に燃えるアムステルダムは持ち前のガッツと執念でビルの組織に入り込むことに成功し、復讐のチャンスを待つのだが・・・

 19世紀半ばのニューヨークを作り上げたセットが素晴らしいし、その時代の状況が上手く描かれている。毎日の如く、ジャガイモ飢饉に襲われてしまったアイルランド人が港にやって来る様子、南北戦走が起きる前と起きている最中の日々、そしてビルに支配されて貧乏人の巣窟になってしまっているファイブポインツの街、白人、黒人、中国人がごった返している状況など、当時のニューヨークを感じさせるものがある。
 そして、ネイティブ・アメリカンズのリーダーであるビルを演じるダニエル・デイ=ルイスのキャラクター設定が凄い。肉屋を営んでいるせいなのか包丁、ナイフの使い方に長けていて、人殺しにもその特技を活かす。キャメロン・ディアズを包丁投げでビビらすドエスっぷりには見ている俺もビビった。本作の監督であるマーティン・スコセッシは人間の奥底に秘める狂気を炙り出すことに長けているが、本作のダニエル・デイ=ルイスは最初から狂気そのもの。見た目からヤバい。
 一方、父親を殺された復讐に燃えるレオナルド・ディカプリオだが、意外にキャメロン・ディアズと出会うところまではけっこうマトモな人間に見えたのだが、途中から復讐の鬼と化す。本来ならばここの当たりの演出はマーティン・スコセッシ監督の本領発揮といきたかったところだが、まだアイドル路線の最中だったレオナルド・ディカプリオの力量不足なのか、ダニエル・デイ=ルイスのハッスルし放題に完全に押され気味。まだあどけなさが残ってしまったのが残念。
 そして、このようなひたすら狂っている人間を描くのに3時間は長すぎる。キャメロン・ディアズが出演しているシーンをもっと短くしても良かったんじゃないか。他にももっと削れるところがあったように思う。
 最後の2人の対決をニューヨーク徴兵暴動を絡めて描いたところは、なかなかの演出。スコセッシ監督のニューヨークに対する熱い想いが全編に渡って感じられた。ニューヨークが好きな人、3時間の映画でも耐えられる人、狂気に侵された人を見るのが好きな人、マーティン・スコセッシ監督と聞いて心が躍る人等に今回はギャング・オブ・ニューヨークをお勧めしておこう

 監督は前述したとおりマーティン・スコセッシ。ロバート・デ・ニーロとのコンビで傑作多数。その中でも今回はキング・オブ・コメディをお勧めに挙げておこう






 
 
 
 













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映画 クイルズ(2000) 言論の自由について考えさせられる?

2023年10月12日 | 映画(か行)
 あの人はドSだ、なんて言ったり言われたりする人が居るが、Sの意味は『サディスト』のこと。実はその語源は実在の人物であるマルキ・ド・サド(サド侯爵)からきている。今回紹介する映画クイルズは、そんな彼の晩年を描いた作品だ。一体、マルキ・ド・サドって何者?と思われる人が居ると思うがナポレオンが活躍していた時代の小説家。そして、その作品の殆どを獄中&精神病院で執筆したという個性的な男だ。

 そもそも何でそんな場所で彼は執筆しなければならなかったのか?それではストーリーの紹介を。
 猥褻な文書を発表したことにより、皇帝ナポレオンの指令によって精神病院に入院させられたサド侯爵(ジェフリー・ラッシュ)。彼の書物は全て発禁処分を受けていた。しかしながら、彼はカネの力と機転の良さで理事長であるクルミエ神父(ホアキン・フェニックス)から精神病院の中でも豪華に振る舞ったり、執筆することを許されていた。
 しかし、彼の作品が小間使いであるマドレーヌ(ケイト・ウィンスレット)を通して、匿名で発刊されフランス中で出回ることになってしまう。その内容からサド侯爵の作品だとナポレオンが勘づいてしまい、彼を監査するために悪名高きコラール博士(マイケル・ケイン)を精神病院へ向かわせる。
 サド侯爵からコケにされたこともあり、コラール博士はサド侯爵を徹底的に弾圧し、彼の大事なペンを取り上げて執筆させないようにするのだが・・・

