昨日は札幌も、寒い一日でした、
三寒四温の波の中で、道路は融けたり、凍結したり
羽生さんが、早朝の道路を、舞いながら滑ってゆくのを想像しながら
新聞配達のミニセダンしか走っていないあたりを歩きました。
小樽に、雪靴のメーカーがありました。
スケート靴とは反対に
円形に錨ヶ打ち込まれた底は、リンクでも歩けそうです。
昨日は、その靴を履いて、ゆっくりと早朝散歩です。
5時になって、受験生に向かって、
そろそろ、めがさめたかなー?と
薄暗い空の反射板に「心の電波」を発して観ました。
あちらからも、こちらからも、、、
おきてるよー、、、目はパッチリサー、、、と
心のこだまが帰ってきました。
3時過ぎて、公立高校受験解答速報がTVに映りました。
たった、、、これだけの事が、、、
子供たちの人生に
大きくかかわってゆくなんて、、、、
しかし、、、これだけの為に、、、
天真爛漫な子供時代を過ごす子供はいなくなった、、、、
運動会の宣誓ぐらいは
「僕たち、、、私たち、正々堂々と、力いっぱい戦います!
お父さん、、お母さん、お兄ちゃん、、お姉ちゃん、、、
応援してください、、、!!」
こどもの、こどもたる、、、子供時代を、、、、そーと見守り
大人が、人間の原点を、、、もう一度思い出す日になってほしい。
天は、こどもや、赤ちゃんの全体を通して、大人たちにメッセージをくれます。
天は幼子のたどたどしい言葉から、「愛」のような
生涯のメッセージを、、、教えてくれます。
「愛」を育てるのは、こどもの成長の後ろから
回りは、守りながらついてゆくことが大事だったと、、、
この年、72歳になっても、、、そのように思いながら
指導のむつかしさ、指導者の資格を考えるとき
原野を教室にできる先生こそが、
天然のサイクルの中の、エネルギー不滅の未来のサイクルにのれると
ふと、、、思うのです。
昔、どこかの島で、汽車が廃止になった路線の
枕木で、ダイナミックな素朴な校舎を造り
塾としてつかっていた。
その人たちが、大人になって
きっと、、、敗戦の日本を、ここまで戻してくれる
団塊の世代の、教育に耐えてくれたのかもしれない。
天が、海が、山が、こどもが主体の「気付き」を導いてくれる。
この、「子供が主体の『気付き』の前には、」校長先生も
理事長も、、市長も、町長も、、、、あらゆる大人たちは
立ちはだかってしまうと、
淘汰される前に、手を下した罪人になってしまうのが
育てることの、、、難しさだったと思います。
さじ加減ではなくて、
大人の方が、「命」の不思議に早く気が付き、
一生あっても足りない時間で、
自分を出し切らせる社会にするのが、
本来の、育てる方向だと思うのですよね、、、
学校の校舎も、
教育理念一色にしてしまうと、
こどもの成長によって、こどもが主体になって、
校舎の色を想像出来る色が良いと思う。
千差万別の四季の変化をキャンバスに、
校舎は子供の心に、四季の色を想像させる色が良いと思う。
北海道や、北欧にピッタリの色だとしても
夏になると、その色は、暑苦しく、頑固なものでない方が
こどもは想像が豊かだから、薄い色が良い。
原則として、
こどもは未来に放たれた矢のように
私たち大人が造った枠の外に向かって飛んで行ける教育理念が大切。
押し付ける教育は、富国強兵時代に戻ってしまうとおもいませんか?
ネットでつながっている地球全体の中で
閉じ込める教育は。世界の敗北者を製造してしまうとおもいませんか?
大人が、土台になって、大人が子供の中に
新しいものを見つけたら、、、
どのように伸ばすかを、、、、後からついてゆく。
才能を、、、あらゆる方向の才能を見つけ
邪魔しない教育が、、、次の時代の生き残りではなかろうか?
私は72歳、、、今日一日、、、今日は頑張って明日につなげよう。
今日しかない、、、林先生じゃないが、、、
今でしょう!!!(^^