
今季もまた阪急の圧倒的な強さがクローズアップされている。V3へ、そして黄金時代を築く為に足並みの乱れを見せようとしない。しかし、" くたばれブレーブス " の一番手として南海のチーム作りの成功が阪急にとっては不気味に、ファンにとっては力強く…
野村監督が追及した理想のチーム
野村監督とブレイザーコーチの2人による " どうすれば阪急を倒せるか " という命題の結論は「阪急の強力打線と互角に渡り合える打線を作る」だった。しかしそれには一発長打を放てる大砲が門田ひとりという所に2人の悩みがあった。かつては400㌳打線の異名をとり、相手投手を粉砕してきた南海だったがいつの間にか小粒になり威圧感も消え失せてしまった。野村自身も卓越した打撃技術と読みで本塁打を量産してきたが、寄る年波には勝てず今では30本塁打も厳しい。それ故に四番の座も明け渡し六番が定位置となった。そんなチームの推移があっても打倒・阪急には400㌳打線の復活が望ましいという結論に至ったのだ。
投手を含めた守りの野球を標榜する野村監督が打ち勝つ野球を目指すのは意外だが、走攻守バランスのとれた阪急を倒すには打ち勝つしかないと判断したのだ。さて、南海打線は阪急に対抗できるものになったのか?200発打線ともてはやされる阪神のような派手さはないが、オープン戦では走者が出るとチームバッティングに徹して自己犠牲を払い、粘っこく走者を進塁させ隙あらば走る野球が各選手に身についてきた。筆頭が一番打者に定着した藤原だ。「実に嫌なトップバッターだ。簡単に三振しないし読みも鋭い。福本に足では劣るが淡泊な福本より打ち取り難い」と今久留主スコアラー(近鉄)は警戒する。
続く二番の新井も「六大学のテレビ中継を見てセンスの良さに惚れた(野村監督)」と自らドラフトで獲得を進言した才能が芽を吹き、巧打を連発しレギュラーの座を掴んだ。そこに門田、柏原、定岡、桜井らが続けば南海打線も阪急に引けを取らない。そんな南海打線のキーマンとなるのが新外人のピアースだ。そのピアース、現在のところ頼りになるのかならないのかハッキリしない。まとめて3本塁打(13日の阪神戦ダブルヘッダー)したかと思えば、クルクルと三振の山を築いたりどちらが本当の姿なのか野村監督も判断できないでいる。ただ救いは本人が非常に真面目な性格であること。去年のハズレ外人・ロブソンの二の舞だけはなさそうだ。
ロブソンが外人特有のプライドの高さだけ誇示して日本の野球に馴染めなかったのに比べてピアースは素直過ぎるほどの性格の持ち主で、アドバイスに聞く耳を持っている。オープン戦の試合終了後の大阪球場で懸命に打ち込む姿が何度も見られた。27歳の若さで異国の地で一旗揚げたいというひたむきさが伝わる。極端なオープンスタンスからややオーソドックスな構えに改造したのも野村監督や打撃コーチのアドバイスを受け入れた結果だ。ただ内角高目が弱点という点は修正できておらず他球団がそこを突いてくるのは火を見るよりも明らかである。開幕までに弱点を克服できるかが焦点だ。
南海打線が攻略すべき阪急投手陣の柱は山田だ。若き剛腕・山口こそ阪急投手陣の柱であると考える識者は多いが、投手陣の否、阪急ナインの精神的支柱は未だに山田なのである。阪急時代に山田を育て、その性格まで知り尽くす西本監督(近鉄)は「山田という男は非常に気が強い。度胸で投げていると言ってもいいほどだ。その強気な山田が苦手とするのが左打者」と話す。それを野村監督が見逃す筈はなく、両外人(ピアースと前広島のホプキンス)、新井、片平、阪田、新キャプテンに任命された林と左打者がズラリと顔を揃える。野村監督は「山田、足立には左打線で立ち向かう」と宣言する。
野村南海はこれまで「シンキング・ベースボール」つまり考える野球を推進してきたが、頭でっかちになり野球本来のパワープレイが置き去りになっていたようだ。洗練された土台にパワーの肉づけが必要なことを野村監督自身も痛感したようで、再整備された今シーズンの南海は他球団、とりわけ3年連続日本一を目指す阪急にとって脅威となるであろう。金田監督(ロッテ)や大沢監督(日ハム)など他球団の監督はチームは違えど「実に嫌な点の取り方をする。ここで1点取られたら試合が決まるという場面で南海はキッチリ点を取る。むしろ阪急より南海の方がやりにくい」と異口同音に指摘する。このいやらしさこそが野村監督が求める理想のチームなのだ。