 常日頃から何か(エロい事ばかりだが)書きたい欲求に駆られるサド侯爵。彼は言論の自由を守るために、権力者にペンを持って立ち向かう!と書きたいところだが、肝心のペンをアッサリ奪われてしまう。これで彼の執筆活動は終わってしまうのかと思いきや、彼の執筆に対する欲求、執念は俺の想像をはるかに超えた。この部分はネタバレは厳禁なので伏せておく。
 特に前半は下ネタが多めでコミカル感が漂うが、後半にかけては少しばかりエグイ場面も出てきたりする。よって親御さんは子供と一緒に観ないようにする方が無難か。ちなみにタイトルのクイルズ(Quills)の意味だが、羽ペンのこと。本作でも重要な役割を果たしています。
 少々古い映画だが、今でも活躍中の豪華キャスト陣で、そのアンザンブルも見所か。少々癖が強い映画なので観る人を選びそうだが個人的には楽しめた。どういった人にお勧めしたら良いのかが、判断しづらいが、チョット挑戦してみようという人にクイルズをお勧めに挙げておこう

 監督はフィリップ・カウフマン。お勧めはテストパイロットと宇宙飛行士を対比して描いたライトスタッフ、そしてプラハの春を背景にした文芸作品存在の耐えられない軽さがお勧め








 
 

 


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映画 カッコーの巣の上で(1975) 人間の尊厳と自由を描く

2023年09月10日 | 映画(か行)
 日本人の中にはこの世の中は、何て不自由なんだと嘆いている人も居るかもしれない。しかし、他国には未だに生活を見張られている管理社会の国がある。そんなことを思うと日本人に生まれてラッキーだと思う今日この頃である。さて、徹底的に管理された社会において尊厳と自由を求めて戦いを挑む男を名優ジャック・ニコルソンが演じる映画が今回紹介するカッコーの巣の上で。権力を利用して、人間を抑えつける管理社会の酷さを本作から感じることができる。

 精神病棟内を舞台にしながらも、人間の尊厳と自由を謳い上げるストーリーの紹介を。
 刑務所での重労働が嫌でメンタルが壊れたふりをして、精神病棟に入院することになったマクマーフィー(ジャック・ニコルソン)。しかし、そこで見たのは婦長であるラチェッド(ルイーズ・フレッチャー)が自らの定めたルールで患者を押し付ける姿と、従順すぎるほどラチェッドに従う患者たち。そんな様子を見てマクマーフィーはラチェッドに対して反抗的な態度をとっていく。毎日行っているグループセラピーを止めて野球のベースボールシリーズを観ようと提案したり、一緒の部屋で入院している患者たちを無断で連れ出して海へ連れて行ったり等、少しでも自由を謳歌させてやろうとする。しかし、そんなマクマーフィーの行動はラチェッドの怒りに触れることになり・・・

 徹底した管理社会における息苦しさを感じさせる。弱き精神病の患者たちを圧倒的な権力でもって理不尽な態度で抑えつける。そこへ救世主としてイエス・キリスト様の如く登場するのがマクマーフィー。まあ、イエス・キリストとマクマーフィーでは動機が全然違うので同列にするな!と文句が聞こえそう。しかし、マクマーフィーの行動は非常にキリストと共通点が多いことに本作を観た人にはわかるだろう。
 マクマーフィーに訪れる運命はまさにイエス・キリストと近いものを感じさせる。そして、彼の行動は精神病患者だけでなく意外な人物にまで影響を与える。これが最後に大きな感動を呼ぶことになるのだ。本作を観ると最初に手を挙げて行動を起こすことの勇気を感じさせるし、この世の中に存在する独裁体制の国家に対するアンチテーザも見てとれる。本作の中でラチェッドが多数決を否定するシーンがあるが、なかなか本作のテーマを表しているようで印象的な場面だ。
 既に名作としての評価を高めている作品なだけに多くの人が観ているかもしれないが、まだ観ていない人は今すぐにでも観ることをお勧めしたい映画として今回はカッコーの巣の上でを挙げておこう

 監督はチェコスロバキア出身のミロス・フォアマン。モーツァルトを主人公にしたアマデウスも彼の作品で名作。名作を2本を撮りあげただけでも名監督と言えると思います。他にもポルノ雑誌のハスラーの創刊者を描いたラリー・フリント、中世ヨーロッパの恐ろしさを画家のゴヤの目を通して描いた宮廷画家ゴヤは見たもお勧めです







