枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

狭霧消ゆる湊への

2010年10月18日 | Weblog
 今年は、未だ霧が巻かない。例年だと、朝は霧に覆われて、交通が渋滞する。時々、ライトを点けてなくて、ひやりとする。相手のあることだ。充分な注意で運転してほしい。事故が起きるのは心の油断からだが、月の満ち欠けに大いに関係があるようだ。お産や臨終は特に傾向が強く、同時に、大潮、若潮、長潮、小潮など、満干潮にも要因がある。微弱陣痛だったり、安産で生まれるのには不思議と繋がる。

 来年は、旧暦のカレンダーを買って、じっくりと向き合うのもいいかも。来年の春に出産される方がおいでなので、予定日を繰ってみた。新月から満月に向かう中に位置する。新しい命を授かることも奇跡なら、産んで育むことも奇跡のように思える。決して当然のことではなく、拡張する宇宙の摂理を想像すれば、とてつもないエネルギーだ。どうか無事に産まれてきて。祈る気持ちでしかないのです。

 リエさんが、考える絵本●7 しあわせ。という本を送ってくれた。これはフェアトレードの無農薬珈琲のことを書いた絵本。何だか、絵本の中に彷徨いこんで、一緒に珈琲の出来る歴史を旅したよう。心をこめるって、大変なことなんだ。その心をサンタさんや、リエさんのお蔭で、私は頂いている。どんな物にも、命が宿る。その命を、こうして戴ける幸せは、地球という星にも感謝すること。

 この世に存在していることを、不平不満で一杯にするのではなく、感謝することで溢れさす。どんな小さなことにも感謝する。命は、地上にたくさんあるんだから。人間だけの暮す地球であれば、きっと直ぐにも滅んでしまう。どんなに酸素があっても、二酸化炭素を吸って、酸素を提供してくれる媒体がなければ、人類は滅ぶんだ。草を刈ってしまう。木を切り倒す。山を崩し、川を埋める。愚かな人間は消えていくのだ。

 日本の山は荒れ放題。その山を中国に売るらしい。目先のことしか考えていないと、手酷いしっぺ返しを喰らう。何故にそれがわからないのだ?そういいながらも、実の兄や妹は、金さえ手に入れば満足する。手入れをしたり、補強をしなければ、山は荒れていくばかり。先祖の守ってきた山や田畑は、見る影もない。鍬をふるって耕してこそ、土は喜ぶ。生き物は増えていく。同じ兄妹なのに、哀しくなる。

 ほんの僅かでも畑や山があれば、枇杷葉を植えて育てられる。故郷の土の匂いを、あの息吹を、枇杷葉で復活したい。枇杷葉茶を売って、蓄えていくにも、基本の枇杷葉がなくてはならぬ。苗木を育てて増やすことが先決。枇杷葉が大きくなるのを、祈るような気持ちで毎朝見ている。少しづつでも、皆に送れることを願って。
 初秋の或る日。枇杷葉の葉下で、涼しげに揺れているベゴニア。
コメント
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