随一の強力投手陣を影の部分に…
本記事の冒頭で野村南海は阪急潰しは打力でと述べたが野村監督の本音が打力だけに凝り固まっているわけではない。元々、野村監督は策士ある。捕手というポジション柄、相手の思考を上回る頭脳戦に秀でている。また性格的にもマスコミを通じて自らの意思を伝達させる裏できちんと計算している。なので今シーズンの南海が打力を頼りに戦うと単純に他球団が判断したら痛い目に遭うことになる。むしろ投手力を今まで以上に鍛え上げている。広島から移籍して来た金城が南海投手陣に驚いている。「広島では先発専任は2~3人に絞られていたが南海は幾らでもいる。僕もウカウカできない。たぶん12球団でトップクラスの投手陣だね」と。
野村監督は敢えて強力投手陣を前面に推し出さずにいるが、ざっと列挙するだけでも山内、中山、金城、藤田に左腕の星野を加えた5人が先発グループ。中継ぎは佐々木、池之上。そして抑えはセーブ王の佐藤と盤石だ。しかも昨シーズンは握力低下で戦列を離れていた江夏も今シーズンは復帰できる見込みで、勝利要因の80%を占めると言われる投手力の堅固さは頼もしいばかりだ。松田投手コーチは「みんな調子が良いので喜んでいる。でもここで浮かれてはいけない。開幕の阪急3連戦に向けて盤石の状態を作り上げていかなくてはならない」と言ってのけた。
「阪急との開幕3連戦で負け越すようだと前期は厳しいかもしれない」と野村監督は言う。質量ともに豊富な投手陣を生かすも殺すも野村 " 捕手 " の裁量にかかっている。打撃と異なり自分の指示ひとつでどうにでも細工ができる。捕手兼監督として好不調の見極めや投手交代など難しい判断を求められる反面、やり甲斐は大きいであろう。「監督が捕手であるということで投手は気が抜けない。だから各投手がオープン戦でも丁寧な投球を心がけているのが伝わった」と多くの評論家が南海投手陣の充実ぶりを感じ取った。
野村監督が見つけた阪急の穴とは
昨年の阪急対巨人の日本シリーズを野村監督はスポーツ紙のゲスト解説者として全7試合をじっくりと観察した。マスク越しに肌で感じた阪急と第三者として見つめた阪急に若干の違いがあることに気がついた。「詳しくは話せないが新たな発見があった(野村)」という発言は本当か、ハッタリか。野村監督一流の阪急を攪乱させる話術なのかは定かではないが、なかなかに興味深い発言である。一方の上田監督(阪急)はオープン戦好調の南海について「マークするのはやはり南海。でもキャンプの段階で(阪急の勝ちと)勝負はついているんとちゃいますか」とドンと余裕の構えでいる。
しかし、そうはいっても警戒だけはどこの球団よりも万全の体制を敷いている。上田監督は南海の田辺キャンプに八田スコアラーを派遣し、オープン戦が始まると金田スコアラーも同行させて2人体制で南海をチェックしている。その八田スコアラーに南海の印象を尋ねると「強いですよ。ウチも油断していると足元をすくわれてしまいますよ」と先ずは外交辞令。具体的には「投手陣が相変わらず良い。加えて野手陣も伸び盛りの若手や中堅どころが着実に力をつけている。全体的にチーム力は間違いなくアップしている」と。しかし野村監督は「外野の守りだけが阪急より劣る。あとは五分五分かウチの方が上」とオープン戦の好調さもあって自信を深めている。
ところで現場以外でもバックアップ体制が敷かれている。年明け早々に佐藤、桜井ら主力選手の夫人が中心となって『南海を優勝させる会』なるものを発足させた。くだけた言い方をすると『お父ちゃんに優勝してもらう会』だ。これまでにもシーズンオフに夫人部隊の会食などは巨人でも見られたが、南海の場合はシーズン中に球場に出向いてお父ちゃんを応援するわけだから選手としても「ウカウカできんわい」と苦笑いしている。3月13日には婦人部隊の代表が川勝オーナーと面会して、優勝した暁にはハワイ旅行プレゼントの約束を取り付けた。オープン戦の成績がペナントレースで通用するほど甘くはないだろうが、久しぶりに南海への期待が大きいシーズンだ。