 

 
 
  
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映画 小間使の日記(1964) 上流階級を皮肉る

2023年08月29日 | 映画(か行)
 かつてのヨーロッパでは貴族社会が存在していた名残りか、映画でも召使いが雇われているシーンを多く見かける。今では余程の金持ちでも、召使いさんを雇うような余裕なんかない。そもそもそのような映画を見ていると、そんな事ぐらい召使いにやらせないで自分でやれ、とついついツッコミを入れたくなってしまう。
 さて召使いを雇っている上流階級に対して皮肉的な映画を多く撮っているのがルイス・ブニュエル監督。本作でも上流階級に属すると思われる一家の者を変人扱いしているのが笑える。そんな社会でこき使われる召使いの女主人公であるジャンヌ・モローが何かと理不尽な要求や嫌がらせを受けるのだが、なかなかこの主人公が一筋縄ではいかないメンタルを持ち合わせている。

 上流社会一家のアホさに最初の方はコメディかと思ってたら、途中からはミステリーに変わるようなストーリーの紹介を。
 パリから田舎に出てきて、モンテユウ家に小間使い(召使い)として雇われたセレスチーヌ(ジャンヌ・モロー)。ところがその一家に着くと夫人は嫌がらせをするし、夫のモンテユウ(ミシェル・ピコリ)は女遊びと狩りばっかりやっていて、やっぱりと言うべきかセレスチーヌにも迫ってくる。そして、夫人の老父は婦人靴に妙に執着しており、セレスチーヌにお気に入りの婦人靴を履かして嬉嬉としている。同じく召使いとして仕えているジョゼフ(ジョルジュ・ジェレ)も屋敷の近くに住んでいる少女に対する目付きが何となく汚らわしい。そして隣人である退役した軍人であるモージェ氏が恋人と住んでいるのだが、両家は非常に仲が悪く、モージェ氏はモンテユウ家の庭にゴミなどを投棄してくる。
 ある日のこと、老父はセレスチーヌに履かせた靴を抱きながら死んでしまったり、セレスチーヌが可愛がっていた少女が1週間行方不明になったりで、セレスチーヌはパリに戻ることを決心する。しかし、少女が近くの森で惨殺されて発見されたことを耳にし、少女殺しの犯人を探し出すためにモンテユウ家に戻ってくるのだが・・・

 セレスチーヌはパワハラ、セクハラだけでなくジョゼフからは行動を監視されたりで嫌な目に遭うが、そんなことでは挫けない。時には冷笑を浮かべているような余裕すら感じさせる。これは浮世離れした言動をする上流階級の人々に対する嘲りの態度のように見えなくもない。
 そして、この映画の本領を発揮するのがセレスチーヌが再度モンテユウ家に帰ってから。自分の美貌を武器に少女殺しの犯人らしき人物をあの手この手で陥れようとする手段が笑えた。しかし、本作の結末は意外過ぎるし、何となく嫌な感じがしたりで監督らしさが表れている。
 他にも葉の上に止まった小さな蝶々がデカいライフル銃で撃たれたり、外で斧で薪割りをしていた男がその斧を持って家の中に入って来て扉をぶち破ろうとしたり・・・等など、シュールな場面が多いのも監督らしさが出ていて俺は笑えた。
 ルイス・ブニュエル監督作品と聴いて心が躍る人に、今回は小間使いの日記をお勧めに挙げておこう

 監督は前述している通りルイス・ブニュエル。この人は無宗教なので上流階級と同じように宗教も皮肉るのでよく物議を醸しだした監督です。お勧めは皆殺しの天使ブルジョワジーの密かな愉しみ自由の幻想欲望のあいまいな対象この庭に死す等。真面目な作品も撮りますが、ふざけた作品の方が個人的には気に入っています








  
 


  

 



 

 

 
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映画 過去を逃れて(1947) もの凄い悪女です

2023年07月10日 | 映画(か行)
 サスペンス映画を盛り上げる要素の一つに悪女の存在が挙げられるだろう。美人な悪女であるほど惚れてしまうのは悲しい男の性なのか。そういう意味では今回紹介する映画過去を逃れてはとんでもなく凄い悪女が登場する。悪女によって男が破滅していくようなサスペンス映画の分類として、よくフィルムノワールという言葉が使われるが、本作はその代表作と言っても良いだろう。フィルムノワール作品には本当にモノクロの画像がよく似合う。白黒の陰影が鬱蒼とした雰囲気を醸し出し、想像力を掻き立て、カラーでは出来ないような演出が観る者を惹きつける。

