お雛様のブログを観て、元気が出て、
真夜中に雪を掻いているうちに
3月3日に突入、、、
車庫の雪を降ろしているうちに,
ボロイ車庫が愛おしく、、、感謝が湧く、、、
アチコチ錆びながら、、、30年以上も
私の愛車を守ってくれている。
3月3日は、、、
ずぶ濡れのヤッケや、
サポーター5枚、
コルセット3枚
靴下3組
ホータイ2巻
スキー手袋の手のひら側に
布製ガムテーブ張り付けた自家製手袋
手袋の下に着けるビニール手袋
そして、。。。マスク
首には汗取りのタオル、、、
8種類の雪かきグッズ!!!!!!!!。。。。
子供の時の右手を火傷して
手のひら側に植皮しているせいか
半端な厚さの手袋だと
植皮の部分だけが炎症を起こし、
赤くなって、縫った境目が膨らんでくる。
手のひらに、、、指に、、、見分けがつかなくても
雪かきで、はっきりと縫った境目が浮き上がるなんて
人間の身体の正直さには舌を巻く。
私の知恵で、私の掌にかけてくれた父の情熱
京都大学の近藤鋭矢教授
警察病院の、大森先生、
その時、アッシー君になってくれた
医科大生だった兄貴、、、
その人たちの、ありがたい精進のおかげで
ピアノが弾ける手に戻ったのに
雪ばかり掻きながら、、、
先生方の業を無にしては申し訳ないと
スキー手袋に布製のガムテープで補強して、、、
手のひらを守っている、、、自分が
車を必死で守る車庫の旧さと
どこか、、似てないか???
ク、、ク、、、ク、、、人生って、
車庫と置き換えてはダメですよね、、、
でも、、、結婚って、、、主婦は何処か、、、
錆びてる鉄柱で、愛車を守る車庫と、、、重なるよね、、、
家守りバカ、、、になっているよね、、、専業主婦って、、、さ!
やっと車庫の雪も降ろして、、、春を待てる!!
風呂で冷えた足をあっためて、
腰のヘルニアの診断の時
もらったシップを、右足に
3枚も張った。
右足から、手のひらに皮膚を切って
移植した境目が、、、聴き足の右に力が入るせいなのか
縫った境目が浮き上がって怒張するのが、、、
まるで、、、脚に小さなヘビを飼っているようで
友だちになっている。
シップで抑えると、、、一日で、、、皮膚に隠れて消える。
全部で3匹の皮膚に生き物を飼っているみたいだ。
胸部外科とか、消化器外科とかで
アナコンダ並みの傷に慣れてる主人は
私が独身主義で、独身を通す会のメンバーだった事も
無視したように、、、
私の傷は問題にもしない。
表面の傷なんて、、、病気だとは言えないから
治った段階で、、、無傷だよね、、、
「僕たちは、、、本当の病人に添い遂げているから
創、傷、キズ、、て、、、本質の代謝に関係ない
形成の傷は治った段階で、、、病気でも疾患でも傷でもないのさ。
むしろ、昭和の30年代に、
こんなに見事な、、、Zカットっていうんだけれどね、、、
焼けて仕舞った部分の皮膚が
ゴム紐みたいに伸びて、、、
元の大きさの手の平になるんだけどね、、、
完全に近い治癒だよね、、、その後
皮膚が勝手に成長して大きくなって、もとの掌になっている!
僕は外科医として、、、こんな素晴らしい技術の手術が
感動ものだね!、、、
形成の手術が為され
京大の教授や、大森先生の治療を受けられたという
君のお父さんの時代の医師の結束には
父と父の親友が、親しい同志で温泉に行ったときの写真です。
学術的にも、技術的にも、、、
圧倒されるよね、、、」
主人は、大森先生のお人柄は学会で手伝ったとき
肝に銘じて、知っていると言っていた。
外科医の世界は徒弟制度に近い時代だったので
先輩の先生に怒られながら修行する主人を思い浮かべて
笑いがこみ上げてきた。
耳がキーンとなるほど、、、叱られたとか、、、聞いた!
