
(承前)
三越札幌店の9階ギャラリーはたいてい、正面から見て左側の部屋で陶芸などの工芸を、右側の部屋では絵画展を、火曜から翌週月曜までのサイクルで開いています(最近、エレベーター前のスペースを利用して、非写実系の絵画を紹介していることもあります。以前は仏壇用具などの販売コーナーでした)。
工藤和彦さんとひとしきりおしゃべりした後、となりで行われている絵画展ものぞいてみました。
非常に写実的な風景画が並んでいます。
どこかで見たことがある絵だと思いながら、最後の一角に置かれていた画集を見て、合点がいきました。
以前、丸善ジュンク堂書店札幌本店で手に取ったことがある本だったのです。
弱い光に浮かぶ雪景色と、一直線の道。
一目で北海道内だとわかる景色でした。
このときは買う予定の書物がかなりの購入額に達していたため、迷った末に棚に戻しました。
一応、2ブロック歩いて、丸善ジュンク堂をのぞいてみましたが、地下2階の美術書コーナーに画集はすでにありませんでした。
三越の9階に戻って画集を買い求めることにしました。ちょうど画家夫妻がいらして、サインをしてもらえました。
百瀬さんの絵が写実的で、高い描写力で風景と向き合っていることはあきらかですが、もうすこし仔細に眺めると、二、三の特徴があると思われます。
一つは、グラデーションをあまり用いずに、複数の箇所に同一の色を配していることです。
自然界には、厳密にいえば、ひとつとしてまったく同一の色彩はあり得ません。
しかし、だからといってすべての箇所に異なる色を調合して置いていたのでは、制作に時間がかかりすぎますし、見る側も意外と疲れてしまいます。
あまり同じ色を広範囲に置くと、ぬり絵のようになりがちですが、さすがに百瀬さんの絵はそうではありません。ただ、シルクスクリーンのような印象を受けることは確かです。そうなると、不思議なくくらい、個々のモティーフ、すなわち木や川が周囲から浮かび上がって見えてきて、存在感を主張しているように感じられてきます。
もう一つは明るい光に対する感受性です。
百瀬さんの画面で最も明るい部分は、おそらく、陽光を反射した川面ではないでしょうか。
言葉は悪いですが、筆者の目には最初、粉チーズをこぼしたかのように見えました。それぐらい白が際立っているのです。
会場の作品の大半は道内で取材したものです。
ただし、題に「早稲谷」とあるのは、故郷の愛知県の風景でしょう。また、白馬が描かれた絵は、英国の風景がモティーフとのことです。
百瀬さんはとあるきっかけから六花亭社長の知遇を得て、十勝につながりができました。今では、東京のほか、芽室町にもアトリエを構えています。また、六花亭が運営する中札内美術村には、百瀬智宏美術館ができています。
「川が好きでして、気がついたら、ずいぶんと歩いていることもあります。最近はクマに気を付けなくてはいけませんが」
冬も美しいが、雪や寒さを嫌う地元の人たちからすると、まだまだよそ者の目で見ているのかもしれない―という百瀬さんは、本当に北海道の風景がお好きなようです。
道産子の筆者としては、道外の画家が北海道を好きになり、その風景をたくさん描いてくれるというだけで、とてもうれしいです。
百瀬さんが描くのは絶景や観光名所ではありません。
十勝のどこにでもありそうな川や畑です。
しかし画面は、澄み切った空気感がみなぎっています。
そして、クマザサの茂みや、枯れたイタドリなど、ほんとうに隅々までよく見ているなと、おどろかされます。
とりわけ風景画を好む人には、ぜひ三越ギャラリーに足を運んでもらいたいと思います。
以下、蛇足めいたことを記します。
自宅で画集をめくっていたら、巻末の略年譜に、ご夫人が文芸評論家奥野健男の娘さんで、結婚式の仲人をあの北杜夫夫妻が務めたとあり、むかし北杜夫の「どくとるマンボウ」シリーズを愛読していた筆者はびっくりしました。また奥野健男『日本文学史』(中公新書)は、明治から「第三の新人」あたりまでの近代文学の歩みを小説・評論中心に手堅くまとめた好著で、何度も読み返したものです。
そのつながりで、北杜夫さんが後年になって実業之日本社から出した「マンボウ酔族館」シリーズなどは、百瀬さんが装画を手掛けておられるようです。
ちなみに『百瀬智宏画集 光と風の影』は求龍堂から3500円プラス税。
ページ数は明記されていませんが、スケッチなどを含めて197点の画像が収録されているほか、カレンダーや装丁本などもついていて、充実した一冊になっています。
ぜひそのうち、中札内に行かなくては…
2024年10月1日(火)~7日(月)午前10時~午後7時(最終日~4時)
三越札幌店 本館9階ギャラリー(札幌市中央区南1西3)
□洋画家 百瀬智宏 https://www.momo4563.com/