 早速だが、決して褒められたものではない自分を愛してくれる女のために、過去と決別しようと対決に飛び込んでいく男の運命を描いたストーリの紹介を。
 今ではジェフ(ロバート・ミッチャム)は片田舎のガソリンスタンドで働き、アン(ヴァージニア・ヒューストン)という恋人と慎ましく暮らしていた。しかし、そこへジョー(ポール・ヴァレンタイン)が訪れてきて、2人の生活は一変する。
 自分の正体を今まで隠していたジェフはアンに自分の過去を語り出す。それは、かつて自分はニューヨークで相棒のフィッシャー(スティーヴ・ブロディ)と組んで私立探偵を営んでいたこと。そこでカジノを経営するウィット(カーク・ダグラス)から、40,000ドルを持ち逃げされた恋人であるキャシー(ジェーン・グリア)を探して来いと強制的に依頼される。
 ジェフは僅かな手掛かりをもとにメキシコのアカプルコで、キャシーを見つける。実物を目にすると輝くばかりの美しさでジェフはすっかり自分の仕事を忘れてしまいキャシーと愛し合うようになったばかりか、40,000ドルの持ち逃げを否定される。
 そして、ウィットとその部下であるジョーが、突然アカプルコにジェフを突然訪ねてきた。難とかその場をごまかしたジェフは、キャシーと一緒にサンフランシスコへ逃げて、なるべく目立たないように行動する。
 しかし、その場も安泰ではなく相棒であるフィッシャーがウィットから命令を受けてジェフを探し出し、キャシーと一緒に居るところを見られてしまう。分け前を寄こせというフィッシャーとジェフが争いを始めた時に、キャシーは隙を見て銃を取り出しフィッシャーを射殺。その合間を見てキャシーはジェフの車で逃亡してしまう。
 そんな暗い過去をジェフはアンに語り、アンとの愛を再確認したジェフは新しい人生を始めるためにウィットと会ってキリをつけようと彼の所へ向かうが、そこで出会うはずのないキャシーが居るのを見てしまい・・・

 どこへ隠れても、なぜか直ぐに場所がバレてしまうジェフ(ロバート・ミッチャム)の運の悪さに笑ってしまいそうになるが、そんな笑いそうになるのを吹き飛ばしてくれるのが、美人で男が放っておけない魅力を醸し出すキャシー(ジェーン・グリア)の悪女ぶり。彼女も色々な意味で何度もピンチに陥りそうになるのだが、口から出まかせの言い訳が高田純次もビックリの適当さ。何度も「私が愛しているのはあなたよ」なんて言葉で、すぐに男はだまされてしまう。キャシーが狡猾なのではなくて、男がチョロすぎてピンチを脱しているというのが本当のところ。しかし、この悪女が凄いのは口八丁が尽きたと思ったら、最後の手段に打って出るところ。俺も手当たり次第に女性を追いかけたら、痛い目に遭うことを痛感させられた。
 キャシーの悪女振りだけでなく、対比する関係として聖女のようなアンもしっかり描かれているので、過去を清算しようとするジェフの決心にも説得力、格好良さを感じさせるのも良い。何かと予想外の出来事が次々と起きてくるので楽しんで観れる。1940年代のハリウッドで大流行りだったフィルムノワール作品の中でも秀逸な出来の良さだということで今回は過去を逃れてをお勧め映画に挙げておこう。
 ちなみに本作は1984年にテイラー・ハックフォード監督でカリブの熱い夜でリメイクされるぐらいの名作。こちらの方は本作よりも女性のファムファタール度がだいぶ落ちているし、元私立探偵が、クビを宣告されたフットボウラーなど多くの変更点があったりするので、どちらを先に観てても楽しめます。







 


 

 
 
 
 