(^^ おかしいので笑ってしまった。
医学部を卒業したとしても、、、
外科医になるなんて、、、
半端な精神じゃ成れないと
専門分野の手術台の上で、手術を受けながら、、、
大森先生に、、、
怒鳴られている新米の若い医師と
主人が重なって、、、
一人笑いがこみ上げてきた。
インターンの先生は、、、
緊張して,、、
ハイハイ、、ハイハイ、、、とか、、、うろちょろしながら
顔が緊張で、、、真っ赤になっていらっしゃった。
患者の私の前でも、うろちょろし乍ら
怒られながら、、、勉強していた。
患者の私には、、、優しい先生だった。
私の右手、、、しっかり雪から守らないと、、、
半端なエネルギーではない医師たちの努力の結晶で
団子になった肉塊だった手の平も、、、指も
無傷の左手と
見分けがつかないほど、
元に戻ったのには
7回の手術を受けた結果である。
創が有るのに、、、
実はどんな愛情もかなわない、、、「天与の愛」に
恵まれた、、、私の宝物である。
オーバーな過剰防衛と言うより、、、
大海原の真珠が、貝の身に刺さった石を
痛くないようにと
真珠の液で覆いながら、、、いつしか
宝石もかなわない、、、
見事な愛の光を反射する
真珠の球を作ったように、
外科系の先生方の努力の結晶の業が
真珠貝の真珠を造る液のように、、、
天与の光を重ねていったのだと
我が手の、見苦しい肉団子が
火傷も痕跡を残さない
見事の技術の結晶が
真珠よりも白い「精進の究極の輝き」の宝物を
私の手はいつも握りしめているのです。
生涯、、
私は右手に天与の愛を握りしめているのですよね、、、
17歳になるまで、、、あきらめず
成長する骨を切開で守り通し
手術を繰り返し、
骨の成長が終わった段階で
日本には、
Zカットの形成術の無かった時代に
大森先生が、
外国から習ってきたZカットで
最後の仕上げをしてくれた右手を
雪かきで、
損なってはなりません、
この貴重な医学の成果を
ダメにしてはならないと、、、
私なりの防御です。
私が、一見
孤独に近い北国の雪中生活で
76歳まで、、、愛情に満たされているのは
愛は、、、💛マークのほかに、
神様からの恵みにも思える、、、天の愛を受けることがあります。
「天与の愛が施された者の一人として、永遠に孤独ではないのですね。」
車庫の上の雪をどかしながら、、、時々手袋を脱いで
右手は大丈夫?。。と手に話しかけている。
大丈夫だよ❕、、、父が答える
近藤先生が頭を撫でてくださる、、、
大森先生が、、、私だけには、、、優しかった!
微笑みがこみ上げてきて、、、
車庫の上で、、、
手袋をはめなおし、、、頑張れた。
医療が、、、患者さんに天の出会いによって、与えられたとしたら、、、
その愛は、、、当事者以外は解らないでしょうね、、、
外野の声が聞こえる、、、
何故、、、医者にかかたら、、、お金を払うんだ?
医者って、、、儲かるんだべ、、、
医師の奥さんをしていると
相手にしていたら、、、へこんでしまう言葉が投げかけられる。
医療崩壊が起きるのは、、、
もう一度、社会が医師の実態を
専門的に、エネルギー計算して、
病院という建物、医療機械、コメディカルのチーム人数
看護師の数、
日進月歩の医学力の維持と
職人並みの現場でしか学べない
臨床医の血肉が記憶する努力と
論文を書く暇のない現場は、、、
文章になってないだけに
芸術家のような一代限りの業は、、、
ちゅうちょなく。。。
その医師一代で相続できる財産ではない。
貴重な医師の神の手は、、、その医師の生命とともに、、、消えてゆく。
一代限りの、、、神業の技術も
患者の私が死ぬと、、、
誰も、、、その受けた愛は相続できない。
音楽も、一瞬の音の芸術であるが
医師も、一代限りの臨床力は、、、誰も相続は出来ない!
