ルーキー達にとっては初めてのプロの世界。真新しいユニフォームに身を包みベテラン選手に混じりちょっぴり恥じらいながら汗を流すキャンプ。そんなルーキーの中でも俄かに評価を高めてきた実力派ルーキー4人を紹介しよう。水野(巨人)や藤王(中日)だけがルーキーではないのだ。
中西清起(阪神)…ファームでのんびりなんかしてられん! トラ番記者も首脳陣もビックリした度胸の良さ
話は少し古くなるが中西が甲子園球場の自主トレに現れた時の事、10人程のカメラマンに取り囲まれた中西が準備体操の最中に「ブッ」と豪快な屁をかました。本人曰く「自然現象ですから」とニッコリ笑った、いわゆる「ガス爆発事件」である。その瞬間すかさず「僕に近づき過ぎると危険ですよ」とジョークで周りを笑わせ「奴はいい心臓をしている。並みの新人じゃない」と報道陣から高評価を得てしまった。事の顛末を聞かされた安藤監督も「頼もしい奴だ」と目を細めた。
第2陣組として遅れてマウイ入りし、初めてブルペンに立った日に10球ほど投げると捕手を務めていた加納コーチに向かって「座って下さい」といきなり要求して視察していた安藤監督や若生投手コーチを慌てさせた。事前のスケジュールでは中西や同じく新人の池田は肩慣らし程度の投球とされていた。それをいきなり捕手を座らせる要求は故障を恐れる首脳陣によりストップがかかったのは言うまでもない。「第2陣組はマウイに来て間がないだけにスロー調整させようと思ったんだが中西は第1陣組と同じメニューにしてくれ、と言ってきた。あの強心臓は大したもんだ」と若生コーチも恐れ入った様子。
ただ懸念材料もある。中西は社会人時代から軸足がマウンドプレート上でズレる欠点を指摘されてきた。そのズレが左肩の開きに繋がり上体がそっくり返り、球数が増えると球威が落ちると言われている。しかし阪神OBでもある村山実氏は「軸足のズレは大した問題じゃない。中西はその欠点を補うに余りある良い投球フォームをしている。右腕を真下に振り下ろせる技術は一流投手の必須条件だが中西はそれが出来ている」と不安視する声を一掃する。中西が1年目に何勝するか、いつ頃一軍デビューするのかは未だ見当はつかない。しかし他のルーキー達とは一味違ったキャンプを送っているのは紛れもない事実だ。
仁村 徹(中日)…中日BIG2(藤王・三浦)とは違う。プロの厳しさは兄(巨人・仁村 薫)から教え込まれてます
「藤王く~ん」「三浦く~ん」 中日の串間キャンプにこだまする若い女性ファンの声・声・声。何も今に始まった事ではなく自主トレを行なっていたナゴヤ球場からそうだった。「いやぁ、僕なんか " ドラフト外 " ですよ」とドラフト2位で東洋大学から入団した仁村は苦笑いする。ファンだけではなく系列の中日スポーツも藤王らの入団直後から一面で数多く2人を扱ってきた。藤王が計10回、三浦も負けじと同じく10回、片や仁村は一面はおろか記事すら小さい扱いだった。
「でも、ある意味では僕は幸せ者だと思っている。彼らは高校生なのに大変だなぁとつくづく同情しているんです」それは実兄である仁村薫(巨人)に言われた言葉だという。「兄は家族や周囲に期待されて入団しました。その期待に応えようと頑張り過ぎて1年目に早々と故障してしまいました。『お前が今、騒がれても何の得にもならない。周囲に踊らされず足元を見つめて練習しろ』と言われました」と話す。ファンの目がBIG2に向けられている今こそ力を蓄える絶好の機会であると。そのあたりは高校生と比べて大人である。
他の新人より一足早く1月4日に合宿所入りし1月24日の自主トレ最終日まで皆勤賞、「プロの練習は兄から聞かされていましたが予想以上にキツかったです」と謙遜するが身体はしっかり出来上がっている。首脳陣が仁村に注目し出したのはプロの練習に遅れる事なくこなし、軽めの投球練習を始めた1月の中旬頃。「フォームがしっかりしている(中山投手コーチ)」「腕の振りと制球力は一軍クラス。下手投げは最近では珍しく戦力になる可能性は高い(水谷投手コーチ)」と首脳陣の評価も高まった。人気は相変わらず高校生の2人に集まっているが首脳陣へのアピール度は仁村の方が上。「まだまだです。本当の厳しさはこれからと覚悟しています」とあくまでも控え目な姿勢が逆に頼もしい。