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映画 その男ゾルバ(1964) 楽天的に生きる強さ

2023年07月06日 | 映画(か行)
 俺みたいな神経が細くて生真面目な人間は何かと損をすることが多くある。俺と同様の人ならば同じような想いを感じている人が多いだろう。特に羨ましく感じるのが、俺と真逆のタイプの人。特に悩みも無さそうで、女性を見かけたら直ぐに声をかけたり、人と関りを持つのに躊躇しなくて、少しばかり図々しいような人。俺なんかは特に人見知りの性格で、人と仲良くなるのに時間が掛かる。
 さて、そんな真逆のタイプの男を見れる映画が今回紹介する映画その男ゾルバ。堅物の男をアラン・ベイツが演じ、逆に陽気で楽天的な男を名優アンソニー・クインが演じる。
 本作はそんな2人を通して、文化や風習の違い、生と死、衝突を通して人の生きる意味を考えさせられる作品だ。

 それでは、自分の性格を変えたいなんて思わせるストーリーの紹介を。
 亡き父が遺産として残したギリシャのクレタ島にあり、今では閉鎖している亜炭炭鉱を再開させようと英国人作家であるバジル(アラン・ベイツ)は現地へ向かおうとしている。その道中で、どことなく粗野な風貌をしている男が話しかけてきた。その男の名はアレックス・ゾルバ(アンソニー・クイン)。話してみると、この男がなかなか楽しい奴。しかも採掘現場の経験もあり、バジルは彼を現場監督として雇うことに決めてクレタ島へ向かう。
 2人はクレタ島の安宿で泊まることにするが、そこの女主人であり愛想の良いホーテンス(リラ・ケドロヴァ)と女好きのゾルバは直ぐに仲良くなってしまう。一方、バジルの方はこの安宿に来る途中で見かけた美しい未亡人(イレーネ・パパス)のことを気に入るのだが、ゾルバにけしかけられながらも声すらかけられずにいた。
 亜炭採掘の仕事が現地の人を使ってもなかなか上手くいかなかったのだが、ゾルバは森で覆われた大自然を見て林業の方へ仕事をシフトしようとする。そのための道具を買うためにゾルバはバジルからカネを預かり街へ出かけ5日間ほどクレタ島から離れる。
 しかし、5日間の約束を破ってゾルバが若い女と遊んだりして、なかなか帰ってこないことに苛立ったバジルは、その勢いに任せてついに未亡人をゲット。今まで村の言い寄る男連中に対して完全無視していた未亡人だったが、その情報はいち早く村中に伝わってしまう。そのことが切っ掛けで未亡人は一気に村中の人間を敵に回してしまい、バジルの援軍に駆けつけたゾルバだったが、その甲斐もなく未亡人は殺されてしまう。
 ゾルバも成り行きでホーテンスと結婚することになるが、すでに病に侵されていたホーテンスも程なく死亡。しかも、村人達は彼女が死ぬの待っていて、死んだ瞬間にホーテンスの持っている高級品を一つも残らずかっさらってしまい、ゾルバは残されたオウムだけを連れて去っていく。
 いよいよ新しく乗り出した林業の仕事の設備が整い、村中の人を集めて完成祝いをする。しかし、山の上で切った材木を滑らして下まで運搬しようとするのだが、ゾルバの考えた設備はそのスピードや重さといった物理的要素に耐えられずに全部ぶっこわれてしまい・・・

 クレタ島の村人達の閉鎖性及び群集心理に恐ろしさを感じさせられるシーンが目立つ場面もある。しかし、ゾルバがバジルの事を仕事関係中は「ボス」と呼びながらも、それ以外では友達として振る舞う、そのサジ加減が巧みでゾルバのバジルへの尊敬と友情のバランスの良さに感動した。見た目はバジルの方が作家で優等生に見えるが、小汚くて怖そうに見えるゾルバの人間への想いは愛に溢れている。それはバジルに対してだけではなく、すべての人間に対してであり、自分自身に対してもそのように振る舞えるのが非常に羨ましい。
 どんな悲惨な目に遭っても、自らが犯してしまった失敗でも大笑いし、豪快に踊り続けるゾルバのような人間こそ人生の勝者なのかな~なんて俺には思えた。ギリシャを舞台にした映画、普段は細かいことに気が散ってしまいなかなか行動出来ない人、すぐにクヨクヨする人、ノー天気に生きることに憧れる人等に今回はその男ゾルバをお勧めに挙げておこう

 監督はギリシャ人のマイケル・カコニヤス。実はこの監督のことは全く知りません。お勧めの作品があれば逆に教えて欲しいです




 
 