惜しまずにかけた勉強の代金は、患者さんに還元されて
患者さんは、、、、芸術的な作品とともに、、、この世を去る。
貴重な技で助けられた、、、その瞬間麻出来事は
患者さんには、判別が出来ないはず、、、。
命の境目は 、、、寄り添う医師にだけ、
たぶん自覚することが出来るのかもしれませんね。
技術の深さは、、私も勿論ですが
多くの患者さんも、、、医療の現場と
同じ人間は2人と居ない臨床現場の経験からくる診断や処置は
どれだけ、疾患を左右したかなどとは
自覚できない素人だけに、
国が医師にかけている税金は
収入の数字であると推察するが
技術の取得に人生をかけてしまうのに躊躇しない医師の皆さんが
贅沢に過ごしていると思われるのは
風評だと思うのですよね。
ほとんどは、技術の熟練と、
日進月歩の医学について行く生涯学習や
人体は全部の科にかかわりがあるだけに
医師同士のネットワークの学会や
医師会への参加や研修
博士号の実験動物費用、、、
ご無理ごもっともで、お受けはしても
医師は得意とするところが、学会などで
医師同士だけは認識しているので
組織がどこの所属であろうとも、
私の火傷を例にとるならば、
疎開地の外科医の父に
京都大学の教授が一か月も京都から通ってく下さり
指導をしてくれているという、、、不思議!
右手に骨を成長させる切開を保護する板を取り付けられて
虐めの履物などぶっつけられ乍ら
父の言葉を信じて、なおる日を待てた私は
医師同士の、誰が、どの手術に関して、
「神の手」だというネットワークの確かさは
すべての医師が専門家だという集団であったと思います。
医師でない者が医師が贅沢なのは、、、医療に向かって行く
留まることを知らない日進月歩の医療界の
頭脳の贅沢さかもしれません。
「雪の兵隊」に向かう「鎧代わりの防具を付ける。」
多くの時間を医療の施しを受けられた来し方を振り返り
医療人は、、、患者になって、、診てもらっても理解できないですよね。
報酬を求めていないように思えるのです。
医師を続けることしか、、、考えていない、、、巨人のようです。
車庫の上で、、、走馬灯のように、、、50年の年月の
そのまた26年前を振り返るのは
深深と、、、掻いても、、、掻いても、、、振る雪が
真っ白だからでしょうか?。。。
雪掻きが終了したときには、木綿の男性用丸首シャツが
びしょびしょになる、、、。
上に重ねた花柄のワインレッドのセーターは
汗がしっとりと染みてる、、、洗濯行となる。
防水の甘い、、、ヤッケを羽織ったので
ヤッケから滴が落ちてきた、、、春の雪!
ヤッケごと丸洗いになった。
三日の 華やかなお雛様の日は
医療家族の我が家にとっては
目を細めて、、、
🌸のように、嬉しい気持ちで、、、見せてもらう春の気配です!
北海道の三月三日は、吹雪です。
春はまだ、、、まだ、、、
あの雪山のはるか、、、向こうです
大量の洗濯で、湿度だけは、
最高のコンデッションの部屋干し湿度のまろやかな空気!!
洗濯物の雛段が出来た居間で、
インスタントコーヒーを飲む!
私の一人ぼっちのひな祭りは、、、わけのわからない、、
達成感で、、、
自分のハートだけは
お雛様とお内裏様の二役で
TVの見事なひな壇で満足している。
お雛様のTVをつけっぱなしで
爆睡時間となった、、、
寝たのも気が付かなかった。
今日は主人が帰ってくるとメールをよこした。
病院からの、、、お帰りです。
家庭では問答無用の
ひな壇のてっぺんで、、、動くのは胃袋だけの
お内裏様のお帰りである。
明治の親や社会に影響を受けて
昭和は戦中に育った男たちは、、
ㇾディファースト、、、も
男女平等も
職場だけの話であり
家庭に帰えると、、、自分だけの時間しかない。
自分だけ見るだけでも、、、時間が足りないのでしょうね、、、。
胃袋が平和で、、、快便で、、、よく眠れれば
TVと新聞が有れば良い、、、
その他のことは、、、眼に入らない、、、
戦争中に育った男たちは、、、若い世代からは
理解してもらえない事が多いだろうね、、、
家は、、、気の抜ける、、、丸ごと防空壕?