三越札幌店の9階ギャラリーはたいてい、正面から見て左側の部屋で陶芸などの工芸を、右側の部屋では絵画展を、火曜から翌週月曜までのサイクルで開いています(最近、エレベーター前のスペースを利用して、非写実系の絵画を紹介していることもあります。以前は仏壇用具などの販売コーナーでした)。
工藤和彦さんとひとしきりおしゃべりした後、となりで行われている絵画展ものぞいてみました。
非常に写実的な風景画が並んでいます。
どこかで見たことがある絵だと思いながら、最後の一角に置かれていた画集を見て、合点がいきました。
以前、丸善ジュンク堂書店札幌本店で手に取ったことがある本だったのです。
弱い光に浮かぶ雪景色と、一直線の道。
一目で北海道内だとわかる景色でした。
このときは買う予定の書物がかなりの購入額に達していたため、迷った末に棚に戻しました。
一応、2ブロック歩いて、丸善ジュンク堂をのぞいてみましたが、地下2階の美術書コーナーに画集はすでにありませんでした。
三越の9階に戻って画集を買い求めることにしました。ちょうど画家夫妻がいらして、サインをしてもらえました。
百瀬さんの絵が写実的で、高い描写力で風景と向き合っていることはあきらかですが、もうすこし仔細に眺めると、二、三の特徴があると思われます。
一つは、グラデーションをあまり用いずに、複数の箇所に同一の色を配していることです。
自然界には、厳密にいえば、ひとつとしてまったく同一の色彩はあり得ません。
しかし、だからといってすべての箇所に異なる色を調合して置いていたのでは、制作に時間がかかりすぎますし、見る側も意外と疲れてしまいます。
あまり同じ色を広範囲に置くと、ぬり絵のようになりがちですが、さすがに百瀬さんの絵はそうではありません。ただ、シルクスクリーンのような印象を受けることは確かです。そうなると、不思議なくくらい、個々のモティーフ、すなわち木や川が周囲から浮かび上がって見えてきて、存在感を主張しているように感じられてきます。
もう一つは明るい光に対する感受性です。
百瀬さんの画面で最も明るい部分は、おそらく、陽光を反射した川面ではないでしょうか。
言葉は悪いですが、筆者の目には最初、粉チーズをこぼしたかのように見えました。それぐらい白が際立っているのです。
会場の作品の大半は道内で取材したものです。
ただし、題に「早稲谷」とあるのは、故郷の愛知県の風景でしょう。また、白馬が描かれた絵は、英国の風景がモティーフとのことです。
百瀬さんはとあるきっかけから六花亭社長の知遇を得て、十勝につながりができました。今では、東京のほか、芽室町にもアトリエを構えています。また、六花亭が運営する中札内美術村には、百瀬智宏美術館ができています。
「川が好きでして、気がついたら、ずいぶんと歩いていることもあります。最近はクマに気を付けなくてはいけませんが」
冬も美しいが、雪や寒さを嫌う地元の人たちからすると、まだまだよそ者の目で見ているのかもしれない―という百瀬さんは、本当に北海道の風景がお好きなようです。
道産子の筆者としては、道外の画家が北海道を好きになり、その風景をたくさん描いてくれるというだけで、とてもうれしいです。
百瀬さんが描くのは絶景や観光名所ではありません。
十勝のどこにでもありそうな川や畑です。
しかし画面は、澄み切った空気感がみなぎっています。
そして、クマザサの茂みや、枯れたイタドリなど、ほんとうに隅々までよく見ているなと、おどろかされます。
とりわけ風景画を好む人には、ぜひ三越ギャラリーに足を運んでもらいたいと思います。
以下、蛇足めいたことを記します。
自宅で画集をめくっていたら、巻末の略年譜に、ご夫人が文芸評論家奥野健男の娘さんで、結婚式の仲人をあの北杜夫夫妻が務めたとあり、むかし北杜夫の「どくとるマンボウ」シリーズを愛読していた筆者はびっくりしました。また奥野健男『日本文学史』(中公新書)は、明治から「第三の新人」あたりまでの近代文学の歩みを小説・評論中心に手堅くまとめた好著で、何度も読み返したものです。
そのつながりで、北杜夫さんが後年になって実業之日本社から出した「マンボウ酔族館」シリーズなどは、百瀬さんが装画を手掛けておられるようです。
ちなみに『百瀬智宏画集 光と風の影』は求龍堂から3500円プラス税。
ページ数は明記されていませんが、スケッチなどを含めて197点の画像が収録されているほか、カレンダーや装丁本などもついていて、充実した一冊になっています。
ぜひそのうち、中札内に行かなくては…
2024年10月1日(火)~7日(月)午前10時~午後7時(最終日~4時)
三越札幌店 本館9階ギャラリー(札幌市中央区南1西3)
□洋画家 百瀬智宏 https://www.momo4563.com/