 
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映画 グッバイ、レーニン!(2002) ベルリンの壁崩壊前後の家族の絆を描く

2023年05月24日 | 映画(か行)
 かつては米ソ冷戦時代の象徴であったドイツを東西に隔てたベルリンの壁。今ではそんなベルリンの壁は壊され、1990年に東西ドイツは統合。西ドイツは民主主義、東ドイツは社会主義の国家体制も統合されたドイツは新しく民主主義として再出発をしたのは、皆さんご存知の通り。そんな時代背景を通して、元々東ドイツ側だった家族の絆を描いた映画が今回紹介するグッバイ、レーニン!。タイトル名はソビエト連邦の初代指導者であり、社会主義を推し進めたウラジミール・レーニンのことを指す。
 米ソ冷戦、民主主義VS社会主義なんていうのはベルリンの壁崩壊によって決着がつき、平和への道が開けたと思われていたが、今の混沌とした時代を見ると再び時代はあの時のような時代に戻ってしまったのかと悲しくなったりする。

 さて、ベルリンの壁崩壊の前後の時代を通して、東ドイツ側だった家族の絆をどことなくユーモアを持って描かれたストーリーの紹介を。
 東ドイツの東ベルリンに住むケルナー一家だが、青年のアレクサンダー(ダニエル・ブニュール)の父は西ドイツへ逃亡してしまい、そのショックで母親のクリスティアーネ(カトリーン・ザース)は精神に異常をきたしてしまう。しかし、そこからクリスティーネは回復し、今までのショックを取り戻すかのように社会主義活動の運動を猛烈に開始する。
 ある日のことアレクサンダーは東ベルリンの壁付近で反体制デモに参加していたのだが、偶然にもその様子を見かけたクリスティーネは息子がデモに参加していたことに再度ショックに陥り、心臓発作でその場で倒れて意識不明の重体になる。アレクサンダーは医者から母親の意識は回復しないだろうと宣言され、もしも意識が回復したとしても再度ショックを受けるような事があれば、今度こそ命を落とすだろうと言われる。
 母親のクリスティーネが昏睡状態に陥っている間にベルリンの壁は崩壊し、東ドイツ側の方も次々と資本主義化してしまうのだが、昏睡状態から8カ月後に奇跡的にクリスティーネは意識が戻る。しかし、今の東ドイツの状況を知ったら再度クリスティーネはショックを受けて、今度こそ本当に命を落としてしまうことを悟っているアレクサンダー。彼は母親に死なれないためにあらゆる手段を使って、東ドイツの社会主義体制が存続しているように見せかけるのだが、皮肉なことに時代は猛烈なスピードで次々に東ドイツに資本主義が入ってきてしまい・・・

 息子のアレクサンダーの母親のクリスティーネに対する愛情を感じさせる映画。とにかく母親のために嘘やハッタリ、デッチ上げを行って東ドイツがまだ社会主義体制がバリバリに存続しているように見せかけようとするのだが、誰が見てもバレるのは時間の問題だというのは理解できるのだが、それでも必死になっているアレクサンダーの行動はけっこう笑える。嘘をつけばつくほどピンチに陥っている様子が、あの人のことを思い出させる。しかし、嘘をつくのなら自分の名誉のためではなく、困っている人を助けるために嘘をつけ。
 しかし、そんな必死になっているアレクサンダーの周囲の人達の優しい気持ちが、本作では描かれているのが非常に秀逸。その中でも印象的だったのはアレクサンダーの恋人であるソ連からやってきた看護婦の交換留学生であるララ(チュルパン・ハマートヴァ)の最後の方でのある行動。この行動によって自らの嘘に苦しんでいるアレクサンダーのみならず、悩み傷ついている他の登場人物達までもが助かることになる展開が抜群だ。
 そして、タイトル名に使われているレーニンだが意外な形で登場する。少々生温い展開が続くが、ここで緊張感を走らす演出があっ晴れ過ぎて感心してしまった。色々と名作に対するオマージュが捧げられているのも楽しいし、息子の母親に対する思いだけでなく、母親の息子に対する思いも感じられる。最近は人間の心が腐っているのか思えるような出来事が世界、そして日本にも多く乱発しているが、少しぐらいは穏やかな気持ちになりたいと願う人に今回は映画グッバイ、レーニン!をお勧めとして挙げておこう




 
 
 

 

 

 

 

 
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