枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

立秋・中潮、水無月

2020年08月07日 | Weblog
 二十四節気 立秋 暑気強くとも涼風吹き始め、秋の気配立つ、という意で立秋と言う。毎年、八月八日頃である。今年の夏は雨の多い天気で、それも記録的な降り方をした。これまでに人間が好き勝手をしてきた結果なので、被害に遭った場所が不運なだけで、人類の責任でもある。田畑は耕さず家屋を建て、山は入らず荒れ放題では水脈も変わって来る。自然の掟でもある。

 今年は何かと新記録が著しく、年末の一語は‘‘新”かな?花火も予告なしに打ち上げられているようで、こちらとしては人混みが苦手なので有り難い。でも露店で生計を立てている方々は、どうするんだろうか。新聞の4コマ漫画に登場する父子家庭の子どもが、へそくりで何とかすると言うが、誰も援けてはくれないよ。命はかけがえの無いものでも、金が無くては生きてはいけない。

 政府は選挙の事ばかりで、悪弊を断ち切ることもしなければ、財政を立て直す努力もしない。やることは議員の関連する企業への援助で、ろくでもない疾走に終始する。広島や長崎への被爆者への想いの欠片もない。日本人として恥ずべき行為だけは止めよう!核兵器廃絶への参加こそ、今の日本のしなければならないこと。湯川秀樹博士の苦悩にも心を馳せる。再稼働は否!

 夏休みが消えたようですね。1週間という学校もあるようで気の毒だが、コロナで休校になった時に、それじゃあその分ですからと換えてくれれば、気持ちの有り様にも納得いこう。夏休みは楽しい休みの筈で、その期間にしか出来ないこともあるんだよ。国会を開放して勉強させてあげよう!設備は素晴しいし、居眠りや読書も可能な所ですから、お近くの方或いは遠方の方も。

 仙台の七夕祭りも中止とか、宮沢賢治もびっくりだろう。北海道の富良野もラベンダーが満開であったというに、自粛期間で行かれなかった。仕方がないのでファーム富田の写真を見ていた。基本は、資料で愉しめる方法も時にはいいが、鬱憤が溜まる者も居ようにと気の毒だ。パソコン設置であれば、画像は好きな時に観れるので、別段困ることはなかったけれども複雑。

 茗荷寿しを用意しての配達を終え、銀行と郵便局に寄ってから図書館に行く。現代農業の貸し出しを受けて帰宅し昼食を済ませる。手抜きのような気もするが、食材が豊富な時期には旬の物で作りたい。ポテトサラダも新じゃがの頃は作るが、気分が乗らない時もある。田舎のこと故買う程の物でもないが、店に行けたり便利であれば買うだろう。餃子の皮は100枚単位なのよ。

 独り住まいではどうやって食べるの?作り過ぎて結果は冷凍庫行きでしょう。だったら20個入りくらいのを買う方が捨てなくていいし、冷凍庫での保存もしなくていい。珈琲や枇杷葉の花芽・種を保管していて、とてものことに面倒が見切れない。諸般の事情があるので、個々の対応で好いと思うよ。兎に角こうだという決めつけは止めよう。文句があるなら自分で作ればいい。

 民主主義って言うのは、皆が自由であり人権を問われないで、その責任を負う事じゃないの?選挙に行って選んだ者が違反すれば訴えればいいし、それは違うと思うなら正々堂々と声を上げよう。自分と同じ人間は何処にも居ず、様々な生き方や考え方があって然りでしょう。差別するのも自分が勝っていると思うからで、相手の事を慮るなら譲って赦せると想えるがどうなの。

 仕事から帰って来ると、寝ていたのか起き上がって機嫌を取る。少しやんちゃ坊主をやらかしていると、体勢を整えている。
 

 
コメント
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