医師の旦那は、、、病院が人生で、、、、患者さんが総て、、、
家だけには「コロナはいない」と信じられるという。
私は、、外出も、街歩きも、、、交際もしないからね。
時間貧乏、、、な
「医師をすることの舞台裏の整頓係、」
それに徹して50年過ぎました。
結婚以来、、、3蜜、、、
スイートな関係とは縁が無い。
役に立つことが、
便利な存在になって、、、久しいが
私自身も、、、
旦那の存在だけで、守られることもあり
サンゴとクマノミな夫婦かもしれない。
免許が有ることで、、、
世間様には便利で、技術屋で、トータル判断力は抜群で、
世間様には、、、give出来出来ていると自認している。
特殊な味で食べてもらえたでしょうしね。、、、
なんで!!病院にお金払わなきゃならないんだよ!!
「 何でもありませんよ、、、大丈夫ですよ!」
俺は時間かけて、、、検査して、、、
何でもないって言われて
注射も、、、薬も、、、もらってないよ!
なんで?金を、、、はらうんだよう、、、?」
知り合いの開業医さんは、、、boyaiteita ,,,
「ningennga itiban,,,,コワイ」
医師って、満足して、感謝で、お金払ってもらうまで
一生、、、儲ける分だけ、、、前払いで払って
修行して、、、認定試験受けたり、、、博士号取得したり
いざ夜中の手術に備えて、日ごろから、、、
チームの結束が無いと、、、何もできない!!
家を振り向いている場合ではない。
奥さんなんて、、、顔が馬だったりして
髭が生えていても
気が付かないで、、、明日のこと考えて生きてるみたいよ、、!
私は、、猫族かもしれないから、、、
かまわれるのが嫌いなので
旦那が、、、あっち向いてホイの人でも
自分には都合が良い時間が捻出できるので
ま、、、いいか。。。と。
50年間、、、「ま、、、良いか、、、」
と言う、、、背中合わせ、、、の変な夫婦と言う相棒。
メビウスの表と裏の一心同体で、、、
お互いは、、、背中合わせの、、
安心感だけは知っている、
お雛様のように、、、横には並んでいませんのよ、、、私。
大雪の日は、羊ケ丘の下は除雪が後回しになり
月寒公園方面と,幹線ドーロが優先されるので
タクシーが入れない。
電車も列車も勤務出勤時間は、、、走っているのか?
行けない帰れない、、、2日と3日!
黑い防寒着は除雪車からは見えにくいかもしれないと
真っ赤なコートで、バス停まで、、並んで歩いた。
診療記録と統計などを
まとめて、泊まりこんで仕上げるらしい主人は
月曜日の弁当だけ2食もって出勤したまま、、
火曜日と水曜日は、、、
《こんな雪の日でも、、、患者さんはいつもの通り
来ているからスゴイ!、、、頑張らなくちゃ!》
主人からのメールであるが、、、、
「ひな祭りには帰れない,、、すまない、、、」とは???
どこにも書いてない!!
彼の脳ミソは、、、患者さんの事しか考えない(++!
生涯、、ひな祭りも、誕生日も祝ってもらったことがありません。
この「コロナの3蜜指導の札幌」で
まさかの???外食???
どうやって、、、火曜日水曜日の
昼までの5食を、、、きりぬけたか???
頑張って、!!!飲食店の皆さん!!!
劇場やアスリートの皆さん!!!
「3蜜をお願いしているTVの知事さんや市長さんの
顔が浮かぶ!! 」
マスクで隠れている為
真剣な眼差しが、、、口より手っ取り早く
真剣に北海道を守ろう!!!と、、、伝えてくる。
雪はふる、、、
貴方は来ない、、、孫も来ない、、、
雪は降る、、、雪掻きばかり、、、
庭にも雪山、
玄関にも雪山
車庫にも雪山!
ベランダも、、、物置も、、、雪の山、、
北海道の三月三日が、、、ひな祭りなんて、、、
無理がある、、、よね!!!
