先日ヌーベルバーグの最後の生き残りである
ジャン=リュック・ゴタール監督が91歳で亡くなった。他にも面白い映画があったと思うのだが、やっぱり彼を有名にし、最高傑作といわれるのが、今回紹介する映画
勝手にしやがれ。元々は映画批評家から出発したのだが、映画を自分で撮ってみたいとの熱い想いが本作を産んだ。ジャンプカットと呼ばれる編集技術は当時の映画界を驚きの渦に巻き込み、街に飛び出してのロケ撮影は当時の映画では珍しくあり新鮮さを与え、そして破滅へ向かって一直線に進む刹那的に生きる
ジャン=ポール・ベルモンド演じる青年の主人公象は、その後の映画の主人公のあり方にも大きな影響を与えた。そして、主人公が画面越しに観客へ語り掛けるなど、従来の映画の作り方に対して革命を起こしたのが本作。
これまでの映画の既成概念をぶっ壊し、当時の映画ファンは困惑しながらも大絶賛し、今でも名作として誉れ高い。しかしながら、本作が公開されてから60年以上経った今となっては、果たして本作を初めて観る人はどう思うだろうか?ハリウッド映画の大金を使ったアクションやアドベンチャー映画を見慣れた人が観ると、少しばかりどころか大いに不満を持つ人も出てくるかもしれない。
さて、早速だがヌーベルバーグの決定打とも言うべき作品のストーリーの紹介をできるだけ簡単に。
日常茶飯事に車泥棒を繰り返すミシェル(
ジャン=ポール・ベルモンド)だが、盗んだ車で飛ばしている時に白バイ警官に追いかけられる。しかし、ミシェルはたまたま持っていた銃で警官を射殺して逃亡。そのままパリに向かって、数日前に仲良くなったアメリカの留学生であるパトリシア(
ジーン・セバーグ)と再会し、一緒にイタリアへ逃亡しようとする。仲間から金を返してもらって早くパリを脱出したいミシェルと、記者として成功するためにパリに居続けたいパトリシア。将来に対する考え方の違う2人だったが、燃え上がった愛はパリからイタリアへ向けての逃避行になるはずだったのだが・・・
愛し合った男女の逃避行の話であり、当時にしてもそれほど珍しい題材ではない。むしろストーリーよりもその撮影方法に当時の人は驚いた。本作でよく言われるのは前述した編集技法である
ジャンプカット。正直なところ個人的にはそれがどうした!って感じ。むしろ俺なんかは編集に失敗してるんじゃねぇ、何て勘違いしてしまった。
それよりも俺が最も面白く思ったのが街中のロケ撮影。ベルモンドとセバーグが街を歩いていたりするシーンの周りの人があからさまに振り向いたり、驚いたり、背中を撃たれてフラフラになりながら走っているベルモンドを通行人がビックリして見ているのに笑えた。また全く関係のない通行人が明らかに撮影カメラに気を取られてたリしていて、そのような適当かつアマチュアっぽさが俺にはウケた。
男女の会話がずれていてグダグダだったり、その内容も言葉遊びみたいなのが入ってくるが大して笑えないし、また会話のシーンが長すぎたりでダレてしまう人もいるだろう。なんだかくだらないシーンが多いと思いきや、所々では面白いシーンも入ってくる。後半は結構楽しいシーンが多かったような気がする。最初の方でたまたま持っていた拳銃で警官を殺したのと対比して、ラストは拳銃を持たされたせいで撃たれる羽目になってしまうのだが、その辺りはけっこう笑えたし、ゴタール監督の非凡さを感じさせる。
最初から最後の最後までかみ合わない男女の会話、ダレてしまいそうなくだらない会話があったりするが、ジャンプカットによる副次的産物のおかげで妙にテンポが良かったり、突発的なシーンが多く出てきたりで、映画史に遺る金字塔的な作品ではあるが、なんだかド素人が映画を撮ったらこんな失敗作品が撮れてしまうのかなんて俺は思ったのだが、俺の持っている感覚を超えた作品なんだろうと思う。
そもそも当時のゴタールは金を持っていないから映画を撮ろうとするのが無理があった。しかし、世の中は何が成功するかわからない。本作がまさか
ヌーベルバーグの決定打になり、この作品以降は
ジャン=リュック・ゴタールは売れっ子の花形監督になるのだから何が幸いするかわからない。ある意味では本作が登場するまでフランス映画がいかにマンネリ化に陥っていたかわかるとしたものだろう。
ジャン=リュック・ゴタール監督の名前をニュースで初めて聞いた人は、まずは本作から観ることをお勧めする。これ以降の作品は殆どが本作の特徴を継承しているからだ。ゴタール監督の映画をこれからドンドン観たい人にはまずは映画
勝手にしやがれを見ることをお勧めする。
ジャン=リュック・ゴタール監督のお勧めだが正直なところ観る人を選ぶが、本作が面白いと思った人には
女と男のいる舗道、
気狂いピエロは楽しめるか。個人的にはゴタール監督がやりたい放題で撮ったような
ウイークエンドは面白かった。