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納戸の奥に眠っている箱を久しぶりに出してみると…
買い集めていた45年前の週刊ベースボールを読み返しています

#245 監督交代 ・ 西武編

2012年11月21日 | 1981 年 


「監督を引き受けてくれんかね?悪いようにはせんから、頼むよ」 「分かりました。一生懸命に頑張ります」プロ野球の監督要請の多くがこうした紳士協定の「約束」で成り立っていた。それはとても一般社会における「契約」とは程遠いものだった。だから優勝すればオーナーから「やぁやぁご苦労さん。まぁひとつ取っておいてくれ」と規定外の御褒美が貰え、成績が悪ければ契約年数が残っていようが問答無用でクビを切られる。何度も繰り返される監督人事を巡るトラブルの原因は曖昧な球界の慣習にあった。そこに今回西武の監督に就任した広岡達朗氏が楔を打ち込んだ。

ヤクルトの監督時代、前年に球団初の優勝を成し遂げた広岡監督だったが松園オーナーとの対立が激化。球団フロントはクビにする方策を練っていたが複数年契約の途中で解雇すると残りの年俸も支払わなければならない。そこで選手からの不満が多いとの理由をつけて森ヘッドと植村投手コーチを二軍へ格下げして退団へ追い込んだ。これに反発した広岡監督が辞表を出して球団の思惑通りの結末となった過去がある。広岡氏の持論はこうだ。「先ず、きちんとした契約を両者が忠実に実行すること。監督を引き受けた者は現状のチーム状況を把握して優勝する為の条件を示し『球団がその条件を満たしてくれたら1年後には●●、3年後には▲▲とする』といった具体的な契約を交わし、もし実現出来なければ『契約不履行』として潔く身を引くくらいの事をしなければダメだ。『3年契約でどう?』『ええ、まぁ…』といった契約だから成績が悪いとすぐに休養を命じられ、反論も出来ずに従わねばならない。もっと契約意識に目覚めるべきだ」

「これまでのプロ野球の監督の契約というものは民間会社の辞令と同程度のものだった」と今回の西武と広岡氏との契約に際して50条から成る契約書と覚え書きを作成した木村久寿弥税理士は言う。「個人的にはまだパーフェクトなものだとは思っていない。法律家が見たら不備な所もあるがプロ野球界にとっては大きな一歩だったと言える」今回の動きに一部マスコミは監督が使うペン1本、チリ紙1枚の費用まで契約書に盛り込まれているなどと面白おかしく伝えているが「そういう低次元な話では無いのです。プロの監督の契約なら当然こういう契約であるべき、という本質が分かっていないから茶化した報道しか出来ない。その程度の人間が取り巻いているのが現在のプロ野球界なんです」と手厳しい。

野球協約では「この協約に参加する倶楽部と選手または必要によりコーチを含む監督との間に締結せられる選手契約の条項は統一様式の契約書により表示せられなければならない」と選手と同じく監督も統一契約書で縛られている。統一契約書には「参加報酬」「傷病減額」「非公式試合の報酬」「倶楽部による契約の解除」など38項目が細かに定められている。ただし「註」として「コーチを含む監督は統一様式選手契約書での契約締結を強制しない」を根拠に監督との契約書に決められた様式は無く、各球団独自の契約が可能となっている。監督やコーチも選手同様に細かな条項がある統一契約書で契約するべきではないのか。そうする事で責任や義務、そして権利意識も生まれるのではないか。

これまでの監督を巡るトラブルはこうした契約書が無い事で起きたと考えられる。「約束したじゃないか」「言った覚えはない」等々は責任の所在を曖昧にした事で起こる問題で契約書に明記しておけば防げる。それは決して監督の権利だけを主張するものではない。例えば統一契約書には選手との契約条項に次のような一項がある。「選手が良き国民として又良きスポーツマンとしての模範的行動を欠き…<中略>…倶楽部の諸規則を遵守する事を欠き、或いは拒否・無視した場合は契約を解除できる」これを監督にも適用しようという事だ。木村税理士によれば今回の契約では広岡氏が「解任」ではなく「辞任」した場合でも契約金は時期の如何を問わず全額が返還されるという。たとえ5年契約の4年11ヶ月目であったとしても全額返還だ。

契約は昭和57年1月1日から発効されるので年内の秋季キャンプ、ドラフトやトレードなどの編成会議に参加する際の費用は全て広岡氏負担という事になる。これまでは監督就任発表時点から監督のスケジュール等は球団が管理するのが球界の慣例となっている。当たり前とされてきた領域にまで今回の契約は踏み込んでいる。木村税理士に言わせれば日本のプロ野球人は社会人として半人前だと。「引退し評論家と名乗りながら自分ではまともな文章ひとつ書けない。大リーグの選手を見て下さい。ユニフォームを脱いでも大学の体育講師や公認会計士のライセンスを持つ者もいる。一定以上の社会常識を持つ人間が知力・体力を振り絞り戦う事で尊敬も得てベースボールはアメリカ国民に愛されるスポーツに成長したのです」日本球界にはそうした社会人としての基礎がないがしろにされ続けて現在に至っていると。ただ残念なのは旧態依然とした体質が蔓延る球界では進歩的と思われる西武でも契約書の全公開を拒否した事だ。西武側の言い分「民法上の規定で契約書は第三者に公開できない」も理解できる。理解できるが両者の合意があれば公開できたはずで、将来の球界発展の為にも西武は公開に同意するべきだった。
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