生活ドーロにも除雪が入り、、、夜の8時
ピンポーン、、、2日ぶりに主人のお帰りである。
靴下、マスク、ビーニールに入れて、洗面所で手洗い、、、うがい!
ストーブの上のヤカンの湯で、蒸しタオルをつくり
数少ない頭髪の消毒をすると、、、眼も会わないうちに
コートはファブリーズ かけて、、、手袋も同様、、、
後は全部洗濯機にほうり込むと、、、
まっしぐらに、、、
テーブルの真ん中の大なべにダッシュ!
いつもなら、、、
主人が自分でアレンジしたサラダとトーストが
定番の早朝に、、、
変異が起きた二日間。
頭は使うが,,
づ脳作動のエネルギーの補給は無いという二日間!!
医者がコロナにかかては、、、
患者さんが大変なので
外食も、、買い物も、、、
一切しないコロナ対策中なので
食べてないはずだと、、、思ったから、
特大の鍋に、、、好きな時に食べれるように
酒と
めんみと、
ショウガと
からしとみりん
ユズ
最小の火力で、、、コトコト煮て、、、
雪かきの日は、、、この鍋だけでしのぐ、、、
中身は、その時の食材の在り合わせです。
今回はネ、、、
買い置きの備蓄野菜、
人参、玉ねぎ、ブナシメジ、
安くて美味い北海道のメークイン
その名に恥じない味の、、、男爵ジャガイモ
サロマで鍋のダシにすることを覚えてしまった、、、!
高価なホタテの乾燥したもので
鍋に入れないと、、、老人には歯が立たない、、が
鍋に入れると、、、珍味ですよね!
本州産の、、、里芋、、、
これは5個ぐらいで、、、500円近くする高級品!
いつもは、、小樽製造の手ごろな竹輪なのだけど
本日は、頑張って「紀文の大きめの竹輪」
これをタテに割って、内側を軽く焼く
食べる間際に、長いまま鍋に入れる
年寄りの大好きな和製白滝こんにゃく
普通のこんにゃくは
薄く切って、斜めに切って、真ん中あたりに
V字のカットを入れておく
しゃべりながら、、、飲み込んでしまったら
空気穴が要ると、、、神経質な私の、、、悪い癖!
鍋の蓋をとる直前に
生卵を具の間に落とし込んで余熱で仕上げる。
これが、、、我が家の「雪かき鍋」で、、、
くたばる前に,、、豆火で仕込む。」
そして、、、この3日間、、、
主人は、毎晩、具だけ取り換えて、、、鍋を
食べざるを得ない、、、
三月の追い込みドカ雪の
毎年、、、繰り返してきた、、、
我が家のお雛様の季節です。
私は、、、戦中に生まれているせいか、、、
富国強兵時代の明治の親だったせいか??
国の指導が、男の子主体だったのか?
家族全員、、、男たちは兵隊で御奉公
父も軍医で御奉公、、、
「女の子は要らない!!!、、、???」
まして、、、防空壕の中で生まれた女の子は
子供のころから、、、お兄ちゃんの御下がりで
坊ちゃん刈りで、、、
男の子として、一年生まで育てられた。
学校に行くようになって、、、
私は「ヘップバーン刈」にしてほしいと言って
村で唯一の床屋さんに注文を付けて
耳を、、、間違って切られていらい
床屋にも、美容院にも行かなくなった。
76歳になっても、、、おさげが出来る、、、
「婆ちゃんの、、、おさげって、、、有なのよ!!!」
孫には、
「婆ちゃんのおさげは、、、セレブだと刷り込む」
孫は、、、ニヤリと笑って
「 インデアンのセレブかい?」
ヤ^ホウ、、、
さて、、、鍋の続だけど、、、
どこまで言ったか、、のら??
*******鍋の続、、、き!
老人に免疫を付ける材料ですぞ!!!
我が家ではワンパック150円の
北海道の豚の切り落としの赤身
ラードの肉はほとんど使わない、
肉はアクが出るのが、、、嫌いなのよね!!