小野和義(近鉄)…鈴木啓もゾッコンの大物ルーキーは首脳陣の評価も即戦力。その負けじ魂で一軍入りは濃厚
日向キャンプでいつも小野の傍には鈴木啓がいる。準備体操やキャッチボールの相手をする。大ベテランと新人は常に行動を共にしている。「目をつぶって投げても大体思った所に投げる事が出来る。一流投手は微妙な指先の感覚を持っているが小野君にはそれがある。大したもんや」と現役最多勝投手は大物新人の非凡さを見抜いていた。キャンプイン前日、宮崎空港から宿舎への移動の際にわざわざ小野が乗車していた若手組のバスに乗り込み小野の隣に座りプロとしての心構えを説いた。以後、食事の時も同じテーブルを共にする事となる。
鈴木がこれ程までに新人を可愛いがった例は過去にはなかった。2人の関係は1月10日の自主トレ初日に始まった。「創価高校から来た小野です。宜しくお願いします」 鈴木がトイレで用を足している時、背後で大きな声がした。驚いた鈴木だったが「ワシを見つけてわざわざ挨拶をしに来た。声も大きくハキハキして気持ちのいい青年だと思った。いい目つきをしてるしプロで成功するタイプやね」と大投手がたちまち惚れ込んだ。思えば2人には共通点も多い。左腕である事、高校時代は地元ではナンバーワン投手と称されるも甲子園大会出場は共に1回のみ。そして1回戦で敗退しているのも同じ。
鈴木は昭和40年のセンバツ大会で徳島商相手に1対3、小野は昨夏の大会で東山高に0対2で涙を飲んだ。「高校野球で出来なかった事をプロの世界でやるんや。それがワシの原動力になっとる。入団会見で『記録破りが夢』と言い放った小野は頼もしい」と鈴木は言う。一方の小野は「偉大な投手に声をかけて貰って光栄ですが正直戸惑っています」と緊張の日々を送っている。宿舎でもグラウンドでも気が張っていて実はキャンプイン早々に左肩痛を発症してしまった。幸い怪我の程度は軽く済んだが「プロの厳しさを味わっています」と。ブルペンで小野が投げ始めると岡本監督がスーっと近づいて来る。「ハッキリ言って小山(3年目)、加藤哲(2年目)より上(仰木ヘッドコーチ)」と首脳陣の評価は現時点で即戦力である。
板倉賢司(大洋)…80スイングのうち10本がスタンド入り。天性のバッティングは父親・克己さんの情熱の賜物
大洋二軍のキャンプ地・焼津市営球場にどよめきが起こった。キャンプ初日のフリーバッティング練習での事、紅顔の美少年が放った打球がライナーで両翼91㍍のスタンドへ次々と飛び込んだ。「高校生ルーキーでは初めて見る打球」と江尻二軍打撃コーチは驚きの声を上げた。計80スイングで10本の柵越え。高校生新人がこれ程の長打力を見せたのは大洋では田代以来でその評判は一軍首脳陣にも直ぐに届いた。江尻コーチによる分析では ➊バットのヘッドスピードが速い ❷身体がガッシリしていて強い ❸打撃フォームに関しては非の打ち所が無い…など絶賛。
板倉を作り上げたのは父親・克己さんだと言って過言ではない。東京・江東区生まれなのに調布リトルに入れる為に調布市に引越した。克己さんは建築業の傍ら調布リトルのコーチを務めるほど息子に熱を入れた。全体練習が終わった後も板倉を近所のバッティングセンターに連れて行き打ち込みをさせた。そうした親子の努力が甲子園大会での3本塁打を生んだと言える。しかし素材は超高校級だがそう簡単に一軍デビューが出来るかと言われると疑問符がつく。「確かに打撃は特Aランクだが守備や走塁はCランク」と江尻コーチは言う。ただし、それは入団前から想定内の事で獲得担当だった中塚スカウトは「まだ高校生ですよ。守備は鍛えれば幾らでも上手くなれます。でもあの打撃は天性のモノ」と。
中塚スカウトは1年間かけて説得してドラフト前から板倉の気持ちを大洋へ傾けさせた。実力もだが大洋には若い女性ファンが注目する選手が少なかっただけに板倉の人気も魅力だった。その目論見は当たったようで早くも合宿所に届くファンレターは板倉が群を抜いている。しかし板倉本人に浮かれた所はなく練習の虫は夜も宿舎の焼津ホテルの大広間で300本の素振りを欠かさない。「1年目から一軍へ行けるとは思ってませんが必ず2年目には昇格したい。希望は三塁手です。藤王も三塁を守るみたいなので負けたくないです、いえ負けません」と同い年のライバルに対抗意識を燃やしている。大洋では久々の大砲候補に早速、関根監督も視察に訪れる予定だ。