その代わり、伊藤ハムの冷凍肉団子、、、
お鍋に7個入れて、、、肉のだしとする
そして、
タケノコの上の柔らかい所だけスライスにする
鍋の傍には、ピーマンの
糸のように切った物と、
豆腐のヤッコに切った皿
後はミリンと醤油とショウガとユズこれに
キムチの茎を味付けにして
主人好みの味に自分で加減してもらう。
大量に鍋に入った、、、ごった煮?????
群馬のしわ伸ばしホーレン草
このほうれん草は期間限定で、マーケットに並んだ!!
おジャーチジミのような葉っぱなので
流し水で、葉っぱの泥を丁寧に落として、
さらに、洗桶にたっぷりの水で,、、振り洗いすることで
碧の艶がテカテカニなるから、、、
鍋の蓋をとってから、、、おもむろに、、、
煮汁をくぐらせて、頬バル、、、と
芝ッこの、、、ウサギにでもなったように
やるじゃん!、、、この、、ホーレン草!!
野生が有って、、、ワタシャ好きだよね!!!
76才、、、一生涯、、、お雛様に
無視された、、、婆ちゃんは
お雛様を観るのが大好きです、、、。
雅で、、、品があって、、、御所のような
美しき空間に咲いた、、、花嫁前の七分咲きの花!
そのような着物姿のお嬢様が
愛された、、、愛した、、、ひな祭り
平和の花ですよね、、、
3月3日は、、、アッシニハ、、、
木枯らし紋子でしたね~~~(^0^)
娘を生むことが出来なくて、、、お嫁さんも、、、
キャリアウーマンの正看護師さんで、、、
お雛様は、、、飾ってあげる方ですね、、、
院内で、、、患者様に、、、
我が家って、、一生、、忙しくって
お雛様も、、、飾らなかった、、、
家庭愛は、、、邪魔と言う
、、、良く続いたね、、、女性、、、が。。さ??
76年間も、、、さ、、、!!
我が家のお雛様と昔のお内裏(叔父さん、おばさん)お母さん
同居していた、先生だった二人は、、、お雛様の
お内裏様のようだった、、、
お雛様どころか
五月人形にも、他人の笑顔、、、
神戸の出身のエキゾチックな小画工の先生だったおばさんは
お雛様と、お内裏様の叔父さんが
そのまま、、、お飾りのように素敵な二人だったけれど
お子さんは育てなかった。
受け持ちの子供たちを、、、何百人も育てて、、、
副校長先生をしていた、、、け。
雛人形は、おばさん自身だったように㋐思いました。
家では、、、座ってる姿しか、、、記憶にございません。
お雛様、、、大好き~~~!
写真も、、、見とれる~~~
でも、、、私には縁が無かった、、、!
間違った,、、円が無かった!
戦後だったから、、、ね!
戦後のドサクサに育った私には、、、
すべてにおいて、、、
傍観者だったような気がする。
お雛様が欲しい、、、とか、、、
自分も、お祝いしてもらえる範疇の女の子だと
自覚さえ無かった、、、
世間は、、、素敵なお祭り,、、祝ってくれて
私まで、、嬉しくなるわよ~~~!
飾ってあるところへ見に行っては
「きれいや~~~!」
褒めていたような思い出が有るけどな、、、?
私自身には無関係なお祭りやった。
その代わり、、、5月人形は、、、家は立派に飾ってた。
我が家の独裁者の兄貴の五月人形だった!
以下の弟妹は、、、ありがたく、、、それを、、、観ていた。
飾るのも、、、仕舞うのも、、、私は手伝った。
鯉のぼりも、、、庭に高い高いポールを立てて
吹き流しの下には4匹の鯉が空を泳いでいた。
息子達の為に、、、五月人形は、、、飾った、、、
今も、、、思い出の、、、五月人形は、、、
ひっそりと、、、
お雛様の季節が過ぎて
コロナの終結をにらんで
出陣姿で、、、鎧兜、、、
かがり火を焚いて、、、新型コロナの侵入に備えて
出陣準備は怠っていない、、、
3月3日は、、、雪掻きの日です。